第20話 帰れませんでした。

「ここなら割と安全に野営できるよ」

「すまん、助かる。確かにここなら慣れてない連中でもなんとかなりそうだな」


 結局あの後、僕の案内で昨日解体していた場所に向かう事になった。

 水場もあり、視界が確保できる場所は、森の中にそんなにないので、選択肢はあってないようなものだったけどね。


「おいっ、ケント。今日はここで野営だ。これ以上の行軍は負担が大きすぎる」

「……分かりました。確かに少し時間の配分を誤ったようですね」


 コロニー討伐の時までは、ケント兄ちゃんを尊重していたゴモンのおっちゃんだけど、その判断の甘さが目に余ったのか、自分が主導になって色々と決定していく。

 この辺りは経験が物を言うので、仕方がないかもしれない。だけど、多くの命を背負う以上、甘い判断はできないから仕方が無いのかもしれない。


「今日はココで寝るのね。お風呂に入れないのは不満だけど、仕方が無いのかしら?」


 確かに、僕たちは例に漏れず誰もが臭う。いや、臭いと言っても過言ではない。むしろ姉さんから若干いい匂いがするのに驚きである。それでも、女性はこの臭いを漂わせているのに耐えられないだろう。

 ここは僕が人肌脱ぐしかない。


「ねえ、ゴモンのおっちゃん。何人か警備隊の人借りていいかな?」

「ん? なんだアル坊。人を貸すのは構わねーが、何かするのか?」

「うん、ちょっとね。皆臭いからお風呂の準備をしようと思って」


 僕の提案に、周囲の人たちが驚いている。確かに、こんな森の中でお風呂に入れるなんて、誰も信じられないだろう。


「おいおい、そんな事できるのか? 確かに風呂に入れるなら有難いけどよ」

「大丈夫だよ。僕に任せてっ! あっ、あと川底に昨日仕留めたボアが沈めてあるから、引き揚げて解体しておいてくれる? 夕食の足しになるでしょ?」

「おお、それは有難い。一応、野営の準備はしてきたけど、旨いもん食うに越した事ないからな」


 こういった時、食べ物の力は偉大だ。保存を利かせるために乾燥させた物よりも、肉汁溢れる新鮮なお肉の方が誰だっていい。美味しい物が食べられると分かれば、警備隊の人たちも確り働いてくれるだろうからね。


「それじゃ、まず班分けします。ここから、そこまでの人は薪を集めてきてね。次にそっちの人たちはお肉の解体をお願い。獣油は集めておいてね。それと、そこの人たちは、荷物の中から目隠しになりそうな大きな布を集めておいてね。後は僕に付いて来て、お風呂の設営をするよ」


 僕は素早く警備隊の人に指示をだしていく。本当はこんな子供に指示されたくないだろうけど、ボア肉を提供するから我慢してほしい。陽の光が有るうちに、ある程度の作業を終わらせておかないと、後々苦労するのは見え見えだ。


「アルム、私は何をしたらいいかな?」


 さっそく作業に取り掛かろうとしたところで、ケント兄ちゃんがこちらに指示を仰ぎに来た。

 いや、ケント兄ちゃんは僕に聞いてちゃ駄目だと思う。ほら、後ろでゴモンのおっちゃんが笑いをこらえてるよ?


「……ケント兄ちゃんは、記憶が新鮮なうちに、もっとシーラ姉ちゃんから詳しい話を聞いておくといいよ。報告するにも、もう少し詳しい話を聞いておいた方がよくない?」

「ふむ、それもそうだな。申し訳ないがシーラ嬢、お時間を頂いてもいいかな?」

「大丈夫であります。自分は動けないでありますから、話くらいなら幾らでもするであります」


 よしよし、これで手のかかる子達を纏て放置できる。僕グッジョブ!


「はぁ、これじゃあ誰がリーダーか分かったもんじゃないな」


 ゴモンのおっちゃんは溜息が多いと思います。幸せ逃げるよ?


*


「それじゃ、お風呂の設営をするよ。一度しか説明しないからよく聞いてね」


 皆がこちらの話を聞く姿勢になった処で、お風呂の設営方法を説明する。

 話は少し変わるけど、この辺り地域は気候が安定している。一年を通して、川の増水も殆どない。

 唯一、雪解けの季節だけ水量が増すけど、それも毎年一定の水位までしか上がらないので、水害への対策もとりやすい。

 そして、僕が拠点にしているこの場所は、副流と呼べるような小さな水場がある。

 今回、この水場を使ってお風呂を作ろうと思う。

 まず、水が流れ込む場所と、出ていく場所を岩や流木を使って塞いでいく。続いて、お風呂の近くに簡易的な竈を作って火を焚き、そこで丸い石を熱していく。

 後は、熱々になった石を、流水を塞いだ水場に投入すれば、簡単お風呂の出来上がり。

 残念ながら完全に水の流れを止められないので直ぐにお湯が冷えてしまうけど、そこは常に熱した石を投入することで温度を維持できる。一度使用した石も、再び窯に投入すれば再利用可能なお手軽自然お風呂の完成だ。

 後は、皆の持ち物の中から大きめの布で目隠しをしたら、無防備な所を覗かれる心配もない。……事もないので、姉さんが入る時は、僕が見張りに立つつもりだ。


「——をします。皆さんご理解頂けましたか?」

「成程な。よく考えたもんだ。よっしゃ、お前ら言われた通りに作業を始めろっ」

「「「おうっ」」」


 ゴモンのおっちゃん先導の下、お風呂作りは順調に進んだ。残念ながら石鹸の類はないけど、水浴びだけよりは良いだろう。

 って、思ったんだけど……。


「あら、石鹸ならあるわよ」

「え? なんで持ってきてるの?」

「何事も備えあれば憂いなしよ。それにアルムの着替えもあるからね。それと——」


 姉さんにお風呂の説明をする時に、何故かお風呂セットを持ってきている事を見せてくれた。

 その後も、姉さんの鞄から姉さんや僕の着替えから、一通りの調理道具、更に外でも安全に寝られるように大きなハンモックが一つ。その他、医療品から何に使うか分からない物まで、一つの鞄に入りきるような量を遥かに超えた物が出てきた。


「えっ、ちょっ、姉さん! こんな鞄になんでこんなに物が入るの!?」

「あら、アルムは知らなかったかしら? 私って収納術を身に付けてるから、他の人より沢山荷物が入るのよ」


 いやいやいや、収納術ってそういったのじゃないから、なんだか既に魔法の領域に入ってるから。

 僕の訴えも虚しく、そういった物だと理解しろと言われてしまった。世の中知らない方が良い事もあると学びました。今回のコロニー討伐は色々な事が勉強できるね。


「おう、アル坊。風呂の準備が終わったぞっ」

「うん、ありがとう。まずは女性から入って貰おうか。これだけ広いと女性陣皆ではいれるよね」

「ああ、それが良いだろうな。シーラ嬢は一人で入るのは不安だけど、流石に汚れは流したいだろうしな」


 僕の提案にゴモンのおっちゃんも賛成してくれたけど、一人だけこの案に不満を持つ人が現れた。


「あら? それじゃ私がアルムと一緒に入れないじゃない」


 そう、僕の姉さんアリスである。


「えぇ!? お前ら一緒に風呂入ってるのか!?」

「当然でしょ」


 この時、周囲の人が複雑な視線で僕たち姉弟を見てきたけど、何故だろうか? 姉弟でお風呂に入るのは普通だよね?

 でも、今日は姉さんのお風呂を覗く奴が現れないとも限らないから、一緒には入れないんだ。


「仕方ないよ姉さん。いないとは思うけど、姉さんたちが入ってるときに覗く奴がいないとも限らないから見張りは必要だよ」

「あら、アルムが見張りをしてくれるの?」

「当然だよ。他に任せられる人も居ないしね」

「……そうね。今日の処は一緒に入るのは我慢するわ」


 僕の完璧な理論で、姉さんの説得には成功した。姉さんの珠の肌を、不特定多数の男に見られる危険性を見過ごす事など出来ないので、説得に成功してほっとしている。


「……お前らって凄いのな」


 ゴモンのおっちゃん、動詞が抜けてるよ?


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