第15話 作戦確認

 本体の到着と同時に、ケリーさんが戻ってきて周辺の安全が確認された。取り敢えず、この周囲にゴブリンの影はないようだ。

 ただ、到着したコロニー討伐部隊の面々は疲労が隠せないようで、移動だけで大量を消耗しているようだ。僕たちの顔を見ただけで、何処か安心した顔をしている。本番はこれからですよ?


「ゴモン、コロニーはこの近くか?」

「ああ、ここから三百メーター先にある。今ミーニャに確認に行かせているから、戻ったら作戦会議だ」

「分かった。それまでは休憩にしよう。皆も疲労が溜まっているようだ」

「分かった。警戒はこっちでするから休んでいてくれ」


 到着早々休憩タイムらしい。ゴモンのおっちゃんが、小さな声で「訓練メニュー変更確定だな」なんて呟いていたけど、毎日訓練している割に、皆体力が無さすぎると思う。


「アルム、怪我はないかしら? 疲れてないかしら?」

「ね、姉さん、驚かさないでよ。僕は大丈夫だから姉さんは休んでて」


 なんとなく警備隊の人たちを見ていたら、知らない間に姉さんに後ろを取られていた。彼らを休ませる為に周囲への警戒は此方で担当しているので、決して手を抜いていた訳ではないのに全く姉さんの気配に気が付けなかった。少し自信を無くす。


「あら? あらあら? どうしたのアルム? どこか痛いの?」


 僕の感情の機微に敏感な姉さんは、その原因が自分だなんて欠片も抱いていないのだろうね。うん、僕もっと頑張る。


「おいおい、アリス嬢ちゃん。一応ここはコロニーの近くなんだから騒がないでくれよ」

「あら、ごめんなさいね。アルムが心配で……」

「お、おう。さっきまで元気みたいだったけどな……」


 僕たちが小声で騒ぐという無駄に洗練された技術を披露していると、コロニーの様子を見てきたミーニャさんが帰って来た。コロニーの近くに居たから、この周辺に漂う悪臭よりも強い匂いが服や髪についてしまったようで、正直我慢できずに鼻をつまんでしまう。


「ただいま戻りました。……アル君、傷つくからそれやめて……」

「……ごめんなさい」


 ミーニャさんは僕の仕草を目ざとく捉えて指摘してくる。確かに女性にしていい仕草ではないけど……ないけど……。

 取り敢えず視界に入らないように背を向ける。


「私だって、我慢してるのよ……」


 なんか、ごめんなさい。


「どうせ皆臭くなるんだから今は我慢しとけっ。それよりも報告を頼む」


 ミーニャさんに睨まれながらも、ゴモンのおっちゃんは報告を促す。この辺りは流石年の功だ。プロの仕事ぶりを見せてくれる。僕はまだまだヒヨッコだってことだろう。


「はい……。アル君が調べた事前の情報とほぼ一緒です。若干ゴブリンの数が少ないようですが許容範囲かと」

「成程な……アル坊の読みはあながち間違ってないのかもな。ケント、俺はこのまま討伐してもいいと思うがどうする?」


 このコロニー討伐部隊で一番経験に富んでいるのは間違いなくゴモンのおっちゃんだろう。でも、この討伐隊のリーダーはケント兄ちゃんだ。だから、自分の意見を挟みつつも、最終判断はケント兄ちゃんに任せるのだろう。


「そうですね……私もこのまま討伐するのが良いと思います。ゴブリンが戻ってくるのを待っていると、発見されるリスクが上がりますし、この悪臭では余り身体も休まりませんからね。斥候部隊の人には後日頑張ってもらう事になってしまいますが、お願いできますか?」

「ああ、こっちに異論はねーよ。どの道安全確認に俺達が派遣されるのは変わらねぇ。労力としては大して変わらないからな」

「分かりました。それでは最後に各自の行動を確認してから討伐に向かいましょう」


 ケント兄ちゃんの決定を聞いて、コロニー討伐部隊の人たちの顔が引き締まる。先程まで疲れが見えていた顔も、終りが見えれば希望が持てると言うものなのだろう。


 今回のコロニー討伐作戦を大まかに説明すると、まずはケント兄ちゃん含めた本体の人たちが三組に分かれて動く、それを後方部隊の人たちがサポートする。

 一つの組はコロニーの入り口に陣取ってゴブリンを逃げられなくする。この一組に姉さんも組み込まれるようで、怪我をした人たちはココに来て治療を行う。その間、抜ける人員をこの組から出して、常に四人一組の形を確保するらしい。

 残りの二組は、左右に分かれてコロニーに滞在しているゴブリンを狩って回る。ゴブリン程度なら、少数でもかなりの数相手できるので、この作戦が取られるらしい。

 そして、僕と斥候部隊のメンバーは、本体の後ろを取られないようにコロニー周辺の警戒をする。昨日よりもゴブリンの数が減っていると言う事は、その分森の中に拡散していることになる。そういったゴブリンが戻って来た時に処理するのが斥候部隊の役目となる。

 斥候部隊は二組に分かれて、コロニーの入り口をふさぐ組の後方と、コロニーを挟んで反対側に陣取る予定だ。

ただ不満もある。

僕は安全面を考えてコロニーの入り口を塞ぐ組の後方に配属されたのだが、正直風上になるもう一つの方に配属してほしかったが、この意見は聞き入れられなかった。

主に姉さんのせいで。

 その結果、風下側になってしまったので、僕はこれから地獄をみるだろう。いや、突入組が一番悲惨か……。

 兎に角、この様な流れでコロニーの討伐は行われる。順調に作戦が進めば、一時間と経たずにゴブリンの殲滅は出来るだろう。その後はコロニーを崩して、その素材を焼いて処分したらコロニー討伐完了だ。


「みんな、自分の役目は理解したな? それじゃあ配置につけっ」


 ゴブリンに発見されるまでは、出来るだけ物音を立てないようにコロニーに近づく。ただ、これだけの大所帯で、隠形を身に付けていない者の集まりだから、ある程度近づいたら発見されてしまうが、今回の作戦はそれも見越して立てられているので問題ない。


「おい、アル坊。もしもの時、俺はケリーのフォローに入らないといけないだろうから、一人でも大丈夫だよな?」

「うん、任せて、僕は一人でも大丈夫だよ」


 移動している時に、ゴモンのおっちゃんが近づいてきて、僕の耳元に口を寄せると、こんな事を言ってきた。

 この、僕が風下側に配属されたのは、決してゴモンのおっちゃんとケリーさんのペアだったからなんてことは無い筈だが、ゴモンのおっちゃんにとっては不安要素の一つを潰す為なのかもしれない。

 いや、ゴブリン相手ならケリーさんでも何ら問題無いと思うんだけどね?


「よしっ、ここからは発見され次第走って近づく。その後は各組のリーダーの判断に任せる。幸運をいのる」


 ケント兄ちゃんの最後鼓舞を聞いて、各自自分の持ち場に散っていく。


「それでは私達も行ってきますね」

「アルム気をつけろよ」


 ミーシェさんとジェモさんも自分の持ち場に向かって離れて行った。あの二人は多分この戦場で一番マシなポジションだと思う。

 僕たちも自分の持ち場に向かう中、姉さんがこちらに手を振っているので、僕も手を振り返しておく。

 姉さんはこんな悪臭漂う環境でも、普段通り余裕のある姿は凄いと思う。

 いや、寧ろこんなにも姉さんに相応しくない環境に、態々姉さんが来る理由を作ったケント兄ちゃんがおかしい。……もしかして、これはケント兄ちゃんが姉さんに嫌がらせする為に、態々連れてきたんじゃないかと勘繰ってしまいそうだ。

 もしそうならケント兄ちゃんの秘密を皆にばらしてやる。


「ゴブリンに気付かれたぞっ。各自役目を果たせっ!」


 おっと、他ごとを考えている場合ではない。

 ついにコロニー討伐が始まったようだ。



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