第14話 森の斥候

「おい、ケリー。この枝が折れている理由が分かるか?」

「えー、大きな獣でも通ったんじゃないですか?」

「違うっ。獣は枝を折る時に捻じったりしない。こういったのは多少なり知能がある魔物が取る行動だ」

「えー、もしかしたら迷子かもしれませんよ?」

「アホかっ、だからお前は——」


 先程から、ゴモンのおっちゃんがケリーさんに索敵の方法を教えているみたいだけど、あまり成果は出ていないようだ。

 確かに森の中での索敵は大変だと思う。同じような痕跡でも、些細な違いで齎される情報は大きく変わってくる。

 この情報の読み取りを間違えると、痛いしっぺ返しを受けかねない。だから、森の中で索敵する時は、細心の注意が必要になる。


「ゴモンさん熱くなってるね」

「あの人は案外面倒見いいからな。駄目な子ほど可愛いって言うし、ほっとけないんだろ」


 そして、それを眺めながら中々に辛辣な意見を述べる二人。それでも、この二人は周囲に意識を向けるのを忘れないから優秀だと思う。

 特にジュモさんの隠形は見習うべきところが沢山ある。こういった処は、一人で森に入っている僕にはいい勉強になるから嬉しい。


「それにしてもアルムは流石だな。ケリーと違って気配の消し方も上手いし、森の歩き方は俺以上かもしれん」

「へー、私もジェモさんにそんな風に言ってもらった事ないのにアル君凄いんだね」

「ここは庭みたいなものですからね。僕も他の人の歩き方が見れていい経験になります」


 思った事を素直に口にしたら、何故か二人から暖かい眼差しを向けられ、ケリーさんからは恨みがましい視線を向けられた。更に、そんなケリーさんに呆れた顔を向けるゴモンのおっちゃんが居るが、ちょっと居心地が悪い。


「はぁ、ケリーにもアル坊の向上心の欠片でもあれば違うんだがな」

「もうー、アル君と比べないでくださいよっ! 私だって、ヤル時はヤル女なんですよっ!」


 ケリーさんが自信満々で胸を張るのを見て、ゴモンのおっちゃんは可哀そうな者を見るような視線を向けて、一つの問題を出した。


「それじゃあ、この木の枝が折れている理由は分かるか?」


 そこには、先程ケリーさん達の話題に上がっていたような、不自然に折れた少し太めの木の枝があった。周囲を観察してみれば、似たような枝が折られた後か幾つも見て取れる。


「ふふんっ、当然分かりますよ。折口に捻りがあるので、これはゴブリンが枝を折った証拠ですっ」


 ケリーさんは自信たっぷりに、先程ゴモンのおっちゃんに教えてもらった事を指摘した。捻りも何もない素直な意見だと思います。


「……それだけか?」

「はい、間違いありませんっ」


 僕は今、少しだけケリーさんを尊敬している。

昔父さんに何事も自信を持って当たれと言われたことが有る。何を成すにも自信無い者は成し遂げられない。まずは気持ちが大切だと。

 その言葉を信じるなら、今のケリーさんは正にそれじゃないかと思う。自身に満ち溢れ、自分の正しさを疑いもしない。


「はぁ、アル坊は何か気が付いた事はあるか?」

「えっと……」

「何かあったら言ってやってくれ」


 何故かゴモンのおっちゃんは此方に話を振って来た。コロニー討伐前なのに、既に疲れた顔をしているから心配だ。

 でも、聞かれたからには気が付いた事を答えよう。


「えーっと、まずはこの折口だけど、少しだけ鋭利なもので切られた後があるから、この枝を折る時に、刃物で傷をつけてから折られたんだと思う。傷のつき方と深さから考えるとナイフより少し長めの——ショートソードみたいな軽めの片手剣かな? 他の枝の折口にも似たような切り口が有るけど、少しづつ傷が違うから、昨日コロニーを観察していた時は見当たらなかったけど、ゴブリンの群れの中には複数の金属製の武器が有るとみて間違いないかな。それに、似たような枝の折られた跡が複数あるから、結構な数を必要としてるんだと思う。それと、どの跡も断面の真新しさから考えて古い物でも一週間ほど前かな? だから、ゴブリンの習性を考えると、備えるって考えは無いから、ここ最近になって必要になったんだと思う。それと、それまでゴブリンの姿を見てなかった事も考えたら、木の棒——こん棒を必要とするゴブリン。成体に育ったのはここ最近の可能性が高いかな? そう考えると、ゴブリンの数からして、基盤固めから拡大志向に変わったのもここ最近かもしれないね。あっ、もしかしたら昨日ミミを攫ったのは、コロニーから放たれた斥候だったのかも? ……今わかるのはこのくらいかな」

「「「「……」」」」


 ちょっと説明するのに熱くなっちゃけど、前後の情報と目の前の現実から導き出される予想はこれくらだいだ。尤も、予測でしかないから過信は禁物なんだよね。

 それにしても、皆静かになっちゃってどうしたのだろう?


「あららー、もしかしなくても私より上かも?」

「……この森に関しては、ウッドランド村でアルムはトップレベルだから仕方がない」


 何だかよくわかないけど、取り敢えず僕の考察は的外れではないようだ。ただ、何故だがゴモンのおっちゃんが目を覆い隠して天を仰いでいる。


「ああ、ケリーにもアル坊の向上心の一粒でもあれば違うんだがな……」

「うぅ、正直遠いです……」


 いや、ゴブリンのコロニーまでもうすぐだよ?


*


 あれから僕たちは、コロニーに近すぎず、遠すぎずといった距離を保った場所を最終合流地点と定めて各自仕事に移った。

 ジェモさんは、この場所を本体に伝える為に一旦後方に戻り、ミーニャさんはコロニーの様子を探りに行き、ケリーさんは周囲にゴブリンが居ないか索敵に出た。

 僕とゴモンのおっちゃんは周辺の地形の把握と、作戦行動が始まってから邪魔になりそうなちょっとした障害物の排除、そして最悪のケースを考えて、一時的に避難できる拠点の設営を行う。

 人が多くなれば、それだけ敵に悟られる危険が増すので、周辺の安全確認は最重要事項になる。

 出発前に、今回のコロニー討伐の流れは説明されたけど、最終的な作戦立案はミーニャさんが持ち帰った情報も加味されて決められるらしい。その時に、一つでもこちらに有利になる条件を作り出すのが今の僕たちの役目だ。


「うっし、一先ず安全は確認できたな。しっかし、ゴブリンの臭いがここまで流れて来るな」

「そうだね。でも、コロニー付近は更に酷かったよ。コロニー内部に入らないといけない本体の人たちが可哀想」

「だな。何度やってもコロニー突入は慣れる事はねぇ。それに斥候として鼻が馬鹿になるのは困るよな」


 そう、森を歩くときに匂いによる判断はかなり重要になる。森の中では視界の確保が難しいし、音の発生源が遠いと木々の隙間を通って拡散される。でも、臭いは風上の情報に限られるが、正しい情報を伝えてくれるので、森の中での探索には重要なファクターだ。

 それが、ゴブリンの様に悪臭を放つ魔物の存在は厄介だ。情報源の一つを潰されるだけじゃなく、ひどい悪臭は頭痛を齎すので、どうしても集中力に欠ける。


「……早く終わらせてお風呂に入りたいね」

「違いねぇ。この悪臭を落とす為に、どんな風呂嫌いでも喜んで入るだろうよ」


 ゴブリンの悪臭を落とすのに、水浴びだけじゃ歯が立たない事は昨日の時点で実証してしまっている。既に昼は過ぎてしまっているから、急がないとお風呂に入れない可能性も……。


「おっ、本体の連中が来たみたいだぜ」


 ゴモンのおっちゃんが指さす方を見ると、今朝方別れたコロニー討伐部隊のメンバーが揃っていた。



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