第13話 無垢なる刃(笑)
村を出発してから、僕たち斥候部隊のメンバーは順調に森の中を進んでいた。
でも、本体との連絡を担当するジュモさんから伝えられたのは、本体の進行はお世辞にも上手くいっていないらしい。
元々警備隊の面々はある程度開けた場所で、集団による戦闘訓練を積んでいるので、視界が悪く、障害物も多い森の中での行動に苦労しているようだ。
そうなると、ゴブリンの討伐に不安があるけど、幸いコロニーは開けた場所に作られているので、道中獣からの襲撃に気を付ければなんとかなりそう。
「しっかし、気合入れて出発したけど、これは遅々として進めないな」
「慣れない人には森の進行は厳しいからね」
ジュモさんは再び本体と連絡を取りに戻り、ミーニャさんとケリーさんは周囲の確認に行ったので、今はゴモンのおっちゃんと倒木に座って待ちぼうけ。
本当はもう少し緊張感のある進行になると予想していたけど、他の斥候メンバーが優秀過ぎて、正直僕は暇です。
「それにしても限度があるだろ。こりゃ訓練メニューの見直しが必要だな……」
「警備隊って普段どんな訓練しているの?」
ゴモンのおっちゃんは何気なく呟いたみたいだけど、僕はそれが気になった。
一応、僕も普段から空いた時間に戦闘訓練をしている。才能のない弓の練習も、狩りの合間に頑張っていたりする。それに、家でも魔糸の強度やコントロールの向上を目指して、姉さんに意見を貰いながら練習を欠かさない。
つまり、僕は狩人として日々その技術の向上に余念がない。……と、思う。
だから、戦闘を専門にする警備隊の人たちが、どんな訓練をしているのか気になった。もしかしたら、狩人にとって必要な技能を身に着ける物もあるかもしれない。
「んー、そうだな。取り敢えず走り込みだな」
「走る? 他には?」
「後は素振りと模擬戦だ。俺達の模擬戦はちょっとしたもんだぜ? 毎日怪我人が絶えないからな。ガハハ」
ゴモンのおっちゃんは斥候なのに、声を忍ばせることなく豪快に笑う。
「他の訓練メニューはないの?」
「んぁ? 無いな、訓練以外にも通常業務があるから、正直時間がとれない」
「へー、警備隊って仕事があったんだ?」
「当たり前だろっ、日夜村の安全を守っているのは俺達だぜ?」
普段、警備隊の人たちが暇そうに村の中を歩いているのしか見た事無いから、仕事をしていたことに驚きだ。何か緊急事態が起こった時に動くのが警備隊の仕事だと思っていたけど、意外と普段から何か仕事をしているらしい。
しかし、警備隊の訓練は僕の糧になりそうにない。走り込みをするくらいなら、森の中を歩いていた方が余程体力が付くし、素振りにしたって毎日武術の型をやっている僕と変わらない。唯一模擬戦は得る物が有るかもしれないけど、そもそも狩人が正面切って戦っている時点で失格だ。
でも、意外と対人戦闘の経験が何かに生きるかもしれないから、今度暇な時にでも混ぜてもらおう。
そんな他愛のない事を話していると、誰かが近づいて来る気配を感じた。
「アル君ただいまー。——ゴモンさん戻りました。問題ありませんでしたー」
「お帰りなさい」
「おう、ご苦労さん。しっかし、お前もうちょっと気配消して移動できないのか?」
どうやら気配の正体はケリーさんだった。そして、戻って早々ゴモンのおっちゃんが駄目だしするあたり、確り斥候リーダーをしているようだ。
「えー、ちゃんと隠してましたよ。そんなの分かるのゴモンさんくらいですって」
「馬鹿言え、アル坊にも確りバレてたっつーの」
「えっ!? 本当に?」
「うん、誰かまでは分からなかったけど、僕たちに近づいて来る気配は感じたよ」
「えぇー、うそぉ~」
僕に気配を悟られていた事がケリーさんは思いの外ショックを受けたようだ。
大げさなまでに落ち込みを表現して、地面に手を突いて項垂れている。
僕からしたら、自分の存在を主張しながら向かってきたのかと勘違いしてしまう程、確り気配を感じられたので、こんなにもショックを受けているケリーさんに驚きだ。もし、これが斥候技術を持った人の森の移動だとしたら、今本体にいる人達はどれだけ森の動物達を騒がせているのかと考えると頭が痛くなる。
獣は敏感なので、自分の住処に普段と少しでも違う雰囲気を感じると姿を隠してしまう。こうなると数日の間は、獲物を探すのも一苦労するかもしれない。
「はぁ、こりゃ訓練メニューの見直しを、本格的に考えないと駄目だな」
「あれ? ワタシのせいです?」
いや、違うと思うよ?
「あ、ケリーの方が先だったか」
「ゴモンさん、戻りました」
ケリーが戻って来てから暫らく、ミーニャさんとジュモさんが戻って来た。ミーニャさんは近づくまでその気配を悟らせなかったし、ジュモさんは視界で確認できる範囲まで殆ど気配を隠したままだった。どうやらこの斥候部隊の中でも、結構な技量差が存在するようだ。
「おう、お疲れ。まずはミーニャから報告を聞こう」
「はい、こちらは異常ありませんでした。しかし、既にゴブリンの活動範囲らしく、その痕跡を何カ所かで発見しました」
ケリーさんと違って、ミーニャさんの報告は細かく、斥候としての仕事をきちんと熟している。先程の気配の話もそうだが、この辺りも技術的な差がみてとれる。これがただの性格の問題だけでは無いだろう。
「こちらは相変わらずです。多少進行速度は上がりましたが、それでもまだ遅いですね。このままの速度でしたらコロニー到着はお昼を超えるかもしれません」
村からコロニーまで、僕が最短距離で進めば三時間を切るくらいの距離だ。それが、日ノ出と同時に出発して二時間ほど経過したけど、未だに工程の三分の一程しか進んでいない。
こうして考えると、大体二倍の時間、体力面を考えたらもう少し掛かるかもしれない。
「分かった。取り敢えず俺達は次のポイントまで進もう。既にゴブリンの生活圏みたいだから索敵範囲を広げながら進む。それと、ケリーはもう少し注意して進め」
「えー、ワタシだけ狙い撃ちー?」
「ケリーはまた何かやらかしたの?」
ミーニャさんの云い様から、普段からケリーさんは何かと問題を起こしているようだ。
確かに他の人よりも若く、まだ経験がすくないだろうから学ぶ事は多いのだろうけど、なんだか問題はそれ以外にもありそうだ。
「えー、何もしてませんよー。心外ですー」
「アホがっ。何もしてないから問題なんだよっ」
確かに、斥候に出たのに、何の情報も持ち替えることなく問題ありませんでは些か心もとない。ゴブリンの痕跡を見つけられなかったのなら、探索範囲を広げるなり他の脅威に成りそうな物に気を配ったりできるはずだ。
それに、彼女が調べていた範囲は、昨日僕が何カ所かでゴブリンの痕跡を見つけた場所だから、本来問題ないなんて言葉が出てくる事は無い筈なので、正直擁護することが出来ない。
「あらら、これならアル君の方が斥候に向いてるかもね」
あ、ミーニャさん、今その話題は良くないと思います。
「実際、隠密能力も気配察知もアル坊の方が上だぞ。多分索敵もな……」
「そうですね。昨日アルムが持ち込んだ地図には先程ケリーが探った辺りにもゴブリンの痕跡を見つけた旨が記されていましたしね」
「あらら、アル君ケリーの代わりに警備隊入らない?」
「もーっ! 皆、意地悪ですっ」
斥候部隊全てのメンバーからの駄目だしで、ケリーさんの心がやさぐれてしまった。
そして、何故かその矛先が僕に向いてしまったようで、これまでにない眼力で此方を睨んでくる。
いや、そんなに恨めしそうに見られても……。
「えーっと、頑張って?」
「うわーん、アル君の意地悪―」
僕にどうしろと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます