第12話 討伐出発

「おはようございまーす」


 昨日、ケント兄ちゃんと約束した時間に村の北門にやって来た。僕は普段からこの時間に起きて仕事に行っているから何にも苦じゃないけど、門付近に集まっているコロニー討伐の為に集めた人たちは何だか眠そうだ。


「おはよう、アルム。時間通りだね。今日は案内頼むよ」

「おはよう、ケント兄ちゃん。何だか皆眠そうだね?」

「あはは、皆早起きに慣れてないからね。——ほらっ、お前らーアルムが子供が確りしてるんだ。お前らもシャキッとしろっ」


 だらけ気味な討伐メンバーにケント兄ちゃんの叱責が飛ぶけど、あんまり効果はないみたい。

 こんな辺境の田舎だから、皆知り合いで仲が良いけど、こういった時はどうしても閉まらない。これが領主様ならもう少し皆しっかりするんだけど、ケント兄ちゃんは威厳って言葉と無縁の人だから仕方ないかもしれない。


「はぁ~、隊長さんは相変わらずだな。よっ、アル坊は元気か?」


 ケント兄ちゃんが叫んでいるのを横目に、茶髪で細身、少し目つきが悪くて最近頭皮が気になりだしたお年頃だが元気のいいゴモンのおっちゃんが居た。


「おはよう。ゴモンのおっちゃんは相変わらず元気だね」

「なんだ~生意気なこと言う口はこいつか~?」

「いひゃい、いひゃいっ」


 僕は見たままの事を言ったのに、何故かほっぺを引っ張られた。

 四十超えたおっちゃんが11歳のほっぺたお抓る。身長170代後半のおっちゃんが身長170のほっぺたを引っ張る。現実は変わらないのに、言葉が変わるだけで随分印象が違ってくるものだ。


「あら、ゴモンさん。私の可愛い弟を虐めないでくださいな」

「お、おぅ。アリスの嬢ちゃんも来てたのか、先に言ってほしかったぜ……」


 僕の後ろから姉さんが声を掛けたんだけど、何故かゴモンのおっちゃんの顔が引きつってる。どうかしたのだろうか?


「あっ! アリスさん、お待ちしていました。本日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ弟がお世話になります。微力ながら私もお力になります」


 ケントの兄ちゃんが姉さんの存在に気が付くと、無駄に洗練された動きで此方に近寄って来た。

 それにしても姉さんが力になるとはなんだろうか?


「なんだ? アル坊は聞いてなかったのか? 今日のコロニー討伐にはアリスの嬢ちゃんも随伴してくれるんだぜっ。これで幾ら怪我人がでても大丈夫だなっ」


 ゴモンのおっちゃんは何が面白いのかガハガハ息苦しそうな笑い声を上げる。


「え? 姉さんもコロニー討伐に行くの?」

「あら? 昨日言わなかったかしら? ケント様に随伴をお願いされたのよ」


 姉さんは僕と視線を合わせないように、しれっとのたまう。昨日の時点でこの事を聞いていたら、間違いなく僕は反対していただろう。

 姉さんはそれが分かっていたのか、今この時まで黙っていたようだ。


「悪いねアルム。今回は結構な規模なコロニーみたいだから、保険としてアリスさんにも随伴してもらえるように私が頼んだんだ」

「ふーん」


 戦いに慣れていない姉さんを連れて行くなんて、ケント兄ちゃんは何を考えているのだろうか? もし、姉さんにかすり傷一つ付けたら村の正門に吊るしてやる。


「お、おい。アルム、そういう事は口にするなよ」

「ん? 僕、何か言ったかな?」

「い、いや、なんでもねぇ。……無意識か?」


 僕の爽やかな返事に、ゴモンのおっちゃんは口を閉じた。

 ゴモンのおっちゃんは余計な事を考えずに、今日のコロニー討伐をいかに円滑に進めるか考えた方が良いと思う。

 いくら僕が案内すると言っても、この討伐部隊の斥候責任者は、ゴモンのおっちゃんなんだから、仮に姉さんに怪我をしたらその責任を取って貰わないといけない。


「やっぱ、この二人姉弟だわ……」


 ゴモンのおっちゃん五月蠅い。


*


 僕たちが北門に到着してから幾ばく、今回コロニー討伐に参加するメンバーが全員揃った。

 今回の討伐メンバーは、斥候四人と、戦闘員が十二人、それに姉さんを含めた後方支援が四人に、僕を含めて全員で二十一人だ。

 討伐対象のコロニーは最大で五十匹程の規模なので、相手がゴブリンだという事を考えれば十分な戦力だ。寧ろ、姉さんを連れて行くなんて完全に過剰戦力と言っても過言ではない。

 僕の見立てでは、姉さんを随伴させるような戦いにはならないと思う。


「皆、良く集まってくれた。今日は——」


 人が集まったところで、ケント兄ちゃんが何か演説を始めた。

 態々お立ち台まで用意して、作為的な大振りの仕草まで用いて演説しているけど、聞き手側の顔には、上司へのお付き合い感が隠せていない。

 それに、チラチラ姉さんにわざとらしく視線を向けるのもどうかと思う。因みに、視線を送られている当の本人は、先程から僕の世話を焼いて『お腹が空いてないか』だとか『喉は乾いてないか』だとか聞いてくる。まだ出発もしてないし、先程朝食を取ったばかりなのだからその必要はないよ、姉さん。


「——だから、私達の手でこの村の平和を守らなければならない! そして、——」


 そう言えば聞いたことが有る。王都には貴族の子供を集めて、そこで勉強をする学園と言う施設が有るらしい。

 お金を持っている貴族の子供は、みんなこの学園に通って勉強と繋がりを作るらしい。尤も、それは僕には関係ないのだけど、その学園あるあると云う話題で、学園長の話が無駄に長くて、話を聞くのが退屈だと誰かが言っていた。

 僕が聞いた事有る話だから、きっとこの村の人だと思うんだけど、誰だったかな? えーっと、……あ、ケント兄ちゃんだわ。


「——である。さあ、皆出発だ!」

「「「おお~~」」」


 あ、ケント兄ちゃんの話も終わったみたい。

 姉さん、そろそろ世話焼くのやめてください。出発ですよ。


「あら? お話は終わったのかしら?」

「あー、うん。出発みたいだから準備しようね」


 姉さんは結構我が道を行くタイプの人だから、あんまり人の話を聞いてない事が間々ある。多分——いや、間違いなく先程のケント兄ちゃんの話も聞いていなかっただろう。

 尤も、それは僕も同じなので、ブーメランになりそうな言葉は口にしない。正直、退屈な話をする人が悪いと思います。


「おお、アル坊はここに居たか。お前は俺達と一緒だぞっ」

「うん、分かった。じゃあ姉さん、僕行くね」

「わかったわ。気を付けてね」

「大丈夫だよっ。姉さんこそ怪我しないようにね」


 名残惜しそうに送り出す姉さんを残して、僕はゴモンのおっちゃん達、斥候部隊の人が集まる場所に合流した。

 この斥候部隊は、本体から先行して地形や現在の状況を一早く察知する部隊だ。

 今回、僕はこの部隊の人たちと一緒に、安全なルートでゴブリンのコロニーに案内するのが仕事になる。

 昨日の時点で安全なルートを教えているけど、そのルートもゴブリンの動き次第で変わってくるので、そういった変化を一早く把握して、時には別のルートに変更する判断を求められる。

 尤も、その判断をするのはゴモンのおっちゃんなのだが、判断材料になる意見を述べるのが、今日の僕のメインの仕事といっても過言ではない。


「おっ、今日はよろしくな、アルム」

「よろしくねアル君」

「アル君おひさー、今日は頑張ろうねっ」

「はい、今日はよろしくお願いします」


 そこで待っていたのは、この斥候部隊のジュモさん、ミーニャさん、ケリーさんだ。

 この三人は、普段警備隊で働いている。でも、三人の斥候としての技術が高いので、こういった時には別の部隊に分けられて斥候として働いている。他の人に比べて、周囲への観察絵力が高いので、護衛任務なんかでも重宝されているらしい。

 事実、前回のコロニー討伐には、ゴモンのおっちゃん含めて全員領主家の護衛任務に出てしまって、討伐部隊に斥候技術を持つ者がいなくて問題になった。それ以来、普段の仕事は別れて行っているらしいが、こんな時はみんな集められて斥候任務に当たる。

 これはゴモンのおっちゃん談だ。


「よーっし、お前ら出発するぞー」

「「「了解」」」

「はーい」


 さて、お仕事開始です。


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