第11話 夕食の一コマ
「さて、お肉の様子はどうかな?」
風呂から上がったら、早速仕込んでおいたスペアリブの様子を確認する。
中火で30分ほど火に掛けた肉に串を指して様子をみる。すると、抵抗を感じる事なく串が刺さっていった。
「うん、後は味を調えればメインは大丈夫だね。後は——」
僕は食材が保存してある棚を眺める。
そこには、今朝姉さんが焼いたパンと、ご近所さんから頂いたおすそ分けが置かれていて、様々な夏野菜で埋まっている。
「主食はパンでいいとして、あとは夏野菜のピリ辛サラダと適当にスープ作って、デザートに夏瓜でいいかな」
スペアリブを火から上げて、もう一つ鍋に水を張って火に掛ける。そこに、干したキノコと適当に手に取った野菜を一口大に切り分け、隠し味に干し肉を投入。最後に、塩コショウで味を調えれば完成だ。
そしてサラダも、これまた野菜を適当にちぎって木のボールに入れる。レタスを底に敷いて、カットしたトマトときゅうりを並べる、更にその上に輪切りにしたオクラを並べて、その上に豆もやしをドーン!
最後にオリーブオイルに塩、胡椒、唐辛子、刻み生姜、隠し味に海の葉っぱを削った物を投入して、トロリとしたドレッシングの完成。
後は適当に夏瓜をカットして、それぞれをお皿によそった処で姉さんがお風呂から出てきた。
「あら、美味しそうね」
「あ、姉さん。今夕食出来たから座って待ってて」
お風呂上りで、いい匂いを漂わせた姉さんが濡れた髪を拭きながら出てきた。さっきまでゴブリンの臭いを漂わせていた僕とは大違いだ。僕は髪を乾かすのが面倒くさくて、何時も短く切り揃えるけど、髪は女の命って言われるだけあって、女性は長く綺麗に保つための努力が大変だと思う。
「わかったわ。楽しみね」
どこかご機嫌な姉さんが席に座った処で、お皿によそった料理を並べていく。
じっくり煮込んだスペアリブに、夏野菜の食感が楽しめるサラダ、程よく柔らかくなった夏野菜のスープに冷やしたカット夏瓜、ドリンクは搾りたて果汁100%のオレンジジュースだ。
田舎の夕食としたら優雅なメニューではなかろうか?
「あら、凄いわね。何時の間にこんな手の込んだ物作ったの?」
姉さんは、先程まで一緒に風呂に入っていたのに手の込んだ料理が出てきたことに驚いたようだ。
「それはね、隙間時間の有効活用したんだよ」
世の中には仕事が忙しくて、自分の時間を作るのにも一苦労する人たちが沢山居るらしい。そんな人たちが編み出した、僅かな時間を有効活用する世知辛い努力の結晶だと記憶中の一人が訴えかけている。
正直、僕はそんな時間すら切る詰めた生活は望んでいないけど、時間に余裕が無い時には有効活用させてもらっている。
「そうなの? 何だかよくわからないけど、冷めちゃう前に頂きましょうか」
「うん、いただきまーす」
食事の前の挨拶をして、早速料理に手を付ける。
まずは疲れた体に活力を取り戻すピリ辛サラダを口に入れる。とろみのあるドレッシングが新鮮な夏野菜に良く絡んで、心地いい歯ごたえと共に口の中に広がる。きゅうりのシャキシャキ感とトマトの仄かな酸味、ドレッシングの塩味と旨味が絡み合って夏の元気のなくなった胃袋に活力がもどる。
らしい。
僕は肉を食べるのが一番元気がでるけど、近所のおじちゃんやおばちゃんは胃袋を元気にしてからじゃないと大変らしい。僕も大きくなったら分かるって言われたけど、もう身体は結構大きくなったけど、何時になったら分かるのだろう?
でも、サラダも美味しいし、姉さんに野菜も食べないと駄目だって言われてるから、美味しく野菜が食べられるサラダは好きだったりする。
「ん~、このサラダ美味しいわね。採れたての瑞々しい野菜もだけど、このドレッシングはアルムが作ったの?」
「そうだよ。前に領主様の所でもらった海の葉っぱを削って入れたんだ」
「まぁ、だからこんなにトロトロなのね」
偶に領主様の所から珍しい食材を払下げてもらうことが有るので、そういった珍しい食材を使うのが結構好きだ。
今まで味わった事の無い料理を作れるし、色々な場所で採れる食材を使うと新しい発見があって楽しい。
「それより姉さん、このスペアリブ食べてみてよっ。僕が捕って来たフォレストゴートのお肉だよ」
「あら、そうなのね。それじゃあ頂くわ」
姉さんはナイフとフォークを器用に使って肋骨から肉だけを削ぎ落していく。柔らかく煮込まれた肉は、ナイフを簡単に受け入れ、食べられることを拒まない。
綺麗に切り分けられた肉を、一緒に添えてある甘く煮込まれたソースを絡めて口に運ぶ。
「んっ!? 美味しいっ。アルム、これ凄く美味しいわよっ♪」
「んっ、本当だ。大成功だね」
短時間煮込んだだけなのに、ベリーの酵素と、蜂蜜から作られたミードによって肉が簡単に噛み切れる程柔らかく仕上がっている。これは、ダッチオーブンで高い圧力を保てたのも作用しているだろう。
それに、玉ねぎの辛みと甘み、それにベリーの酸味と、ミードの濃厚な甘みが絡み合って濃厚でいて上品な味わいに仕上がっている。これは舌で感じるのは難しいが、ニンジンの擂りおろしが効いている。ニンジンの癖のある味わいがソースとマッチして深みをだしているのだろう。
「私この味すきよ」
「それは良かった。この料理はフォレストゴートによく合うね」
昨日仕留めたばかりの熟成が足りていない肉だったけど、寧ろ余計な癖が出る前に調理できたのが良かったのかもしれない。ヤギ肉は熟成すると旨味も増えるけど、独特の癖も増すから、今回はお肉を柔らかくする食材を沢山入れて癖は少ないけど柔らかいお肉に仕上がったから大成功と言って間違いない。
「んー♪ 甘みの強いお肉に、このシンプルだけど塩気の効いたスープも合うわね」
「うん、そうだね。あっ、このお肉のソースにパンを絡めて食べても美味しいよ」
「あら? 本当ね。——ふふふ、美味しすぎて食べ過ぎちゃいそうだわ」
どうやら姉さんは今日の料理にご満悦のようだ。
二人で暮らしていると、何方かが料理を準備しないといけないから、朝と夜で分けて料理していたから自然と料理の腕も上がったけど、どうせならもっと美味しい物を食べてもらいたい。
田舎の村で暮らしていると、食事は数少ない楽しみの一つだし、どうせなら不味い食事よりも美味しい食事の方が良いに決まってる。それに、この村は森の恵み、湖の恵みと恵まれた環境が揃っているから、美味しい食材に事欠かないからまだまだ改善の余地があると思う。
「ごちそうさまでした。アルム、美味しかったわ」
「お粗末様。やっぱり旬の食材は美味しいね」
こういった美味しい料理は旬の食材を使ってこそ高いクオリティが出せる。
それに、夏野菜には身体を冷やす効果もあるから、夏の暑い夜にも打って付けだ。
食後に少し休憩して、今日の出来事を話して、お腹がこなれてきた辺りで二人仲良く食器を洗う。こういった家事は当番制も良いけど、二人で早く済ませる方が良いと思う。
その方が一緒にゆっくりできる時間も増えるしね。
そこからは今日取って来た薬草を姉さんに渡したり、日課になっている狩猟用の道具の手入れをする。
特に、今日はゴブリンと戦闘をしたからナイフを丁寧に手入れしておく。それこそ、ゴブリンを切った事が分からない程綺麗にだ。
これが僕たち姉弟の日常の一日。
父さんが死んでから一年以上こうして二人で協力し合いながら生活している。勿論大変な時も有るけど、それも姉さんと二人なら乗り越えられない事じゃない。
偶にこんな田舎の生活は退屈じゃないかって聞かれるけど、僕としてはこの時間がゆっくり流れる田舎が大好きだから全然退屈じゃない。
ただ、不満があるとしたら、この季節——。
「さあ、アルム。そろそろ寝ましょ」
「……今日は別々で寝ない?」
「駄目よ。姉弟は一緒に寝るのよ」
姉さんと一緒に、暑苦しいのに寝ないといけない事かな。
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