第10話 命の選択

「ミガートのおっちゃーん。お肉持って来たよー」

「うるせー、そんな大声ださねーでも聞こえてラー」


 狩猟によって狩って来た獲物の殆どは、基本的にミガートのおっちゃんがやってる肉屋に卸している。

 それはもう慣れたもので、肉屋の裏口を開けてミガートのおっちゃんを呼び出すくらいだ。

 ミガートのおっちゃんはすっかりオフモードになっていたようで、荒い動きで裏口へとやってくる。先程まで晩酌をしていたようで、顔を真っ赤にして口には干し肉を咥えている。ミガートのおっちゃんは僕より背が低いけど、その身体は樽の様に大きく、又無駄な脂肪も見当たらないムキムキマッチョだ。


「おう、アルム。今日は遅かったな」

「うん、ちょっと面倒ごとがあってね。こんな時間になっちゃった」

「まあ、イイ。それで、今日は何を持って来た?」

「今日はフォレストゴートだよ。冷やして解体してあるよ」

「よっしゃ、見せてみろ」


 この辺りも慣れたもので、殆ど毎日のやり取りなので最低限の言葉で済む。

 今日解体したお肉を鞄から取り出し、台の上へと置いていく。部位ごとに分かれているので検品も楽に行える。

 ミガートのおっちゃんは袋から出した肉を検品していく。先程まで酔っぱらって緩んだ顔をしていたのに、仕事となればその顔つきは——あんまり変わらないね。元々強面だから変化しても大差ない。


「ふむ、問題ないな。何処か持って帰るか?」

「そうだねー……スペアリブを何本か持って帰るよ」

「よっしゃ、ちょっと待ってろ。今切り分けてやる」


 ミガートのおっちゃんは無造作に肋骨を取り出すと、大きな肉切り包丁とハンマーで肋骨を解体していく。肉屋は完全な肉体労働だ。重い肉のブロックを小口に切り分け、小売りできるようにする作業は結構なハードワークだと思う。

 ゴリゴリ音を立てながら解体されていく肋骨。ミガートのおっちゃんは酔っぱらっているとは思えない程繊細で大胆な手つきで瞬く間に肋骨を切り分けた。


「ほらよっアルム。また頼むぜっ」

「うん、ありがと。あっ、明日はちょっと別の仕事が入ってるから納品できないかもっ」

「なに、在庫は十分あるから数日なら構わねーよ」


 明日はコロニー討伐に行くから解体している暇があるかもわからない。だから一応その旨を伝えておく。

 夏場なので、肉が傷むのが早くて多くの在庫を抱えるのは難しいけど、供給不足になると困るので、この辺りの情報交換も欠かせない。

 ある意味狩人にとって夏は天敵でもある。幸い、この辺りの冬は寒くて、大量の雪が降るし、湖も分厚く凍るので、氷室を作れば他の地域に比べて肉の保存に苦労はしないけど、その辺りのバランスを調整するのはミガートのおっちゃんだ。

 肉の保存状態を見極めるのにミガートのおっちゃんほど熟練した慧眼を持っている人を僕はしらない。まあ、本人に言わせればそんな慧眼は大して役に立たないと言っていたけど、この見極めが干し肉の味を一段向上させるほど優れているのだから馬鹿にできない。

 ミガートのおっちゃんが作る干し肉は、辺境伯爵様の家にも納品されているらしくて、晩酌のお供に欠かせないらしい。


「じゃ、ミガートのおっちゃんまたねっ」

「おう、気をつけて帰れよ。あと、お前臭うから風呂はいれよ」

「……うん、わかった」


 そう言えば鼻が可笑しくなっていたから完全に忘れていたが、僕はいまゴブリンの臭いを漂わせているのだ。

村に帰って来てから誰も突っ込まなかったのは優しさだろうか?

 僕は挨拶をして肉屋を出て、最短距離で家へと帰った。正直、自分からゴブリンの臭いを漂わせている事が耐えられない。明日コロニー討伐に行くのだから、再びあの臭いに耐えないといけないけど、そこは我慢するしかないだろう。


「ただいまー」


 家に帰って声を掛けたけど、姉さんはまだ帰ってきていない様だ。

 何はともあれ、まずはお風呂の準備だ。少し大変だが、井戸から水を汲みだし、湯船に溜める。後は窯に火を入れて温まるのをまつだけだ。

 その間に、少し夕食の準備をしておく。

 入念に手を洗って、先程ミガートのおっちゃんに切り分けてもらった肋骨を一本ずつ切り分ける。

 他にも玉ねぎをみじん切りにしたり、ニンジンをすり下ろしてダッチオーブンの底に敷く。そして切り分けた肋骨——スペアリブを並べて、今が旬の森から取って来たベリー系の果物も一緒に入れて煮込んでいく。因みにポイントは隠し味にミードを少し入れるところだ。

 このダッチオーブン、肉を早く柔らかく煮込むのに役に立つから重宝するんだ。

 そんな夕食の下拵えをしていると、風呂が沸いたので臭う服を灰汁につけてから入る。

 勿論入る前に入念に身体を洗うのを忘れない。幸い、この村の特産品の一つにオリーブオイルがあって、その油から石鹸を作っているので、頻繁には使えないけど、今日みたいに酷く汚れた時には重宝している。

 全身泡まみれにして、兎に角汚れの一つも逃すことなく洗い流す。僕は寝る時に汚れているのが許せないタイプの人なので、少しでもゴブリンの臭いを残してベッドに入りたくないんだ。


「あ゛~、生き返るー」


 二度洗いならぬ三度洗いをして、確り確認したところで湯船に浸かる。僕はお風呂に入ると、何時もこのセリフが口から出てしまう。姉さんにはおっさん臭いって嫌がられるけど、無意識だから仕方ないよね。


「あ、やっぱり先にお風呂入ってた。もう、お姉ちゃんを置いて帰っちゃってっ」

「ああ姉さん、お帰り。ミミの容態はどうだった?」


 湯船に浸かった処で何時の間にか帰って来ていた姉さんが入って来た。風呂桶を抱えて、姉さん専用の色々な石鹸を持ち込んでいる。僕にはよくわかんないけど、女性は男より沢山石鹸が必要になるらしい。昔一度使わせてもらおうとお願いしたけど、使う条件が女装することだったから遠慮した。もしかしたら姉さんは妹が欲しかったのかもしれない。


「ええ、もう大丈夫よ。頭にこぶが出来ていたけど、数日したら引くと思うわ」

「そっか、良かった。あっ、僕が背中流してあげるよ」

「そう? じゃあお願いしようかしら」

「うん、任せてっ」


 僕はミミの治療をしてくれたお礼に姉さんの背中を流してあげる。

 昔は僕も背中を流してもらったのを覚えている。自分じゃ手が届きにくい処も確り洗えるし、姉さんの優しい手つきで洗ってもらうと安心感もあるんだよね。だから、僕も優しく姉さんの背中を流してあげる。


「そういえば、アルムは明日コロニー討伐に行くんですって?」

「うん、そうだよ。誰から聞いたの?」


 今度は二人で湯船に入ってゆっくり温まる。

 それにしても流石田舎の村、話が伝わるのも早い。

 こういった田舎では、基本的に隠し事は不可能だ。大きくなってからおねしょなんてした日にはその日の内に村人全員の耳に入ってしまう。


「ケント様が明日アルムを借りるって伝えに来てくれたのよ」


 ああ、ケント兄ちゃんは律儀なとこ有るから、姉さんにも確り報告してるんだね。警備隊の訓練で態と怪我して姉さんの世話になるだけの人じゃなかったみたいだ。


「そっか、でも道案内だけだし、皆も居るから大丈夫だよ」

「……そうね、でも危ない事しちゃだめだからね」

「うん、任せてっ!」


 姉さんは心配性だから危険が無い事をしっかり伝えないとね。今でこそ狩猟に行くとき何も言わなくなったけど、狩人に成りたての頃は毎日ボディーチェックされたっけ。


「ふー、僕はそろそろのぼせそうだから上がるね。姉さんはゆっくり入ってて」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 姉さんの心配性が始まると結構引きずるから、少し強引に話題を変える。

 それに火に掛けたスペアリブも気になるから丁度いい。身体を拭いて、もう一度臭いチェックをしてから服を着る。

 どうやら三度洗いが効いたのか、ゴブリンの臭いは確り取れたので気兼ねなく服を着られる。



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