第16話 コロニー討伐、観戦!

 討伐部隊は怒声と共にコロニーの中に流れ込んだ。多分、ここまでの辛い進行と、この悪臭で溜まったストレスを、ここで発散するために気合を入れた訳じゃないと思う。


「始まったな。ここからだと……あんま見えねーな」

「えー、別にゴブリンを殺すところなんて見たくないですよ」

「俺だって好んで見たくはねーよっ。それでも、状況の推移を把握するには重要だろ?」

「そういった仕事はゴモンさんにお任せしまーす」

「お前なぁ……」


 相変わらずゴモンのおっちゃんとケリーさんが掛け合いをしている。実はこの二人、意外と仲が良いのかもしれない。

 ゴモンのおっちゃんは討伐風景を見たいようだけど、何方かと言えば僕はケリーさんと同じ意見だ。

正直、鼻は馬鹿になっていて役に立たないし、コロニーから聞こえてくる戦闘音で、周辺の小さな物音は拾えない。唯一機能しているのが視覚だけど、木々が生い茂る森の中だと、目視の確認だけでは不十分に思える。

 だから、討伐の推移よりも、自分が任された仕事に集中したい。コロニーでこれだけ騒ぎを起こせば、不審に思ったゴブリンが戻ってきてもおかしくないから、十分注意が必要だ。


「あっ、ゴモンさん。この木に登ればよく見えますよ」

「……お前そういった事は得意だよな」

「え? 何か言いました? 戦闘音でよく聞こえなかったです」

「なんでもねーよ。それよりどんな状況だ?」

「えーっと……」


 ケリーさんは余計な視覚情報を遮る為に、手のひらで日差しを遮り、目を凝らしている。


「そうですねー。順調ですね」

「お前なぁ……」


 なんとも簡潔な報告だ。もしケリーさんに報告書を書かせたら非常に見やすい物になるだろう。

 なんだか、二人は自然体で、僕だけ気を張っているのも馬鹿らしくなってきたので、ケリーさんを真似て木に登って見学する事にした。

 魔糸を二本伸ばして、張力を利用して軽やかに太い枝に飛び乗る。僕は子供だけど、ケリーさんより身体が大きいので細い枝だと耐えられない可能性があるから、絶対乗っても大丈夫だと言えるような太い枝を選んだ。


「わー、アル君すごいっ! なんでそんなに身軽なの!?」

「ふふふ、それは企業秘密です」


 正直、驚かせてやろうと悪戯心が無かったわけじゃないので、子供らしく茶目っ気をだして誤魔化しておく。別に魔糸の事は秘密にしていないけど、その使い方は余り人に話したことはない。結構応用が利く力なので、人に見せるところと、秘密にするところを決めているのだ。


「おーい、アル坊。どんな状況か説明できるかー?」


 先程、ケリーさんの簡潔的な答えに満足いかなかったらしい、ゴモンのおっちゃんが声を掛けてきた。

 戦況が気になって仕方ないらしい。


「うーん、作戦遂行二割ってところかな。特に目立った問題もないみたい」

「そうか、何か問題があったら教えてくれ」


 実際のところ、いくら木に登ったからといって、この位置から戦場の詳しい情報を読み取るのは難しい。

 魔力で若干視力を強化できるけど、それにも限度がある。

 今僕の視界で捉えられるのは、二カ所で激しい戦闘が行われている事くらいだ。四人一組で死角を潰しながら、隙なく戦っている。


「もー、そんなに戦況がきになるならゴモンさんも登ればいいじゃないですかー?」

「ぐっ……地上の警戒も、必要だろ?」


 おや? ゴモンのおっちゃんが何か苦い顔をしている。

 確かに地上の警戒は必要だ。一応僕も視界が確保できる枝に陣取っているので、ゴブリンが近づいてきたら発見出来るようにしている。


「あ~れれ~? もしかして怖いんですかー? ゴモンさんっ」

「なっ!? ちっ、ちげーよっ。高いとこなんて怖くねーよっ」


 いや、それ語るに落ちてますよ、ゴモンのおっちゃん。

 いやー、しかしゴモンのおっちゃんの意外な弱点が露見した瞬間でした。

 苦手な者など無く、隙なく立ち回り、何でもそつなく熟す器用な人ってイメージを持っていたけど、イメージは所詮イメージでしかなかったようだ。


「えー、じゃあ登ってきてくださいよ」

「いや、それはだな……。「あっ、一人倒れたっ」なに!?」


 ゴモンのおっちゃんとケリーさんが言い合いをしているうちに、戦況が変化した。

 順調に討伐が進んでいたけど、一つの組が隠れていたゴブリンから奇襲を受けて、一人の肩に一本の矢が刺さった。


「おいっ、大丈夫なのか!?」

「ちょ、ちょっと、木を揺らさないでくださいよ。落ちちゃいますっ」


 焦ったゴモンのおっちゃんが、確りした幹の木を揺らす。人二人乗ってもビクともしなかった頑丈な幹なのに、ゴモンのおっちゃんの馬鹿力で軋みを上げて揺れる。


「大丈夫みたいだよ。後方待機の人と上手く連携しているみたい」


 怪我人を出した組は、即座に戦線を下げて合図を出し、コロニーの入り口に陣取っていた人達が迅速に動き、怪我をした人の代わりを直ぐに補充して、怪我人は後方に下げられて治療に当たっている。

 事前の打ち合わせで、緊急時の対応を決めていたとはいっても、これだけ迅速に行動できるのは、普段の訓練の賜物だろう。咄嗟の対応ほど、普段の繰り返しの訓練が生きてくる。

 ただ残念なのは、この光景を訓練メニューの変更を考えているゴモンのおっちゃんが見ていないことだろう。


「そうか、……驚かせやがってっ」

「えへへー、ゴモンさんはツンデレだね~」

「なっ!?」


 ケリーさんの何気ない言葉にゴモンのおっちゃんが固まってしまった。

 確かにゴモンのおっちゃんは文句ばかり言うけど、誰も見捨てる事をしない。結局最後まで世話を焼く面倒見がいい人だ。


「あっ、戦線を盛り返したみたいだよ。——この勢いなら、そんなに時間を掛けずに終わるかも」

「どれどれ~? 本当だねー。これは私達の出番は無いかな?」


 確かに、コロニーの制圧が早い程、僕たちの役目は杞憂に終わるかもしれない。

 周辺に散っているゴブリンたちが帰ってくるのは、昨日調べた限り夕方ごろだと予測される。それを加味したら斥候に出ているゴブリンが帰ってくる頃には、コロニーを解体して燃やしているので、異変を察知したゴブリンは近寄ってこないかもしれない。


「それでー、なんでゴモンさんは木に登らないんですか~?」

「ぐっ、まだその話続いていたのか?」

「えー、ずっとこの話ですよー?」


 その経験から、警備隊の中でも一目置かれているゴモンのおっちゃんにとって、ケリーさんはダークフォースなのかもしれない。

 ゴモンのおっちゃんは、遠慮なく踏み込んでくるケリーさんみたいな人が苦手なのかな? でも、揶揄いすぎると後から大変な目に合うのはケリーさんだから程々にね。


「あ、刃物を持ったゴブリンが出てきたね」

「んん? 本当だねー。アル君の予想通りだねー。凄いよアル君っ!」


 コロニーの奥から、剣や槍を持ったゴブリンたちが現れて戦線に合流した。

 でも、所詮ゴブリンなので、その動きはこん棒を持った連中と変わらない動きで、よく観察したらその武器の特性を活かせていないのは丸わかりだ。事前に武器の情報を持っていれば慌てることなく対処できる。

 実際、武器持ちのゴブリンとぶつかっても、討伐組は慌てることなく適切に対処しているから、彼等にとってゴブリンが何を持っていても対処方法は変わらないのだろう。

 ただ——


「おーい、向こうは順調かー?」

「順調ですよー、この勢いで終わっちゃいそうですー」


 このままの勢いはそう時間を置かずしてコロニー内の殲滅は終わるだろう。しかし、少し気になる事がある。

 道中、ゴブリンが折った枝の傷後には、質量の多い刃物で付けられた後が残っていた。その傷跡から斧のようなものだと当たりをつけたのだけど、今コロニーで暴れているゴブリンに斧を持った個体が見当たらない。

 もしかしたら武器を持ったゴブリンがかなりの数散っている方に混ざっているのかもしれない。


「ん?」

「どうしたの~?」


 どうやら僕たちも仕事の時間のようだ。



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