第4話 獲物の解体

「ふぅ、終わったかな」


 ボアの動脈にナイフを入れて徐々に体力を奪う。鼓動が動いている間に血を抜く事で十分な血抜きがおこなえるのだ。

 それに、魔糸によって全身を浮かす事で澱みなく血を抜く事が出来るので正に一石二鳥な仕留め方だ。


「さて、近場の解体場所はどこだろう?」


 獲物は仕留めたら終わりではない。それを村まで持ち帰ってこそ初めて意味を成すのだ。だが、これだけの巨体を担いで持って帰るなど、力持ちである僕でも不可能である。

 だから、僕はこの森の中に何カ所か解体場所として定めている場所がある。そこには、一定の水量が確保できて肉を冷やす事が出来、更に村までの運搬手段が確保できるからだ。


「こんな時はアレだな」


 森で自分の位置を確かめる方法は幾つかある。

 本来、狩り人であれば自分の狩場で自分のだいたいの位置を覚えておく事が出来る。しかし、正確な場所となれば事情が変わってくる。

 大きな荷物を運ぶときは、確りとそのルートを把握する事が重用なので、正確な位置を探る事が必要になる。そして、その尤も確実な方法は——。


「よっ、ほっ、ほっ、はっ、とうっ」


 一番シンプルな方法、高い木に登るである。

 この森の樹木は様々な種類の木で成り立っている。だから、森の高さは一定ではない。なので、その中でも背の高い木に登る事で、周辺の地形を探る事が出来るのだ。

 僕にとって、この森の木に登る事など造作もないことである。子供の頃より、遊びの一つとして木登りを嗜んできたので慣れたものだ。


「えーっと、あっちにアレだから……あそこだね」


 良く晴れた日の森を、上から眺めるとまた違った世界が広がっている。青々とした木々は、陽の光を反射して輝いて見える。まるで、森そのものが一つの生き物のような脈動を感じさせる生命力に溢れている。


「よっと」


 下りは飛び降りてバンジーの要領で、魔糸を使って落下速度を殺して安全に着地する。


「さてさて、今日の獲物はちょっと苦労しそうだね」


 獲物を運ぶときの方法は幾つかあるが、これだけの重量は引きずって運ぶのも一苦労だ。だから、今回はこの吊るされた状態のままボアを引っ張っていく事にする。

 その方法は至ってシンプルで、ボアと進行方向にある丈夫な木を魔糸で結び、進行方向に進むように魔糸を垂らす。即ち振り子の原理を用いて一定方向にだけ誘導するように運ぶのだ。

 魔糸の張力を強めて引っ張った後、現在ボアの身体を支えている魔糸を切り離す。


「お、良い調子だね。この勢いで……」


 今までボアの体重を支えていた枝からその重みを失った事で、枝は元の形を取り戻そうとする。更に、ボアの重量を支える為に次の枝がしなり、軋みを上げてボアの体重を支える。

 それを連続で続けることで、重いボアの身体ですら動かす事が出来る。僕の魔糸は一本の力で最大自分の体重と同等の重量に耐えられる。数を増やせば、支える重量が分散されて事実上、僕が操る事が出来る魔糸の量だけ重い物を動かす事が出来る。

 この時、ボアの体重を支える枝木の選択を間違えると、その重量を支え切れずに折れてしまうので注意が必要だが、この辺りの木々は丈夫なのでそれ程心配はない。

 ただ、この運び方は大きな軋み音を伴うので森の中を騒がしくしてしまう。基本的に森の中で騒がしくすると、周辺の生き物は逃げていく。だが、獲物を狙う肉食動物であれば立場が逆転する。こちらは音の発生源と共に居るので周辺の気配を探りにくいし、血の臭いをまき散らしながら移動しているので、肉食の獣からしたら格好の得物になりえる。

 だから、この方法で森の中を騒がせて移動するのに、長距離移動は向いていない。今までの経験則から、今回の様に一キロ以内の移動が限度と言った処で、それ以上は危険な生き物を呼び寄せるリスクが跳ね上がる。


「よっし! 無事到着っと」


 森の中を移動し、辿り着いたのは普段使用している簡易的な解体所である。

 程よい水量を保ち、竹を床材に使って簡単に水洗いできるように整えられた僕特性の解体場所で、雪解けの季節には増水によって綺麗に流されてしまう現実にさえ目を瞑れば、最高の立地だったりする。

 先程のような小さな小川ではなく、一定の水量が確保され、川岸には上流から流されて来た丸い石によってある程度の広さも確保されている。それに、近くに頑丈な木があるので、その枝に獲物を吊るす事で解体を用意にする。

正に狩人にとって都合がいい解体所である。


「さて、コレは内臓だけ出して後は川底かな」


 仕留めた獲物は、直ぐに冷やす事で腐敗を防止する事が出来るので、出来るだけ早く冷やすのが理想的だと父さんに口酸っぱく言われた記憶がある。仕留めた獲物は細部まで美味しくいただく狩人の教えの一つである。

 背を川底に着け、足を魔糸で固定する。あとはお腹を切り開いて、膜に覆われた臓器を取り出す。この時、臓器、特に排泄物が溜まっている所を傷つけてしまうと、折角の得物が台無しになってしまうので要注意だ。

 臓器を取り出し、食道と肛門周辺を慎重に取り外した後は、お腹に大きな石を詰め込んで川底に沈めておく。こうする事で、冷やしている間に他の獣に狙われるリスクをへらすことができるのだ。

 そして取り出した内臓は、僕の昼食に早変わり、火を焚いて、一口だいにカットしたら塩と香草をまぶして美味しい焼肉に早変わり。

 栄養価の高い内臓は持ち帰って姉さんにも食べてもらいたいのだけど、夏場の内臓は本当に足が速くて、採取後すぐに食べないと直ぐに駄目になってしまうので仕方がない。ある意味狩人だけが食べられる珍味かもしれない。内臓は栄養価も高いので、狩人として森の中を駆け回る体力を作るのに一役かっていたりする。


「いただきまーす」


 獣の肉には臭みが有って、下処理を確りしないと食べにくかったりするけど、香草がいい仕事をしてくれるのでボアの独特の臭みも気にならない。こういった香草も森の中に自生しているので、狩りの間に採取するのも日々の生活を豊かにするのに重要だったりする。

 基本的に、ここは獣の解体をするから血の臭いが残っていて、その上肉の焼ける良い匂いをさせていると、稀に肉食の獣に狙われる事もあるので、食事は手早く済ませて午後の仕事に取り掛かる。

 午後からは、昨日仕留めたフォレストゴートの解体をする。

 こいつは森の中に住む野生のヤギで、一部の地域では家畜化しているところもあるらしい。僕には畜産業の知識はないので、そういった事はしないけど、乳製品を作る場合は重宝される獲物だったりする。

 尤も、今は肉の塊なので、素早く木からつるして解体作業に入る。

 一日も獲物を水に漬けておくと、皮をはぐ時スムーズに剥いていける。元々フォレストゴートは、油が皮膚と肉の間に少ないのでそれ程苦労はしない。これがボアなどの脂身の多い獣になると、剥ぎ取る皮に脂身が残らないように慎重に行わなければならない。

 皮をひん剥いたフォレストゴートを、今度は各ブロックに切り分けていく。この時、吊るして解体すると無駄な力が肉に入らないのでスムーズに切り分けられるのも、この場所で解体する理由の一つだったりする。

 まずは前足を切り離し、背中側から解体する。この時、後ろ足は肉を固定するために残しておくのがポイントだ。そして、肩肉、肩ロース、ロース、ヒレとそぎ落とし、アバラを外したらもも肉を後ろ足ごと切り離して、この場での解体作業は終了。

 後は部位ごとに綺麗な麻袋にいれて持ち帰るだけだが——。


「よし、時間もあるし探検しよ♪」



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