第5話 森の散策

「さーて、何かないかな~?」


 森には人の生活に役に立つ物が沢山ある。その中でも、僕は怪我の治療に必要な薬草をよく採取している。何故なら、姉さんがウッドランド村の治療院に勤めているので、そこで使われる薬草を持って帰るんだ。

 姉さんは治療魔法が使えるけど、魔法にはどんな病気も怪我も治せるような万能な力は無い。だから、個々で必要になるのが薬学の技術となる。薬草などの薬効成分を取り出して、傷薬や毒消し薬を使う事で治療できる幅を広げるらしい。

 この辺り姉さんの受け売りなのでよく知らないのだが、取り敢えず僕は治療に必要な薬草を正しい方法で採取するだけなので問題ない。


「あ、これは傷の治療に使える薬草だね」


 そこには葉がギザギザの、一見したら唯の雑草の様な植物が生えていた。僕はこの薬草の名前を知らないけど、それで困ったことが無いので仕方がない。田舎の狩人に薬草の名前を求めるのが間違っているとすら思っているので、姉さんに薬草の名前を教えてもらっても、右から左に聞き流している。


「確か、この薬草は一番下の葉っぱを残してナイフで切り取ればいいんだよね。よっと」


 そう、こんな風に、必要な採取方法さえ知っていれば特に問題ない。手持ちのナイフで葉を残して採取する。こうする事で、この場所を覚えておけば再び採取が可能になるんだ。偶に、薬草の採取方法を知らない人が根こそぎ持って行ってしまうみたいだけど、薬草などの植物には、その育成に必要な環境があるので、たとえ持ち帰っても育てるのは難しい。例え育成が可能だったとしても、それによる利益よりも遥かに高額な投資と維持費がかかるって姉さんが言っていた。

 だから各村の領主は、その村を支える資源が取れる場所を許可制にして、流れ者が無断で出入りしないように管理している。だから、僕は毎年狩猟許可書を発行してもらっているし、この許可書に支払う代金を稼ぐためにも、精力的に狩猟活動にいそしんでいる。


「あっ、生姜の群生地発見! 森の恵みに感謝します~」


 時として貴重な食材も手に入る。生姜は薬草としても使えるが、料理などにも幅広く使えるので重宝する。勿論、群生地だからといって全てを狩りつくす訳じゃない。

 生姜は掘り起こすと、茎が伸びていた処とは別に小さな芽が出ている所がある。この部分を切り離して再び土に植えておくと、これまた再び採取が可能になるので、森での採取はこういった自然のサイクルに逆らわないようにすることで、長く付き合っていく事が出来るのだ。

 これがただの狩猟民族であれば、完全に森の環境を破壊して、森の恵みを得られなくなったら移動するなんていう蛮族のような連中もいるらしいが、僕たちはこの森と共存しているので、森を破壊するようなことはしない。獣の狩りでも減り過ぎず、増え過ぎずの調整を行いながら管理を徹底している。

 こういった事は父さんから学んだけど、実際に狩人として働きだしてからより一層実感が強くなった。だからハンスさんとのコミュニケーションは本当に欠かせないのだ。


「あっちの方にも行ってみようかな」


 川を上流に向けて沿うように進む。夏場でもこの辺りは涼しいので僕のお気に入りの場所の一つだ。

 聞いた話だと、この辺りは若干高地にある土地なので、夏はそれ程暑くならないと聞いたことが有るけど、僕はこの村の夏しか知らないので良くわかないけど、やっぱり夏は暑いと思う。

 実際、夏になると汗を沢山かくし、皆で水遊びすると気持ちいいから嫌いな季節じゃないけど、夜は寝苦しいからそこだけは何とかしてほしい。それに、ただでさえ寝苦しいのに何故か姉さんはくっついて寝ようとするから汗もができてしまう。

 これが冬場なら暖かいから寧ろ望む処だけど、姉さんは父さんが死んでから過保護になったと思う。前から世話焼きで面倒見がいい処は有ったけど、今はちょっと多干渉らしい。まあ、それも隣のおばちゃんの意見だから僕には実感はないけど、姉さんは優しいから僕は気にならない。

 だからこそ、姉さんの為に薬草の採取も率先してやっているのだ。


 おばちゃんに言わせれば、姉さんは『いいお年頃』なんだから浮いた話の一つもないのが心配だと言っていたけど、僕には小さい頃から母さんの記憶がないから、姉さんは僕の母親代わりでもある。実際、小さい頃は姉さんの後ろに付いて回っていて、それを見た父さんがこのままだと拙いと言って僕に狩人の仕事を見せる様になったらしい。

 僕にはその自覚は無かったんだけど、友達にはシスコンなんて言われるから、もしかしたらそうなのかもしれない。

 姉さんは村でも器量がよく、面倒見もいいしっかり者なんて印象を持たれているみたいだけど、僕からしたら姉さんは成人しても甘えん坊な大きなお子様だと思う。夜寝る時一緒に寝るのも、姉さんが寂しいからだと思う。家に居る時、暇を見つけてはくっついてくるのも、その寂しさを紛らわせる為なのかもしれない。

 姉さんには少なからず小さい頃の母さんの記憶が有るから、余計に寂しさを覚えるのだろう。それでも父さんが生きていた頃は自制が効いていたけど、家族二人になってそのタガが外れてしまったようだ。

 まあ、姉さんもいい大人なんだからそのうちいい人を捕まえて落ち着くと思う。実際姉さんは優良物件だ。自分で稼ぐ手段も持っているし、家事全般熟せて料理も美味しい。寧ろ姉さんに釣り合う男が村に居ないのが問題だと思う。

 うん、決して身内贔屓ではない。


「ん? 結構遠くまで来ちゃったかな?」


 慣れた場所だったから考え事をしながら歩いていたら、思いの外遠くまで来ていたようだ。

 川幅が狭まり、流れる水量も減っている。周辺に自生する植物も若干姿を変え、木陰にちらりと見える小動物の種類も変わっている。

 野生の世界では、山一つ変わればその植生が大きく変わる事もある。そして、そこにはその環境に適応した野生動物が住み着く。

 それはこの森の中でも適応され、広大な森も平ではないので徐々に海抜が上がれば植生も変化する。ただ、村から離れた場所で獲物を仕留めれば、それだけ運搬にかかる手間は増える。だから、僕はこの辺りで狩りをする事は無い。

 それでも、この辺りでしか採取できない物もあるので、偶に足を向けるのだが、この辺りは殆ど人の手が入らない地故の危険もある。


「コレは……獣の跡じゃない……」


 それなりの太さがある枝が強引に引きちぎられていて、その引きちぎられた枝も周辺には見当たらない。

 人の手が入らない場所、即ち危険が排除されていない場所には時として危険が伴う。

 森には肉食の獣もいるので、普段から危険が伴う仕事ではあるのだが、自然界における弱肉強食ではなく、純粋な殺し合い。単純明快な敵対生物である魔物の存在だ。

 魔物には様々な種類の物が居るが、獣に比べてどれも賢く、力も強い。その為、獣に比べて危険も大きく。糧を得る為の戦いではなく、生存領域を競い合う殺し合いになる。

 だからこそ、人が住む領域の周辺では常に統治者がその危険を排除する。僕の住むウッドランド村でも、領主様が定期的に周辺の魔物の駆逐を行うので、戦闘能力の低い村人でも村の周辺であれば出歩いても安全である。

 森の中も、僕たちの様な狩人が常に警戒しているので、殆どその脅威に出くわす事は無い。ただ、森の中なので稀に迷い込んだ魔物が入り込むことがあるが、野生動物とて無力ではないので、多少の魔物であれば自分の縄張りから追い出す事もある。

 それでも、人の手が入らない場所では多くの魔物が生息している。同じ森といっても、油断していい場所ではない。

 だからこそ、この状況は必然であったのだろう。


「ぐぎゃっ、ぎゃぎゃぎゃっ」


 不快な鳴き声が森の中に響き渡った。



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