第3話 狩りの仕方

 狩り。それは生き物が生きる糧を手に入れる為、その命を奪う行為。ただし、そこには大きなリスクも伴い。大抵の獣は安全な餌を求め、リスクを避ける傾向にある。

 ただし、人間はこれに当てはまらない。自然界において人間の立ち位置は決して高く無いのだが、それを補うのが人類の英知だ。

人は道具を使い、知恵を絞り、獲物を観察し、格上の生物ですら仕留める自然界のアンタッチャブルだ。


——さて、どうやって仕留めようかな?


 幸い、ボアは水を飲むのに集中していて此方には一切気が付いていない。ただ、小川が流れているとは言っても、周囲には木々が生い茂っていて開けてはいない。

 でも、これは僕としては都合がよかったりする。

 僕の狩猟スタイルとして、獲物を仕留める方法は必須と言える。これが罠猟であれば、動けない獲物を相手にすればいいのだが、獲物を追いかけて仕留める以上、一定の戦闘能力を要求されるのだ。

 ただし、狩人にとって正面からの戦闘に陥る事態は愚の骨頂だ。常に安全圏から一方的に相手を仕留める事こそ理想とされる。

 そして、今の地形は僕の戦闘スタイルからみても都合がいい。


——まずは逃げ道を塞ぐ。


 普通の狩人なら、真っ先に矢をつがえるが、僕は下準備を怠らない。

 僕は魔力を指の先へと集中させる。すると、そこから細い糸状の魔力が伸びてきた。

 そう、これこそ魔法が使えない僕が、魔力を活用する方法を見つけた狩りのスタイルだ。

 人の魔法には、個々によって使える属性が決まっている。僕の姉さんは治癒の魔法が使えるし、友達の中には火の魔法が使える子もいる。先程挨拶を交わした狩人仲間のハンスさんも風の魔法がつかえるらしく、その魔法を狩猟に活用しているらしい。

 こういった魔法が使えるのは、一つの才能と言えるのだが、世の中を見れば魔法が使える人の方がマイノリティだったりする。だから僕自身、魔法が使えない事を苦に感じた事は無いが、どんな因果か僕は人よりも多くの魔力を持っている。それこそ、僕に魔法が使えれば国お抱えの宮廷魔導士も夢じゃないと言われる程だ。

 ただ、無い物ねだりをしても仕方が無いので、僕は折角だからこの有り余る魔力の使い道について日々考えていた。そして、父さんが偶然狩って来た魔物からヒントを得て、一つの試みを試して見た処、今のこの糸状の魔力に辿り着いた。

 魔物には、その額に魔力の塊である宝石の様な石が付いている。人はこれを魔石と呼んでいるのだが、この魔石は純度が高い程その硬度が高くなる。低位の魔物であれば簡単に砕けてしまう魔石も、上位になる程硬くなり、剣で斬っても、槍で突いても、ハンマーで叩いても傷一つ付かないらしい。

 だから、僕は自分の体内に流れる大量の魔力を圧縮する事で、柔軟で並みの力では切れない丈夫な糸を作り出す事に成功した。蜘蛛の糸のように細くでき、針金をより合わせた物よりも張力があり、その硬度は時として剣士の斬撃すら凌ぐ。

 これは昔、冒険者に夢を見ていた若かりし頃の努力の結晶だ。それもこれも、冒険者達から冒険譚を聞くのが好きだったので、僕は友達と連れ立ってよく冒険者ギルドに顔をだしていた。

 そこで冒険者達が話してくれる内容は、誰もが勇敢に戦ってピンチの時には切り札を使って切り抜けたと言う話が多かった。だから、僕は自分なりの切り札——必殺技の開発を頑張った結果、この糸——僕は『魔糸』と呼んでいる切り札が完成した。

 尤も、今では切り札ではなく、狩りの手段の一つとして通常使用している。あの頃は冒険者達の冒険譚を疑いなく聞いていたが、誰もかれもそんな冒険が出来るわけじゃない。寧ろ冒険者の仕事は意外と地味だったりする。だから、いまでは彼らの冒険譚は誇張10倍くらいの物だったと分かっているのだが、当時の僕はそれを素直に信じて、素直に努力した結果狩りの手札を手に入れたんだ。


——さあ、これで逃げ場は無いぞ。


 ボアが通れそうな木々の隙間に、隈なく魔糸を行き渡らせ、逃げ場を完全に塞ぐ。この魔糸は殆ど光を反射しないので、ボアが慌てて逃げれば魔糸が身体に絡まり動きを阻害して、その隙に追加で魔糸を絡めていけば簡単に仕留められる。

 ただ、狩りには保険を掛けておくことが重要になる。

 それに、ボアの習性上、敵対者を見つければ一当てする脳筋仕様なので、自分の身を守る術を準備しておく必要がある。

 だから、僕はボアから絶妙に離れていて、簡単にはたどり着けない所に場所を移し、そこに至るまでの道にも魔糸を張り巡らせておく。この時、魔糸にはある程度余裕を持たせておく。もし、最大張力で張り巡らせるとボアの身体が傷まみれになって獲物としての価値を落としてしまう。そうなっては狩人失格なので、ボアの毛皮に傷をつけない程度に魔糸を緩く張り、相手の動きを阻害するのに務めるのだ。


 魔糸を張り巡らせ、獲物に気が付かせることなく、既に蜘蛛の巣よりも極悪な糸の牢獄に捉える。

 ここに来て初めて僕は弓に矢を番えて引き絞る。これは獲物を仕留める為ではなく、未だに水を飲む事に夢中で気が付かないボアにこちらの存在を認識させるための行為だ。


——いけっ!


 僕は狩人だが、お世辞にも弓の腕は良くない。

 一応、動かない的なら七割の確立で充てることは出来るが、動く的は殆ど当てられない。止まっている的でも、ピンポイントで充てる事は出来ないので、今回もボアの心臓部分を狙ったのだが、狙いからずれて最も多くの脂肪に覆われているお尻に突き刺さった。


「ぷぎぃやああぁぁぁ」


 それ程深く矢が刺さった訳では無いが、ボアは不意打ちと言うのもあって、意外なほど大きなリアクションを取ってくれた。僕の中にある知識が、勝手に芸人肌なボアだと評価しているが、今はそれを横に置いておいて、こちらを標的に定めたボアと対峙する。

 正面から見たボアの顔はその巨体も有って、非常に大きい。それこそ、頭だけで人の子供程のサイズがある。

 その目からは、こちらに怒りを向ける強い眼差しを向けていて、その巨大な鋭い牙の切っ先がこちらに向けられている。


「ほーら、こっちだよ」


 ボアに確り僕の存在を認識してもらう為に声を掛ける。場合によっては口汚い言葉を発する人も居るけど、獣に人間の言葉が通じる訳が無いので、どんな言葉を掛けようとも大差ない。強いて言えば感情が籠っているかどうかだろう。


「ぷぎいいいーぁ」


 こちらを明確に認識したボアは、後ろ足に力を入れると一直線に突っ込んできた。それこそ僕はボアよりも少し高い場所に陣取っているのだが、そんな事は関係ないとばかりにその巨体を揺らして突っ込んでくる。

 その勢いは、その巨大な体躯からは想像ができないほど俊敏で、初速から早い。

 しかし、僕たちが居るのは木々が生い茂る森の中なので、障害物も多いのでボアの巨体を生かす突進を最大限発揮することは出来ない。

 それに、一歩一歩ボアが前に進むにつれて、その身体に絡まる魔糸の数が増えて、ある程度の数が絡まった処で魔糸を引き絞ってボアの巨体を持ち上げる。


「ぷ、ぷぎぃぃ!?」


 初めての感覚だったのだろう。ボアは自分の身体が浮き上がった事に驚きを隠せないのか、足をばたつかせてもがく。しかし、暴れる程魔糸は絡まり、更に追加される魔糸によって次第にそのもがきすら出来なくなる。

 この場所は糸を固定するのに必要な物がそこかしこに生えているのでボアの身体は四方八方から伸ばされた魔糸によって瞬く間に身動き一つ取れない獲物となった。


 狩りに迫力は要らない。狩りに対等なんてない。狩りに方法なんて定められていない。ただ、生き物として生き残った方が勝者であり、正解者だ。


「森の恵みに感謝します」


 僕はボアの喉元にナイフを突き立てた。


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