第2話 入学  『大・中・小』

「えー、これからみなさんは、この繋文大学けいぶんだいがくの学生として……」


 檀上で学長が単調な口調で話しているのを拝聴している。


 無駄に韻を踏んでみた。

 暇になってしまった。


 親は保護者席にいるため、僕の周りは見ず知らずの新入生しかいない。

 もちろん、式の最中に話しかける度胸はない。


 だがこの大学生活、なんとしても「ぼっち」だけは避けたい。

 そんなことを考えているうちに、早々に集中力が切れてしまったのだ。


 僕の右には、小柄な男が座っていた。


 童顔なのもあってか、年下にしか見えなかった。床に着いていない足を揺らしながら、嬉しそうに目を輝かせている。


 左には、対照的に巨体の男が座っている。


 真剣というか不愛想というか、近づき難い表情で腕を組んでいる。


 とにかく一言で言うと、怖い。


「ねぇ、きみ」


 まさか自分に声をかけているとは思わなかった。

 声の主は、右の男だった。


「おれ、永犬丸信二えいのまる しんじっていうんだ。よろしく!」

高若晴人たかわか はるとです。こちらこそよろしく」


 ぼっち回避! 友達一人目!


 平静を装ったが、心の中では激しくガッツポーズをしていた。


「ですって他人行儀だなぁ。仲良くしようよ、友達一号。あれだろ? きみもとっくに集中切れてたんだろ?」

「な、なんでそれを?」

「おれは集中力が切れてる奴は、匂いでわかるんだ!」


 彼は人懐っこい笑顔で言い切った。


 なかなか面白い奴のようだ。嫌いじゃない。


「おい」


 鼓膜を揺らす野太い声がした。


 印象通り、左の大男だ。彼は表情を崩さず、じっと僕らを見つめた。


「あ、す、すいません。うるさくて」

「俺も集中切れてる。まぜろ」

「ぶはっ」


 不意を突かれて笑ってしまった僕は友達二号、本城衛ほんじょう まもるを得ることができた。


 僕たち三人、並びはきれいに大・中・小だ。


「よっしゃ! やっと解放された」


 すべての説明が終わると、帰省する母さんに別れを告げ、僕は出会ったばかりの友人たちと屋外へ出た。

 

 改めて見るキャンパスは、僕の住んでいた田舎よりも舗装が行き届いていて、建物もきれいだった。


 敷地内には、入学式だということを除いても独特の空気が満ちていた。

 キャンパス内がひとつの町というか、別の世界に来てしまったように感じる。


「よーし! 待ちに待ったサークル勧誘の時間だな。見て回ろうぜ!」


 信二は一段とテンションが高かった。

 心からのわくわくが、こっちにまで伝わってきた。


「待て。その前に出していいか? 機嫌が悪くなる」


 衛が、胸のポケットから濃い紫色のカードを取り出した。


「あ、すっかり忘れてた。んじゃあ、先に出すか!」


 信二も、ポケットからカードを取り出した。

 衛の物とは違い、こちらは白地に赤いラインが数本入ったデザインだ。


「「召喚!」」


 二人が同時に叫んだ。


 地面にかざしたカードから魔法陣が浮かび上がり、光を発した。


 次の瞬間、衛の目の前には耳の大きな手のひらに乗るくらいの動物が、ちょこんと座っていた。


「え! 衛の使い魔? 本当に?」


 くりくりとした目を僕に向けると、使い魔は慌てたように衛に駆け寄り、差し出された手を上って肩に乗った。


「あぁ。正真正銘、俺の使い魔だ。宝石獣カーバンクルのアリエッタだ」


 アリエッタは、僕を怖がっているのか衛の影に隠れていた。


 潤んだ瞳と額の紅い魔石が、チラリと見えると慌てて隠れる。

 白く短い毛に覆われて、大きな耳とリスのような顔。ウサギとリスの中間のような姿だ。


 かわいい。


 ゴリラみたいな衛に似合わない。


「あれ? 信二はどうした?」


 言われてみれば、同時に召喚したはずの信二の姿がなかった。

 使い魔の気配もない。


「うおおお!」


 と、思ったら辺りを全力で走り回っていた。


「なんだよ、おい! 離せバカ!」


 芝生に建てられたオブジェを回って、やっと僕たちのところへ戻ってきた信二は、お尻を小さな日本犬に噛みつかれていた。


「なんだよ、小太郎こたろう! いきなり噛むな!」


 小太郎という名の犬は、信二から離れると牙をむき出しにして吠えた。


「シンジ! おれを忘れてたってどういうことだ! ひどいぞ、ちゃんと中で大人しく待ってたのに」


 小太郎は泣きそうな目をしていた。


 これだけだとかわいいが、ズラリと並んだ鋭い牙を見てしまうと、手放しで愛でることはできそうにない。


「ほう。人語が話せるのか」


 衛がアリエッタを撫でながら言った。


 使い魔には人の言葉を話せる個体と、テレパシーなどで意思の疎通を行うものがいる。


 アリエッタと小太郎は同じ魔獣タイプの使い魔だが、コミュニケーションの取り方に違いがあった。


「キュイ!」


 アリエッタが高い声で鳴いた。どうやら、小太郎に挨拶をしたようだ。


「おう! おれは魔犬まけんの小太郎っていうんだ! よろしくな」


 小太郎は尻尾を振って応えた。


「悪かったよ、小太郎。あとでジャーキーやるから」

「小さいのはダメだぞ! 大きいのだからな!」

「わかったよ」


 信二が頭を撫でると、小太郎は嬉しそうにすり寄った。


「カーバンクルかぁ、初めて見た」


 アリエッタを指で撫でながら、信二が珍しそうに言った。


「そうか? 地元には他にもいたけどな」

「同じ種類でも、こんなに愛らしさが違うんだな。やっぱり、種族の差はでかいなぁ。精霊タイプのピクシーとか、機械マシナリータイプのゴーレムとか、他の種族の使い魔も見てみたいって痛あぁ!」

「なんだよ! おれじゃ不満なのか!」


 信二は再び噛みついてきた小太郎の牙に悲鳴を上げ、涙目になっていた。


「大丈夫か?」

「な、なんとかな……小太郎さん、ジャーキー奮発しますから離して……」


 見ると、あちこちで使い魔の召喚が行われていた。

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