001.絆創膏

砂糖菓子

第1話

001.絆創膏



 また買ってしまった。これでもういくつめになっただろう。100円均一のロゴの入ったビニール袋を揺らしながら、私は家路をたどる。歩くたび、スカートと一緒にビニール袋が揺れる。その中で、小さな箱が踊っている。

 高校から家までは、歩いて15分ほどかかる。途中にあるスーパーに寄ったり、その中に入っている100均で商品を眺めたりしても、せいぜい1時間くらいしか暇をつぶすことはできない。

 重たい足を引きずって、「ただいま」とつぶやきながら玄関の鍵を開ける。家には誰もいない。共働きの両親が帰ってくるのは早くても18時以降で、あと2,3時間はこの家に私ひとりきりだ。無人の空間に声が吸い込まれていく。

 真っすぐに2階の自室へと行き、学習机の横にカバンとビニール袋をかけた。制服を脱ぎ、ラフな服装に着替える。ようやく深く息ができるようになった気がして、自然とため息が出る。まずは課題と明日の予習を済ませてしまおうと思い、ノートや教科書を取り出して机に向かった。合間にスマホをいじったり考え事にふけったりしていると、時間はすぐに経ってしまう。

 いつの間に帰宅したのか、母が私を呼ぶ声が聞こえた。顔をあげると、窓の外は真っ暗だった。1階のリビングで母とともに夕食を取る。まだ帰宅していない父の分の夕食が、母の隣でゆっくりと冷めていっている。母が学校はどうだとか変わったことはないかとか尋ねるのにおざなりな返事をする。小学生じゃないんだから、学校で起こったことすべてを母に話す気には到底なれない。母も母でフンフンと、聞いているのかいないのかよくわからない返答をする。そして適当に食事を済ませて片付けをすれば、もう団欒の時間は終わりだ。それぞれお風呂を使って、部屋に引き上げる。

 自室のベッドに寝転がって雑誌をめくっていると、階下から怒鳴り声が聞こえた。スマホで時間をチェックすると、22時を少し過ぎたところ。いつものように両親が喧嘩を始めたのだ。原因はおそらく、些細なこと。湯船のお湯を抜いたとか抜かないとか、食器がちょっと汚れていたとか、明日着る予定だったシャツが洗濯されてないとか、三者面談にどっちが行くのかとか、そういった。

 途切れ途切れに聞こえる怒鳴り声は、私の心を真っ黒く塗りつぶしていく。少しずつ、少しずつ。そうして私はベッドから起き上がって、机の一番下の引き出しから小箱を取り出し、袖をまくって左腕を顕にする。

 真っ白な左腕に、隙間がないように――小箱から取り出した絆創膏を貼っていく。左腕が埋め尽くされれば、次は右腕。それも終わると次は足だ。ルールは三つ。隙間なく貼ることと、腕や足など見えるところに貼ること。一度首筋に貼った絆創膏を剥がし忘れて登校してしまい、クラスメイトに散々からかわれて大変な目にあった。だから鏡を使わないと見られないような場所には貼らないようにしている。そして、絆創膏を貼ったまま寝ないこと。朝起きてから剥がそうとすると赤く痕が残るからだ。これもクラスメイトにあれこれ詮索される理由になってしまう。

 絆創膏を一つ貼るたびに、心が少しだけ真っ白に戻るような気がする。しわもなくぴっと貼られた絆創膏は、私が私を大切にできている証のように見える。少しほっとするのは、なぜだろう。

 両足と両腕、すべてが絆創膏で覆われた。ゆっくりと時間をかけて貼ったので、階下からの怒鳴り声ももう聞こえなくなっている。明日の仕事のことを考え、両親はそれぞれの寝室で眠りについたのだろう。一つ大きく息を吐いて、最初に貼ったものから順番に剥がしていく。皮膚が引っ張られる少しの痛みは感じるけれど、翌日にはなんの痕跡も残らない。

 かすかに赤みを帯びた皮膚が戻ってくる。剥がした絆創膏がベッドの上に小山を作った。それから新しい絆創膏を2枚取り出した。1枚は右足の甲に貼る。もう1枚は、おへその真上に貼った。ここなら靴下とタンクトップで隠れるから、誰にもバレない。自分からも見えない場所だけれど、貼っているという事実が私を安堵させる。まるでお守りのように。

 時には喧嘩がない夜もあるけれど、長引く夜もある。学校で嫌なことがあった日にいつまでも終わらない両親の喧嘩が重なると、心も体もバラバラになりそうな気分になる。そんなときには指先に絆創膏を貼る。指先ならば皮が剥けたとか包丁で切ったとかいろいろ言い訳ができるからだ。誰かに気づいてほしいわけではない、矛盾した私のSOS。けれど指先に絆創膏があると、どんな1日でも乗り越えられそうな気になるから不思議だ。

 今日はまだ平気。絆創膏は見えないところだけで大丈夫だ。電気を消してベッドに潜り込み、つま先で逆側の足の甲に貼った絆創膏を撫でる。この絆創膏が数日の間私を守ってくれるだろう。

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