第4話 兄さん
その誘いは「兄さん」からだった。
僕のきょうだいは妹一人である。兄さんというのは僕の兄ではなく、大学で出会った同級生のことだ。
しばらくは名前も良く知らなかったのもあり、周囲に呼ばれていたように僕も「兄さん」と呼ぶことにしたのだった。
兄さんと出会ったのは去年、夏の終わり頃、食堂でぼんやりアイスクリームを食べていた時。僕は友人たちと一緒にいた。友人たちはゲームの話に花を咲かせていたのだが、僕はあいにくゲームをしないものだから、完全に蚊帳の外になっていたのだった。アイスクリームの容器をいじくりまわしたり、その成分表示を眺めてみたりと暇を持て余していた。
その時友人たちに手招きされ、僕の目の前に座ったのが兄さんだった。僕がどうも、と軽く会釈をすると、彼は
「初めまして。といっても私は君の事知っていたんですけどね」
とか言った。僕が戸惑っているのを見て、
「この人たちと一緒にいるところ、よく見ましたから」
「一度お話してみたかったんです」
とどんどん話を進めてきたので、正直に言うと面食らってしまったのだった。
それにしても、僕には何とも不思議な感じがした。直接の接点もなく興味を持ってくる人なんていなかったからだろうか。僕のことを何でも知っているとでも言いそうな視線に居心地が悪かった。
なんにせよ、僕は僕を傷つけない人間は好きだし、友人が増えるとなればそれはもう嬉しいことだ。周囲いわく本と音楽の趣味は絶対に合うとのことだったので、とりあえず自己紹介もかねて話してみたところ、意気投合したというわけである。それでもしばらくは全て見透かすような視線と丁寧な言葉遣いが苦手で仕方なかったのだけれど。
お互いへの態度こそ違えども、兄さんと僕は良く似ている。話せば話すほど共通点が見つかる。恐ろしいほどに。これが運命かと思うほどに。世界には同じ人生を送る人間が存在するという。僕と兄さんはそれなのだと思うほどに。
悲しいかな捻くれてしまったものだから人生や出会いの表面をさらい、ひたすら美しい言葉を紡ごうとする詩人が好きではなかったが、こればかりは僕もその気持ちを認めざるを得なかった。
そんな相手からの誘いなので断るはずもなく。何を話そうか、何を着ていこうか、と恋する乙女のごとく翌日を楽しみに床に着いたのだった。
寝付くのにずいぶん時間がかかってしまったので、遠足前夜の小学生と言われても文句は言えなかったが。
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