かわいそうなひと

一白

かわいそうなひと

あなたとわたしの間には、とても大きな隔たりがある。

それはあまりにも広大で、大陸を分かつ海のよう。

あなたが何かを叫んでも、わたしに声は届かない。

あなたが何かを渡したくとも、波がすべてを押し返す。

わたしがあなたに手を差し伸べても、決して届きはしないのでしょう。

それほど二人の間には、大きな隔たりがあるのだから。



あなたとわたしの間には、とても大きな隔たりがある。

それは天上に届くほど、高くそびえる山のよう。

わたしがあなたに声をかけても、すべて無情に遮られる。

わたしがあなたに伝えたいことも、すべて木霊して跳ね返る。

あなたがわたしと交わりたくとも、登る山道もないのでしょう。

それほど二人の間には、大きな隔たりがあるのだから。



あなたとわたしの間には、とても大きな隔たりがある。

それは光すら届かぬ、深くて暗い谷のよう。

あなたがどれだけ嘆いても、涙はすべて谷底へ。

あなたがどれだけ騒いでも、訴えはすべて谷底へ。

わたしがどれだけあなたを想い、どれだけあなたを救いたくとも、あなたを救えはしないのでしょう。

それほど二人の間には、大きな隔たりがあるのだから。



あなたはとても、かなしいひと。

あなたのまわりに張り巡らされた、数えきれない茨のトゲが、あなたもわたしも傷付ける。

あなたは痛いと感じるけれど、茨自体は見えないのでしょう。

あなたを助けてあげたいけれど、あなたはわたしを振りほどく。

トゲがますます深く刺さって、あなたもわたしも血を流しても、あなたは助けを呼べないのでしょう。

あなたはとても、不器用だから。



あなたはとても、かわいそうなひと。

あなたが耳を塞ぐから、わたしの声は届かない。

あなたがその目を閉じるから、わたしの感情も伝わらない。

あなたのまわりにある壁が、あなたと世界を遮断する。

声を掛けて、手を差し伸べて、優しく抱き締めてあげたいけれど、音も温度も感情も、何も正しく伝わらない。



あなたはとても、さびしいひと。

それはとてもかなしいことで、とてもつらいことなのだけど、あなたにとっては日常で、なにも不思議ではないのでしょう。

あなたが拒み続ける限り、あなたに無理強いすることは、決して誰にもできはしない。

あなたはひとりで生きたがるけど、あなたひとりでは生きられない。

ひとは誰でもひとりでは、生きることなどできないのだから。



あなたの世界にはあなたしかいない。

あなたの世界には誰も入れない。

それはとても、孤独な世界。

あなたは孤独とばかり親しくして、世界を広げてこなかった。

それでもあなたは自分の世界を、最高なのだと讃えるのでしょう。

たとえ国民のない王だとしても、あなたひとりが幸せならば、それでいいのだと笑うのでしょう。



あなたはとても繊細で、傷つきやすいひとだから、ひとりでいるのは安心でしょう。

誰からも侵食されないで、誰からも傷をつけられない。

だけれどそれではあなた自身は、少しも成長できやしない。

あなたはそれでもいいのでしょうか。

ずっと夢見る卵のままで。



硬い殻に閉じ籠り、ほのかな灯りで生きられるのは、ほんのわずかな期間だけ。

やがてあなたも雛となり、殻を破って大空へ、飛び立たなければならないのに。

あなたひとりがいつまでも、殻に留まる夢を見る。

とても甘美な、素敵な夢で、わたしも応援したいのだけど、あなたを守るその殻に、ヒビが入る日は近づいている。

早く気づいて欲しいのだけど、あなたはとても臆病だから、見てみぬふりしかできないのでしょう。



いとしいひとよ。

かなしいひとよ。

孤独を愛し、孤独から愛され、世界からひとり取り残された、かなしい夢を見る卵よ。

どうかあなたのこれからに、幸い多からんことを。

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かわいそうなひと 一白 @ninomae99

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