あやめるおの

玄野睡眠

あやめるおの

 彼を囲む三辺の壁はどれも理路整然と、ただ白々しく均等に突き立っていた。天蓋はといえば、終わりが見て取れず遠くの方で黒く染まっていたが、あるいはそこにも真っ白に塞ぐもうひとつの壁があるのかもしれない、と彼は目覚めるたびに思うのだった。

 ひとつの辺に沿って寝そべると、ちょうど彼の背丈よりも少しだけ余裕がある。傍らになにもないのが心もとないので、彼はいつもいずれかの壁に寄り添うようにして眠っていた。気紛れで、身体を大の字にして眠ることもあったが、どこか落ち着かない気がして、そういったことは次第にしなくなった。

 時折、そのいずれかの壁から閃光のようなものが発せられ、気付くと彼の目の前には白衣に身を包み、その人相をマスクで覆った数名の〈異物〉が姿を現す。そのときだけ、その場は剣のように伸びゆく。

 “剣”とは、その白衣の〈異物〉がいくぶんか前に口にした、切っ先の尖った武具であり、ひとをあやめるためのものだと彼は説明される。“剣”にはおさまるべき鞘があり、扱うものをまもるための鍔がある。しかし彼は未だ、鍔の向こうに何があるかを知らない。

「きみには不自由に感じられるかもしれないが、ここはきみが思うよりずっと心地良い場所のはずだよ」

 最後に決まって〈異物〉がそう告げると、伸びゆく剣はいつの間にか閉じた三角になり、彼はひとり疲れて眠りにつくまで、理由を考えるのだった。彼がそこにある理由。そこにあらざるを得ない理由。もしくは、その先にある目的のための理由。

 その繰り返しがどれほど続いたか彼自身が気にも留めなくなったころ、いつもとは違うことが起こった。常にいずれかの壁――彼自身それぞれの壁の区別はついていなかった――から発せられていた閃光が、そのときばかりは上方から発せられる。

『なぜあなたはそこにとどまるの?』

 彼は俄に困惑した。その声はどこからともなく、その主の姿はどこにも見当たらない。

『すすめばわかることじゃない』

 あたりを見渡し、そこにはいつもと同じよう三辺の壁が反り立っていることを確認し、彼は動揺しながらも落ち着き払ったように一息おいて答える。

「壁がぼくを閉じ込めている。ここにとどまる以外にどうすればいいというんだ。ぼくには羽もない」

 “羽”とは〈異物〉が彼に教えた空を舞うための器官であり、特定の生物にしか備わっていないものだと彼は聞かされていた。

『飛べなくったって、たびたび扉はひらかれているじゃない。あるいてすすめばいいわ』

 けれども〈異物〉たちがそれを塞いでいるじゃないか、と彼は思った。

『あなたは自由よ――』

 まぶたを開くと、彼の目の前には終わりなく続く闇があった。彼はこれを夢だと疑った。しかし、何度か自身にその判断を反芻させると、やはりこれは現実だと、確信めいたものが生まれる。

 彼は鍔の向こうを見ることにした。次に閃光が走ったあと、その足跡は赤黒く染まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あやめるおの 玄野睡眠 @kuronochan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る