②

 思った通り、ブス田と遊ぶのは楽しかった。

 ブス田は何をしても抵抗しなかった。鼻血が出てパンパンに腫れてさらにブスになった顔でヘラヘラと幸太郎を見ていた。幸太郎は私たちがいるときに積極的にブス田に対してなにかすることはなかった。ただいつものように曖昧に微笑んでいた。

 翔太たちが言うにはブス田は「開通済」らしい。あのアルバムに載っていた小学生のブス田を思い出して、幸太郎はいつからブス田とシてるの、と尋ねると、俺はこいつとはヤらない、と答えた。ブスすぎてヤれないの間違いじゃないのかと思った。翔太たちだってどちらかというと、性欲を満たすためというよりは暴力の一環で行なっていた。じゃあ誰が相手だったのか、とは聞けなかった。あのアルバムを見付けたときより恐ろしい答えが返ってきそうだった。

 とにかくブス田を見ていると苛虐心が掻き立てられるのは私だけではなかったみたいだ。ブス田が好きなようにされているのを見るとスッキリするし興奮もする。この興奮で男は勃起するのかもしれない。私は女なのでわからないことだけど。


 しばらくすると盗撮ビデオの依頼があまり頻繁に来なくなり、また徐々に金銭面の不安が首をもたげた。ふと思いついて私は鷺沼圭一に、スナッフビデオの類は売れませんか、と聞いてみた。勿論ブス田を殺してしまうわけじゃない。死ぬような目に遭っているところを撮るだけだ。

 圭一は少し考えて、実物を見てみたい、と言った。そういうわけでたまに圭一も遊びに加わるようになった。圭一の考えることは私たちよりずっとえげつなかった。

 一度誤って沸騰したばかりのお湯がモロに腿にかかってしまって、いつもニヤニヤしているブス田もさすがに転げまわっていた。いつもは大きな後遺症や肉体の欠損が起こるまでのことにはならないよう多少調節をしていたのに。ブス田が人間であること、同級生であることを私たちは忘れてしまっていたのだ。急いで冷水をかけたけれど、広範囲にあからさまに熱傷が残ってしまった。警察に通報されたらどうしよう、と焦る私たち四人を見て幸太郎は乾いた笑い声をあげた。


「おまえら今更警察とかビビってんのウケるわ、こいつは何もしないよ、そうだよな」


 それを聞いたブス田は何度も頷いた。やはり痛むようで目に涙を浮かべてはいたが特に怯えた様子もなく、口角が上がっていた。

 それでも不安だった私たちはブス田を脅した。お茶を淹れようとお湯をわかして転んだだけ、お茶を淹れようとお湯をわかして転んだだけ、何度も復唱させた。しかしそれでもブス田はヘラヘラと笑って幸太郎の顔を眺めていた。

 そしていつものようにブス田の母親が幸太郎の家に迎えに来た。幸太郎が白々しくさっきヤケドしたので病院に連れてってあげてください、なんていうとブス田の母親はありがとうございますとヘラヘラ答えた。

 私の母はヒステリックで、何を話しても成績とかお金の話に直結させるし、私がどんな男の子と寝てようと気付かないような人間だけど、それでも娘が腿に大やけどを負っていたら動揺するだろうし経緯を詳しく尋ねるだろう。

 いや分からない、それが愛情なのか、慰謝料だとか治療費だとかそういうお金の問題からくる心配なのか、分からない。それにしたってありがとうございますはないだろう。私はとっくに良心なんて捨てていたし、ブス田は大嫌いだし人間だと思っていないくらいだったのに、いらない感情が湧き出てしまう。私はその日帰宅して、年甲斐もなく母に抱き着いたのだった。

 そしてますますブス田が嫌になった。最早いたぶりたいという気持ちさえなく、存在ごと消えて欲しい、視界に入れたくないと思うようになった。

 幸太郎の家で遊ぶのはこれきりにしよう、と提案した。反対したのは「まだブス田からは金が引っ張れる」と主張する鷺沼圭一だけだった。ほかの三人は私と同様に異様なものを感じ取ったに違いない。とにかくあの母娘はおかしい、気持ち悪い、見たくない。そう感じた。すみません、私たちはもうここでやめます、そう言うと圭一はまあそうかもなあ、とぼんやり呟いた。


 ブス田から話しかけられたのは遊びに行かなくなって二週間ほど経ったときだった。


「奈緒ちゃん最近は来ないね」


 私はここが大学という公共の場であることを考えて、


「真理恵、いったいなんのこと」


 と平静を装って答えた。


 ブス田はまたヘラヘラと笑った。


「こうちゃんの彼女面、してたじゃない」


 彼女面、その言葉にカッとなって私は服の上からブス田をつねった。ブス田は一切表情を変えず、まるで何かの歌詞かのように繰り返す。


「ごめんね、変なこと言っちゃって、怒らせちゃってごめんね、ごめんね、変なこと言っちゃって」


 私はあのとき感じた気持ち悪さを思い出し、手を放す。恐れていたのだ。ブス田と話していると気がおかしくなる。ブス田を見ていると負の感情に支配される。このヘラヘラした顔を今すぐやめて欲しくて、私は言葉を紡ぐ。


「あんたの母親なんなの、あんなの絶対おかしい、あんたたち母娘揃っていかれてるんじゃないの」


 けけけ、とひどく耳障りな声でブス田は笑った。小さな黄白色の前歯が良く見える。とても気持ち悪かった。


「奈緒ちゃんたちにおかしいなんて言われたくないよ。奈緒ちゃんだって十分おかしいでしょ、人に熱湯かけたり指の関節逆に曲げたりカッターで腕切ったり爪に楊枝つっこんだりタトゥーマシンで変な文字彫ったりうんち食べさせたりしたらダメなのわかるでしょ?わかる?でしょ?小学生だってやんないよ。奈緒ちゃんたちもう20歳超えてるのに、やるんだよ、それおかしいでしょ、超ウケるよ、おかしいに決まってるけけけ、けけけ、けけけ」


「あんたなんなのよ」


「ブスだよ」


 ブス田は急に真顔になって言った。


「わたしのおかあさんもわたしもブスなのよ」


 言ってる意味が分からない。私の口からはただ酸素が行ったり来たりしている。


「奈緒ちゃん、また来てね、こうちゃんが喜ぶの」


 ブス田はそう言って、自分から話しかけたくせに去っていった。

 この出来事が決定的だった。須田真理恵はなんらかの、私たちには想像のつかない意思を持っている。だから警察に通報することも抵抗することもない。もう関わりたくないのに、途中でやめたらどうなるか分からない。

 私たちは相談して、須田真理恵に私たちの世界から退場してもらうことにした。



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