第21話 天使の誘惑

 一応、窓の下を覗き込んでマットレスの位置を確認した。踏み切り過ぎれば、オバーラン。足りなければ壁に体をぶつけるかもしれない。2階からとはいえ意外と怖いもんだ。

「避難訓練ということになっているから、けがをしても大丈夫。」

 おいおい、けがをする前提か?二の足を踏んでいると窓の外に天使のやつが現れ、こっちに向かって手を振っている。あいつめ、いい気なもんだ。少々腹が立ってきた。

「いいか、新人ども。よーく見ておけよ。」

 すっかり、その気になってしまった僕は、なぜかシャツを脱ぎ捨てた。

「飛ぶときは、背中から、頭を両手でかかえて。」

 体操部の連中が、説明し始めた。

「はいはい。」

 さっさと終わりにしたい。天使のやつは相変わらず窓の向こうで両手を大きく振っている。

「えい!」

 僕は極力下を見ないようにして窓から後ろ向きに飛び降りた。


「ドン!」

 背中に強い衝撃と痛みを感じた。あたまがぐらぐらする。目を開けると、地面がぐるぐるまわっている。

 僕は、窓から下がったロープに足を取られて、壁に背中をぶつけながらぶら下がっている。バンジーだったっけ?寮生が一斉に外に飛び出してきて、マット、マットと叫んでいる。

「マットをはやく戻せ。」


 僕は地上におろされると、ようやく状況が理解できた。僕が飛び出す前に、全員終わったと思った下の連中がマットレスを片付け始めていたらしい。そこへ、いきなり飛び降りてきたのだから、下の連中も大慌てだ。しかし、幸いにも、ロープがからまって地面への激突は避けられた。

「天使のやつは、やめろといって手を振っていたのか。」

 この事故はそれからしばらくは珍バンジー事件と呼ばれた。本人は何も言わないがきっと天使がロープをかけてくれたに違いない。あやうく同じ目にあうところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る