第3話 枯れ枝の鵙の巣
ロビーナの朝は、ロリキートの鳴き声で始まります。
ロリキートというのは、あの色鮮やかなインコのことです。
それが何百羽と群れて、家の周りにそびえ立つユーカリの枝に目覚め、おしゃべりを始めるのです。
GOKUと言う名の私の幼な子のひとりが暮らす家の、道ひとつ挟んだ向かいの家には、カナダから移民してきた一家が暮らしています。
そのご主人が庭にロリキートのための水飲み場と餌場を作っているのです。
ですから、目覚めたロリキートは、背の高いユーカリの枝から枝へ飛び移り、その餌場に大挙して舞い降りては、ここでもおしゃべりを始めるのです。
そんな向かいの庭を見て、朝だなぁと思うのが私のロビーナでの日課になっていました。
アイビスという鳥も住宅街に近い公園に暮らしています。
時折、住宅街にものっそのっそとやってきます。
日本でいうトキの一種です。
集団で、歩き、餌を漁っています。
そんなのを見ますと、あぁ 、ここは北半球とはまったく違う環境、生態が息づくオーストラリアだって思うんです。
それに、どの鳥も、人懐っこく、近くに寄っても逃げることはしませんから、よほど、コアラの国の住人たちは、鳥たちを大切にしているんだなって思ってもいるんです。
先日、ベトナム人が川を優雅に泳ぐ、鴨を捕まえて、食べようとしたとニュースがありました。いつだったか、日本でも有名な香港出身の歌手が浅草のお寺で鳩を見ると美味しそうって思うというそんな話をしていました。
取手の学校にいたときも、私の同僚で、カラスに襲われたこれも鴨だったと思いますが、皆で埋めようとしていたら、もらって行くと言って、譲らないのです。
それを捌いて食べるんだというのです。
ですから、アジア人たちの多くは、野鳥は食べるものという認識が少なからずあるのだと思うのですが、コアラの国の住人たちは、そうまでして食べるさほどの趣味はないと思っているのです。
ロビーナに暮らしていた時ですが、偶然にも、めったに見ることができない鳥に遭遇することもありました。
クッカバルという鳥です。
大きなカワセミです。
鳴き声が人の笑い声に似ているというので、ワライカワセミなどと日本では言っています。
普段は高い木の上にいて、鳴き声だけを聞いているのですが、その日の朝、ロビーナコモンのサッカー場の塀に止まっていたのです。
あそこまで近くで見られたのですから、本当にラッキーだと思っているのです。
つくばの私の暮らすここでも、先だって、カーンという初鳴きを耳にしました。
雉です。
雉は、雑木林や、草むらの中で生活をしています。
その歩く姿は、あたかも恐竜のようです。
そして、雲雀も空中をホバリングして、ピーピーと鳴き始めました。
そんな鳥たちの声を聞いていると、なんだか春だなぁって、強烈に感じるのです。
春が近くなると、私は、農作業を開始します。
小さな畑やプランターを整理し、冬の間ほったらかしにしていた木々の枝ぶりを整えるのです。それに、冬の間、寒さに耐えて、育ってきた芽キャベツや紫水菜の収穫も行います。
ソラマメなどの豆類も成長が一気に促進されます。
そんな作業をしていると、花桃のすっかり葉を落としたその枝の高いところに鳥の巣があるのを見つけました。
我が宅には、よく山鳩が巣を作っていますが、それにしては幾分小さい巣です。
はて、何の鳥の巣だろうかと思案をしましたが、梯子を使っても届きそうにもありません。
そんなある日、花桃の枝の数カ所に、干からびたトカゲとカエルが刺さっているのを見つけたのです。
そんなことをするのは鵙しかいません。
鵙、これって百舌と書いたりもします。
あのモズです。
で、何で、私が「鵙」って書くのかといいますと、ある一つの絵が私の記憶にあるからなのです。
「枯木鳴鵙図」というのがそれです。
縦長の画面に、一羽の鵙が枯木の伸びた先にあって、佇んでいる図です。
目を引くのは、その枝の一気呵成に伸びた筆使いです。
息を殺して、精神を集中して、画紙に向かって、一気に筆を下ろしたそんな枝なのです。
この図の作者が、あの剣豪宮本武蔵であるというのですから驚きです。
まるで、刀を大上段に構えて、それを振り下ろしたそんな感じのする枯れ枝の描き方なのです。
ところで、鵙が枯れ木で鳴いている、なんて文句をよく聞きますが、はて、鵙はなんて鳴くのだろうだろうと、思案するのです。
枯れ木で鳴くのですから、秋から冬にかけての鳥でしょう。
葉が生い茂る季節にはきっと鳴かないのかもしれません。
百舌などと古人が漢字を当てたのだから、珍妙な鳴き声をするのかもしれません。
春の気まぐれな天気の合間をぬって、花桃の枝に鵙も来ることがあるかと思います。
それを楽しみにして、私は今、春の作業を行なっているんです。
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