第23話 温泉街出現
どこか無機質だった初心者の街の光景が、温泉を引いた事で一変した。
恐らく、意図的にそうしたのだろうが、街のあちこちから立ち上る湯気は、どこかホッとするものだった。
雨の中とはいえ、街がほぼ全てドーム状の屋根に覆われている街は、こういう悪天候でも快適に移動出来た。
「はぁ、疲れたぜ!!」
あばら屋に戻ると、ロータスが敷きっぱなしの布団に飛び込んだ。
「んだおい、オヤジになりてぇんだろ!!」
イリーナの声にロータスが跳ね起きた。
「その通りだ、こんな程度でへばっていたら、オヤジになれん!!」
「……どういう理屈なの、それ?」
あたしは苦笑した。
「分からなくていい。私は性別の限界を超えるのだ!!」
「……無駄にアツいぜ」
「……なんでかねぇ」
あたしとイリーナは笑った。
「それにしてもだ、なかなか正確に位置を特定出来なくてな。なんで、先に帰しちまったんだって、めっちゃヘコんだぞ!!」
「そ、そうだね。あたしも普通に帰っちまったぜ!!」
「まあ、三人の共同作業だったのは違いねぇ。あのうるせぇのはどうした?」
イリーナの声にロータスが笑みを浮かべた。
「ああ、仕事は終わったんだがな。こんな世界ねぇよってハマっちまってな。しばらくうろうろするんじゃねぇか」
「ここで遊んでりゃいいだろ。鈍っちまうか?」
あたしの声にロータスが笑った。
「ここで遊んでる位で鈍ったりしねぇよ!!」
「……どうかな」
イリーナが素早く拳銃を抜いた……時には、ロータスの姿がなかった。
「お見通しだっての!!」
イリーナの背後にストンと下りたロータスは、イリーナの脇をくすぐった。
「ぎゃははは、よ、よせ!!」
「おい。よかったな。大神の頭に変な言葉が浮かばなくてよ!!」
「んな!?」
あたしは反射的にあばら屋から飛び出そうとした。
その服の襟首をひっつかみ、ロータスがあばら屋の中に引き戻すと、ひたすらあたしをくすぐり始めた。
「……んぎ、アハハ!!」
「頑張るんじゃねぇよ。お前が変わるわけねぇだろ!!」
ロータスがくすぐるのをやめ、大きく笑った。
「……おい、ロータスはまだねぇよな」
「……うん、そういうヤツじゃなかったからね」
あたしとイリーナは同時に頷いた。
「よし、気がついたな。掛かってこい!!」
ロータスがにやっと笑みを浮かべた。
「……絶対、ただじゃ触らせてくれねぇ。敵に回すと、怖い野郎だからな!!」
「なにびびってるんだよ!!」
イリーナが普通に近寄り、適当にくすぐり始めた。
「は、ハックション。畜生!!」
ロータスが盛大なくしゃみをした。
「な、なんで!?」
「び、びっくりした!?」
「馬鹿野郎、なんでくしゃみなんだよ。ただの偶然だ」
気を取り直し、エリーナがあたしをくすぐった。
「アハハ!!」
「よし、セルフ修正完了。いくぞ!!」
イリーナがロータスをまたくすぐり始めた。
「効かんな。真面目にやってるか?」
「この野郎!!」
躍起になってロータスをくすぐるイリーナと、どうしたもんかと眺めるあたし。
「おーい、楽しそうな声が聞こえたから寄ってみたが、なにしているんだ?」
あばら屋の戸口にスズキとトモミが顔を出した。
「ああ、今必死こいて笑わそうと。意味は聞くな!!」
あたしがいうと、スズキは笑った。
「なんだ、簡単だよ。これを使うんだ」
スズキとトモミがあばら屋に入ってきた。
スズキはおもむろに鞄から雑誌を取り出し、その表紙をロータスに向けた。
「な、なんだ、そのイカしたちょい悪オヤジは。いい……って、ぎょへへへ!!」
今までなんともなかったロータスが、変な笑い声を上げて暴れ始めた。
「ぎょへへへって、発動したな」
あたしは苦笑した。
「いい加減にしろ。おい、イリーナをくすぐれ。全員でやり返す!!」
「こ、こら!?」
まあ、ぼんやりしてるのもあれなので、あたしはスズキやトモミと並び、ロータスも交えてイリーナを囲んだ。
「な、なんでみんなで!?」
「よし、スズキもトモミもいいぞ。これがノリだ。総員掛かれ!!」
あたしたちは、一斉にエリーナに飛びかかった。
「ギョヘヘヘ、よ、よせ!!」
「はいでた。総員、撃ち方やめ!!」
ロータスが大笑いした。
「よし、さっきよりいいぜ。ちなみに、私は一回だけウヒョヒョヒョと笑って確定済みだ。覚えてないだろうがな!!」
「……覚えてないぞ。さすがだぜ」
「な、なんで私だけテイクツーがあるんだよ!!」
怒鳴ったイリーナに、ロータスは口の端をあげた。
「ああ、聞くなってか。はいはい」
イリーナがスズキを指さした。
「こっちもやるの?」
「なんだって!?」
エリーナの声に、スズキが目を見開いた。
「そうだなぁ……やっておいた方がいいな。リズはトモミを撃て。射撃開始!!」
「おうよ!!」
「ごめんなさい……」
というわけで、スズキは「ズゴホホ!!」でトモミが「ブシャシャシャ!!」だった。
「あのな、これになんの意味があるんだよ!!」
「私は嫌ではないですが、なにか理由がありそうですね」
スズキとトモミが聞いた。
「お守りだと思っておけ。それ以上は、神的に機密事項でな!!」
ロータスが笑みを浮かべた。
「機密か……じゃあ、聞かないでおくか」
「はい、そうします」
二人の答えに、ロータスは頷いた。
「さて、やる事はやった。スズキ、あの馬鹿野郎どもはどこに住んでいるんだ?」
「ああ、あの連中なら飛行機置き場の片隅に、恐ろしく手早く宿舎を作ったぞ。マジで職業はなに?」
スズキが聞いて笑った。
「ある秘密組織としておこう。それより、温泉には入ったのか?」
ロータスに聞かれ、スズキとトモミが二人とも頷いた。
「ロータス、もう少し熱めでいいぞ。あれじゃ、家の風呂と変わらん」
「はい、加水ではないと聞いたので、難しいかもしれませんが」
ロータスの目の端がピクッと動いた。
「……なんだと、それを早くいえ。お前らがいうなら間違いないだろう。あの国に住んでる人民がいうなら」
「お、おい、ロータス。人民って!?」
「なんじゃい、どこだか教えろ!!」
エリーナに向け、スズキが笑みを送った。
「そういう事を聞かないのが、この街のルールだよ。だって、確認しようがないもん。私がアレ○ガルドっていったら、それを信じるしかないんだよ?」
「あ、アレフ……まあ、そうだけど!!」
イリーナは小さく笑った。
早くも衛星電話を取りだして、作業指示を出しているロータスはいいとして、あたしは腰からワルサーを抜いてマガジンを抜いた。
「おっ、撃ちに行くのか。私も行くぞ!!」
「だって、これから仕事って感じじゃないぜ!!」
イリーナも銃を確かめ、笑みを浮かべた。
「射撃か。得意じゃないんだよね」
スズキがワルサーPPKをポケットから出した。
「いざって時に持ってるだけだな。当たるかはしらん」
スズキが苦笑した。
「……ああ、アイツがなりすましていたんだっけ」
「……アイツに教えちまったか。まあ、肝心なところは教えてないけどね」
イリーナが笑みを浮かべた。
「おい、トモミはどうなんだよ。戦闘ヘリに乗ってるって聞いてるけど?」
「は、はい、私も苦手ですね。もし撃墜されたら、かなり悲惨な目に遭うかと」
トモミは小さくため息を吐いた。
「ったく、ガンナーがそれじゃいかん。練習しにいくぞ。こっちの世界なら、使う機会も多いはずだし!!」
エリーナが二人の肩を叩いた。
「あの、私はなにも持っていないのですが?」
「大丈夫、こっちの射撃練習場で適当なヤツを買えばいいさ。いくぞ!!」
というわけで、あたしたちは街の射撃場に移動した。
「どんなのがいいの?」
「はい、大きくない方がいいです。取り回しに困るので」
射撃場で買い物をするエリーナとトモミを脇目に、あたしは弾薬を買い、スズキも弾薬を買った。
「今日は気合い入れて練習出来そうだし、三箱くらい買っておくか」
スズキが笑みを浮かべ、あたしの肩に手を置いた。
「先に撃ってようか。噂に聞いてるよ。凄い腕マッチョシューターだって」
「す、凄い腕マッチョシューター!?」
……凄い腕マッチョって。
スズキがあたしの肩を軽く押した。
「よし、やろうか」
「わ、分かった。凄い腕かなぁ……」
あたしとスズキは、空いているブースに入った。
スズキが見守るなか、あたしは銃を抜いて的を撃った。
マガジンの中を空にして、ブースのボタンを押して、的を手前に引き寄せた。
「うん、こんなもんだぞ」
「……こりゃ凄い。本当に何者なんだかね」
スズキが口笛を吹いた。
「なんだおい、いっちょ前に教えてねぇだろうな。リズはダメだって、本能で撃ってるから、教えようがないよ!!」
買い物を終えたらしく、イリーナとトモミがやってきた。
「なんだ、私と同じか」
スズキが笑った。
トモミの手には、真新しいワルサーPPKがあった。
「はい、持ってみてよかったので、今までのガバメントを下取りに出してきました」
トモミは銃をみせ、小さく笑みを浮かべた。
「それより、これがリズのスコアだよ。半端ないって」
「うわ、凄い……」
あたしが撃った的の紙をスズキが持ち、トモミが食い入るように見つめていた。
「コホン!!」
イリーナのゲンコツがあたしにめり込み、肩を怒らせて隣の空きブースに入った。
「うわ、対抗心丸出しできたぞ。二人とも、あっちを見ておいた方がいいぞ。あたしじゃ勝てねぇから」
あたしの言葉に、二人がそっと隣のブースをのぞき込んだ。
瞬間、凄まじい高速連射の音が聞こえてきた。
「ふぅ、気合い入れすぎて一発外しちまったぜ!!」
エリーナが掲げた紙には、穴が二つだけ空いていた。
「えっ、二発しか……そうは見えなかったけど」
トモミがきょとんとした。
「ワンホールショットだ。全部、同じ場所にピタリと当ててるんだよ!!」
あたしが笑うと、スズキは口笛を吹き、トモミは唖然として口を押さえた。
「どうだ、ここまでとはいわないけど、少し撃てるようになろうぜ!!」
イリーナの声で、あたしはブースを開けスズキが変わりに入った。
「よし、構えてみて……あれ、こりゃ大変だな。二人とも妙な癖がついちまってる」
「妙な癖っていわないで!!」
あたしは苦笑した。
「なんだ、ここにいたのか。雨だから、街の外にはでてねぇって思って探してたんだ」
イリーナが二人に射撃を教えているのを眺めていると、ロータスが苦笑してやってきた。
「まあ、暇だったからな!!」
「そっか、ならいい。私も撃つかな。あっちに対物ライフルも撃てる、バカ広い場所があるからよ。ついでだって、普段使わねぇデカいの持ってきたからな。私はそっちで撃ってる」
ロータスは、肩に提げた馬鹿でかい銃を持ったまま、射撃場の奥に向かっていった。
「なんか、ロータスがここにくると変なんだよなぁ……」
「ああ、気になるだろうけど、そっとしておいて。前の世界絡みだ!!」
イリーナがあたしの肩を叩いた。
「ああ、なら触らねぇ方がいいな。ったく!!」
あたしは苦笑した。
「あの、先生。ここはどうすれば……」
ブースから後ろを振り向き、トモミが声を掛けてきた。
「先生って呼ばれると照れるな。はいよ!!」
「ああ、トモミに取られた。リズ、理屈じゃ当たるはずなんだが、全く当たらん。なんで?」
「ま、まさかのあたし!?」
というわけで、ひたすら銃を撃ったあたしたちだった。
「よし、硝煙臭くなったし、みんなで温泉にいこうか」
スズキが提案してきた時、ちょうどロータスが出てきた。
「おう、混ぜろ。私も温泉にいくぞ。久々だからよ。ついでに熱めに設定したあとの様子もみてぇし」
「ああ、もちろん。あの温度だと体が温まるまで時間が掛かってね。でも、私の好みだけで調整するなよ」
ロータスに向かって、スズキが笑った。
「もちろん、アンケートを取れるだけ取った結果だ。ほとんどが、ちょっと温めって回答だったからな。こりゃ、弄るしかねぇだろ!!」
という事で、あたしたちは公共浴場に移動した。
夕方も近くなり、公共浴場はそれなりに混んでいた。
このスタイルも、なんかアレ○ガルド人らしいスズキやトモミもなじみがあるらしい、カゴに服をぶち込むという感じで、貴重品だけ鍵が掛かるロッカーに放り込むようになっていた。
「ああ、忘れてた。リズだけないからさ、これは私からのお守りだな」
スズキはあたしの首にチェーンでぶら下げるようにした、金属製のプレートをつけた。
「ドッグタグだっけ。ちゃんとあたしの名前だ!!」
「当たり前でしょ、そのためのものだから。これのお世話になる事がないようにしないとね。もっとも、神様にはあまり関係ないかもね」
あたしの肩を叩き、スズキが笑った。
「おう、いいものもらったな。どうしようかなって悩んではいたんだよ。この世界の様子をみると、不測の事態は起こるかもねって思ってたから!!」
イリーナが笑みを浮かべた。
「ったく、それはファッションじゃねぇぞ。分かってるはずのスズキがやったから、これ以上はいわねぇけどよ」
ロータスが苦笑した。
「よし、服を脱いだらとっとと入ろう。寒くはないけど、なにもここで立ち話することないよ」
スズキがいって、あたしたちは浴室に入った。
「どれ……」
体を洗い、スズキがそっと湯船に入った。
「うん、この位でいいと思うよ。ピリピリくる感触がいいねぇ」
「……イリーナ、今度はピリピリらしい。経験上、これはマジで熱いぞ」
「……その勝負、受けた」
なんてやってるうちに、ロータスが浸かった。
「おう、どんなもんかと思ったけど、覚悟したほどじゃねぇな。こりゃ、いい気持ちだぜ!!」
ロータスがあたしたちを手招きした。
「……いくしかねぇぞ」
「……望むところだ!!」
イリーナが立ち上がり、前の世界で散々聞いた「ジョニーが凱旋するときは」の曲でも流しそうな気迫と戦意で、ゆっくり湯船に向かって進撃を開始した。
「……あたしはついて行こう。母ちゃんだしね」
あたしのつぶやきを聞き、イリーナが肩越しにあたしをみた。
「よし、いいからついてこい!!」
「……すっごい嬉しそうだね」
イリーナのあとについてしばらく進み、湯船の前にくると一度「停車」した。
「……いいか、いくぞ」
「……おう、いくぞ。ヤークトティーガなめるなよ」
そして、イリーナが一気に湯船に飛び込んだ。
「あ、熱いけど気持ちいいぞ。なんだ、この絶妙な調整は!?」
「な、なんだと、熱くて気持ちいいだと。イリーナですら、そういう台詞を吐き出すとは!?」
……前の世界最大の古傷による、最大級の誤解。
もはや我慢できなくなったあたしは、迷わず湯船に飛び込んだ。
「こ、これは、マジで気持ちいいぞ。これが、温泉か!!」
「ああ、前の世界の温泉は、冷たい地下水を加熱していたからな。ここみたいな源泉掛け流しじゃねぇからよ。温度調整が難しいから、大変だぜ!!」
ロータスが苦笑した。
こうして、温泉づくしの一日は過ぎていったのだった。
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