第19話 無駄足

 うっかりイリーナと一緒に暴れたばかりに、宿泊をキャンセルして夜の街道に飛び出したあたしたち。

 基本的に夜間は移動を避けるべきなのだが、こうなったら移動するしかなかった。

「ったく、無駄金払っちまったじゃねぇか。派手に暴れやがってよ!!」

 ロータスがぼやく声が、半身を出している砲塔の上から聞こえてきた。

「しょうがねぇだろ。向こうが待っていたんだからよ!!」

  イリーナが笑った。

「あのさ、金で思いだしたけどただのコインじゃねぇよな。滅多に買い物しねぇから、よく分からなくてよ」

 あたしの問いに、ロータスが可能な範囲ですっこける音が聞こえた。

「あのなぁ、グリファスだけは覚えておけ。これが、この世界のどこにいっても使えるからって旅人は必ず持ってるし、店にも自国通貨と並んで表示されているんだがな!!」

「……ああ、あれか。何でって思っていたんだけどな」

 あたしは苦笑した。

 実はこの世界は変わっていて、案内役の小人のようなヤツが現れて、連れてきてもらわないとどうやっても入れないのだ。

 その途中で長々と説明を受けたのだが、ありとあらゆる時代や世界に繋がっているため、コミュニケーションに困るということで、この世界で一般的に使われている言語を魔法かなにか理解出来るようにしてくれるのだ。

「……もっとも、そんな事してれもらわなくても、いつの間にかあらゆる言語に対応出来るようになったけどね。この力って、神に必須だと思うけど、今さらかよ」

 あたしが小さく笑みを浮かべると、ロータスとイリーナの笑い声が聞こえてきた。

「馬鹿野郎、インカムの通話ボタン押しっぱなしで、こっそり秘めるんじゃねぇ!!」

 ロータスが爆笑した。

「ぬぉっ、いつもの癖でやっちまった!!」

「いいなぁ、私なんて妙な力だけだぞ!!」

 イリーナが笑った。

 車は何事もなく走り続け、トモミがいるはずの村までノンストップで駆け抜けた。

 なにかと邪魔な盗賊すら出なかったのは、なかなか珍しかった。

「あれ、皆さんどうされたのですか。空が白んできたので、徹夜でしょうか?」

 どうやら早起きらしいトモミが、綺麗に修復された村の出入り口付近にいた。

「ああ、徹夜で突っ走ってきたんだ。ここじゃ邪魔だからよ。その辺に駐車してぇんだが……」

 ロータスが叫ぶ声が聞こえた。こうでもしないと、この車の爆音には対抗出来ないのだ。「はい、そこの空きスペースに駐めて下さい。怒られないと思います」

 トモミは車の前方に立ちは、全身を使ったジェスチャーで誘導してくれた。

「よし、到着だな。とっとと降りるぞ!!」

 ロータスの声で、あたしは車から降りた。


「ちょうどよかったです。そろそろ初心者の街に戻りたかったので」

 トモミが小さく笑った。

「そりゃよかったな。他の連中はどうした?」

 ロータスが聞くと、トモミは頷いた。

「仕事があるので、みんな徒歩で戻りました。私はちょっと訳ありで……」

 トモミが苦笑した。

「なんだ、おい。暴れちまったか?」

 イリーナが笑った。

「意図したわけではないのですが、アパッチの機首機関砲を誤射してしまって……広い演習場だったので被害はなかったのですが、それで済む話ではないので現在は任務から外されているのです」

 トモミの話が終わらないうちに、ロータスが吹き出した。

「どーすりゃ誤射出来るんだか。あれ三十ミリだぞ。アブねぇ野郎だな!!」

  ロータスが迷わず拳銃を抜き、トモミ銃口を向けた。

「お見通しなんだよ。他の連中が仕事で撤収したのに、お前だけ置き去りってのはおかしいだろ。その段階で、もう嘘だって思っていたぜ!!」

 ロータスは引き金に指をかけた。

「出来れば自分で消えて欲しいんだがな。何度も同じ相手を撃つ趣味はないんでね」

「……分かったよ。しょうがないな。今度はガードが固すぎるよ」

 ため息を吐いたトモミの体が、地面に溶けるように消えていった。

「あ、危ねぇ!!」

 あたしは思わず息を吐いた。

「全然見抜けなかったぞ。相変わらず、ステルス性能が高いな」

 イリーナが苦笑した。

「まあ、いいや。無事にやってるかどうかは、初心者の街に戻ったらそのうち分かるだろう。あるかどうか分からねぇが、どっかに喫茶店でもあればいこうぜ」

 ロータスが笑みを浮かべた。

「そういや、怖くてまだ挑戦してなかったな。やってみるか!!」

 あたしが声を上げた時、のどかな田舎の村には似つかわない、やたら気合いが入った喫茶店というかカフェがを見つけた。

「……だめだ。他にもあるだろ。お洒落過ぎて、私は入れねぇぜ!!」

「……あたしもあの注文の呪文が唱えられねぇぞ」

「なにビビってるんだよ。よし、待ってろ!!」

 気後れしてしまったあたしたちをおいて、イリーナはカフェに入った。

「なぁ、なんでここだけ都会なんだ?」

「あたしに聞かれてもね。コーヒー好きがいたんじゃねぇの?」

 ロータスとボソボソやっていると、イリーナがコーヒーを買って帰ってきた。

「あえてプレーンだぞ。コーヒー味のバターもとい、バター味のコーヒーだ!!」

「間違えやがったな」

 あたしは苦笑した。


 車に戻って乗り込み、この世界にきたらこれと、そこでも名を聞くバター味のコーヒーを一口飲んだ。

「……確かに、バター味がするコーヒーだぜ。どうやたったら、こんなもんが」

 まあ、普通に飲める味だった。

 美味いか不味いかと聞かれたら、意外にも普通の飲み物だった。

「よし。そろそろ帰るか。用事も済んだしな!!」

 ロータスの声に、エリーナがエンジンをかけた。

 車が村の門をくぐり抜け、小道から街道に出ると、イリーナが車を増速させた。

「さて、帰りは何が待ち受けているかねぇ。お見通しできん!!」

  砲塔上からのロータスの声が聞こえ、あたしは笑った。

「お見通し出来たり出来なかったりか。まあ、いつもの事だな!!」

  恐らく、どこにも泊まらずひたすら走る事になるだろう。

  もうちょっとゆっくりでいいのに……。

  あたしは内心そう思っていた。

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