第9話 第二神の覚醒ととにかく休暇

 あたしたちの愛車であるM-2ブラッドレーは、主力戦車部隊に随行し、必要とあらば自らも積極的に戦闘するし、搭乗している歩兵を下車展開させて、細々した危険を排除しながら進んで行くという、なかなかアツい野郎だった。

 まあ、細かくいうとどっかの大神が脳みそ沸騰させて語るのでこれくらいにしておくが、ふらりとこの世界に舞い込んだあたしが、最初に思ったのは自分の世界になんとなく似てるだった。

 銃やこういう乗り物も当たり前にあるし、ここに元々住んでる住人と異世界からくる連中のどっちが多いかというくらい、異世界人なんて当たり前の世界である事も気に入った。

 その異世界人ということになっているあたしたちだが、事実上はここがホームになりつつあった。

 要するに、気に入ったのだ。いい意味で、馬鹿野郎ばっかりで。

「おらぁ、掃除だ。どけ!!」

 イリーナがさっき買ってきた掃除機で、あばら屋の掃除を始めた。

「おいおい、こんなくそボロい家なんて掃除すんなよ」

 街の新聞を読んでいたロータスが、あくび混じりに立ち上がった。

「いきなり、掃除かよ!!」

  あたしが立ち上がった瞬間、快調に動いていた掃除機が止まった。

「……あれ?」

 コンセントのプラグが抜けていない事を確認してから、イリーナは掃除機の電源を入れたり切ったりした。

「ったく、どこのくそボロい掃除機買ったんだよ!!」

 ロータスが笑った。

「くそボロくねぇよ。ダ○ソンだぞ!!」

「……ねぇ、そこの表示『タイソン』になってるよ。バッタもんじゃん!!」

  ……むしろ、強そうだ。

「な、なんだと。ヤケに安いと思ったら、バッタもんかよ!!」

 イリーナは手早く掃除機を片付け。小脇に抱えると片方の手でワルサーを抜いた。

「……いざ、参る」

 鋭い眼光を放ち。ぶっ壊れた掃除機を抱え、イリーナはあばら屋から飛び出ていった。「あーあ、電器屋のオヤジも、とんだ客引いちまったな!!」

 ロータスが新聞を床に放り出した。

「よし、車が直らねぇとなにもできねぇからな。暇つぶしに行くか?」

「おう、どこ行くんだ?」

 ロータスは財布をみせた。

「お買い物、お買い物~なんてな!!」

「へぇ……」

 あたしは財布を取り出し……カードがなかった。

「ぎゃあ、落とした!?」

「馬鹿野郎、修正されてるんだよ。この世界にカードはねぇ!!」

 ロータスは笑ってあたしの手を握った。

「……あ、アレがないと。マジでなにもねぇ!?」

「んなことねぇだろ。スズキの顔を思い出せ。あんな喜んでるの、滅多にねぇぜ!!」

 ロータスにいわれて、あたしはたたと思い出した。

「……あるな。でっかいのが」

「だろ。神ってのはそういう存在なんだよ。それだけで、アフリカ象並の破壊力があるの!!」

「どんな例えだよ……」

 ロータスは。あたしの手を引いてあばら屋を出た。


 ロータスに連れられていったたのは、街の中古車屋だった。

「いやな、街中をチョイノリするのに、便利なちっこいヤツが欲しくてな!!」

「そうだねぇ、この街かなり広いからねぇ」

 こういう世界なので、役立たずの乗用車はまずない。

 自然と軍用車ばかりが集まる事になる。

 ロータスが不意に一台の車に目をやった。

「ランドローバー ウルフか。ある意味ノーマルモデルだが、別にこれでドンパチやらかそうってわけじゃねぇし、向こうじゃ現役バリバリだぜ。新車ならともかく、中古で出るなんて珍しいし、性能は悪くねぇ。これで八人乗れちまうしな。よし、こいつをもらおう」

「そ、即決!?」

 あたしが固まっているうちに、ロータスはさっさと購入してしまった。

「こういうのは考えちゃダメだ。欲しいと思ったら、それが買い時なんだよ!!」

「そ、それ、どっかの大神野郎がやったやつ……」

 ロータスがいきなり買ってしまった車で、あたしちがあばら屋に戻ると、今度はまともに吸引力が落ちない掃除機で掃除していたエリーナが、窓からこちらをみた。

「こら、無駄遣いするな!!」

「無駄じゃねぇよ。このくそデカい街を移動するには必須だろ。今までねぇ方がおかしいんだ」

 ロータスの声に、イリーナがうなずいた。

「そういやそうだな。なんだおい、新車買ったのか?」

「いや、滅多にねぇんだが。中古で見つけてよ!!」

「ん?」

 なにかごそごそするので、あたしは尻に敷いていた紙を取り出した。


『この車で四人死にました。車は大丈夫です」


「ろ、ロータス!?」

「なんだ?」

  ロータスにその紙を押しつけると、軽く頭を掻いた。

「あれ、なるほどね。放り出されてたこいつを引っ張ってきて、掃除して乗れるようにしたのか。こいつは軍用車だ。こういう事もあるさ。動きゃいいんだよ!!」

 ロータスは紙を外に捨てた。

「こ、この精神もミルスペック?」

「なんだおい、いいこというじゃねぇか。車なんて道具なんだよ。むしろ、逆だと話にならんが、タフな野郎じゃねぇか!!」

「なに、タフなの!?」 

 タフ好きなイリーナが、外に出てきて車をみた。

 瞬間、短く悲鳴を上げて頭を抱えた。

「おい、どうした!?」

  ロータスが慌てて車を降りた。

「……これが、目覚めた力なの。その車で四人死んだ時の状況が、くっきり頭に見えたよ。かなりの激戦だな」

「な、なに!?」

  あたしは慌ててイリーナを地面に座らせた。

「一発目が一番きつい。ちょっと休め!!」

「う、うん、これは強烈だね。なんだろう、過去でも見えるようになったのかな」

 イリーナがあたしを抱きかかえた。

「そうきたか。どこのどんな過去が見えるのかわからねぇけど、場合によっちゃかなりきつい能力だな」

 ロータスがため息を吐いた。


「よし、慣れてきたぞ。そんなに昔までは見えないっぽい。あとは、生物には無力だね。あくまでも「物」で、なにか強い出来事があった場合に、勝手に割り込んで意識に入ってくるって感じか。これも、ちゃんと制御可能だね」

 例の車ではなく。まずは徒歩でということで、あたしたちはスペースから徒歩で街を歩いていた。

「もうそこまで慣れたんだ。あたしは次々ぶち込まれて、何が何だか分からなかったぜ。ちなみに、桁外れにぶっ壊す能力が高いらしいぜ!!」

「ぶっ壊すだけじゃないだろ。きっちり直す能力ももっている。いうことなかろう!!」

 イリーナがあたしの頭を撫でた。

「よし、イリーナの覚醒が心配だったんだ。能力によっちゃ、エラい事になるからな。過去を辿れるなら、なんかの事件の時便利だな。ズバリ、いきなり犯人が分かっちまうんだからよ!!」

 ロータスが笑った。

「………わ、私ってホント、コロンボ!!」

「……これはきついぜ」

「……まあ、必死こいて考えたみたいだからね」

 イリーナは笑みを浮かべた。

「まあ、確かに使い方によって便利だね。やっと、能力が目覚めたぞ!!」

「うん、あとは次々にいくよ。ペースはそれぞれだけどね」

 ロータスが大きく伸びをした。

「まあ、比較的穏やかでよかったぜ。よし、せっかく車買ったんだし、リズに運転を教えるか!!」

「えっ!?」

  ロータスの言葉に、あたしは思わす声を上げた。

「あのくそボロい野郎と大差ねぇよ。ちっこいからより楽だろ」

「おう、私もいくぞ。二人でビシバシ仕込もうぜ!!」

 イリーナがあたしの腕を掴んで引っ張った。


「よし、こうするとそれっぽいだろ。

「……扉すらない。徹底的に外せるぞ」

  変な屋根と思っていたがそれは布製の幌で、ロータスが全部取っ払ってしまうと、やる気満々の姿になった。

「こりゃいい、こういうのが染みついててねぇ!!」

 イリーナがむき出しの後部座席というか、荷台の簡素な椅子に座った。

 これで片側三名で、合わせて向き合う形のベンチみたいな椅子があるのだ。

「さて、リズは運転席だ。まあ、動かすだけなら難しくねぇよ!!」

「やっぱ、やるのね……」

 あたしはため息交じりに運転席に座り、つけっぱなしになっていたキーをひねった。

 力強い音と共にエンジンが掛かり、ロータスの拳があたしの頭にめり込んだ。

「馬鹿野郎、クラッチを踏んでからエンジンだ。例外の場合はあるが、今は通常だ。これ、超絶大事!!」

「……微妙に変えてまで。マジで大事なんだな」

 あたしは苦笑して、車をゆっくり走らせた。

「どうだ、ちっと物足りねぇか?」

 助手席のロータスが笑った。

「これで十分。あれは、デカすぎる!!」

 適当に道を走り、特に意味はなかったが、街の飛行場まで出て車を止めた。

「やっぱ、足があると便利だな。弁当くらい持ってくりゃよかったな。

「……あるよ」

  後部に乗っていたイリーナが、デカいバスケットを取り出した。

「……出た、いえば出るシステム」

「馬鹿野郎、次にやりそうな事は読めるわ!!」

  あたしとロータスが後部に移って、贅沢いわなきゃ椅子は椅子という感じのものに座ると、イリーナの弁当をみんなで食った。

「……しょっぱい」

「……ああ、血圧上がりそうだ」

「あれ?」

  塩加減を大幅に間違えた玉子サンドだったが、あたしは気合いで食った。

「み、水!?}

「は、はいはい!!」

「こっちもくれ!!」

 こうして飯を食い終わると、イリーナがロータスの腕を掴んだ。

「ダメ、これだけどっかやろうっていうんでしょ。お見通し!!」

「えっ!?」

 あたしが声を上げるると、ロータスが苦笑した。

「馬鹿野郎、びっくりしたぜ。見当違いだ!!」

「あ、あれ、違うの!?」

「……単に読んだだけか。びっくりしたぜ!!」

 イリーナが苦笑した。

「いや、なんかこういうところから、いきなりって多くなかった?」

「あのな、私がいなくなったら、この先どうすんだよ!!」

「……確かに多いね。間違ってはいないけど、読み過ぎだぜ!!」

 こうして、適当に雑談を交わし、あばら屋に戻ったのだった。

 何もしなくても、それなりに楽しい。

 あたしは、もうこの世界が第一のお気に入りになっていた。

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