第8話 一仕事終えても忙しい

 色々予定は変わったが、村まで六人を運ぶ依頼を終え、帰路についた早々航空野郎のスズキに出会った。

 ひとしきりあたしたちと遊んだあと、彼女はトレードマークの笑い声を上げ、乗ってきたアパッチで飛び去っていった。

  あたしたちも車に戻り、轟音と共に進み始めた。

「まあ、飛ぶのもいいけど、こうやってゴトゴト行くのもいいか!!」

  イリーナが鼻歌交じりに呟いた。

「へぇ、珍しいねぇ。久々に飛んですっきりしたか?」

 ロータスが笑った。

「おっと、徒歩移動チームだ。停止」

 向こうからやってきた徒歩のチームの横で、車が止まった。

「この先にある村は大災害といっておくか。とにかく、ぶっ壊れてどうにもなんねぇよ。進むなら手伝ってやってくれ!!」

 ロータスが砲塔上ハッチから怒鳴るような声を上げた。

「なんだって、そこで採れる金を持ってこいって依頼だったんだ。不成立なら、行く意味が……ないわけではなさそうだな。どうするかはこれから相談して決める。ありがとう」

「おう、いいって事よ!!」

 ロータスの声と共に、車はまた走り始めた。

「文字通り無駄足か。まあ、作業に加わってくれたらとは思うが、人にいわれてやるもんじゃねぇからな」

 ロータスは小さく笑い声を上げた。


 途中で宿に泊まるのも面倒だったので、あたしたちはぶっ通しで走り、疲れたら休憩を繰り返して、初心者の街に戻ってきた。

 いつもの寝床があるスペースに車を止めると、決まって全員で車体各所の点検を行うのが常だった。

 といっても、あたしはほとんど知識がないので、道具を取って渡すくらいだったが、これ以上の作業となると、街の整備工場に持ち込まないとダメだった。

「ロータスの方が詳しいな。ここのピンだけど、そろそろかな?」

「どれ……ああ、ヤバいな。っていうか、履帯全体がくたびれちまってる。メンテもかねて、ドッグインするか。パワーパックも交換したいしな」

 イリーナとロータスがごそごそ相談し、結局は車を整備工場で徹底的に直す事に決まったようだった。

「んじゃ、いってくる!!」

 イリーナが一人操縦席に座り、スペースから車を走らせ出ていった。

「よし、私たちは一寝だな!!」

「おう、他にやることねぇ!!」

 ロータスとあたしが、とりあえず作った感じのあばら屋に引っ込もうとしたとき、猛烈な速度でスズキが小型の四輪駆動車で突っ込んできた。

「飛行場で事故。とにかく、ヤバいからきて!!」

 スズキがあたしの手を引っ張った。

「なんだ、仲がいいな。よし、そういうことなら私もいこうか」

「事故って、あたしに何ができるか分からんけど……」

 とにもかくにも、スズキの車に飛び乗ったロータスとあたしは、猛スピードで街の裏手にある飛行場へと向かった。


「要は着陸失敗なんだけど、折れた前脚が右の尾翼内タンクをぶち抜いてさ。消防車フル稼働だけど、とても消えそうになくて!!」

 滑走路の真ん中で、もはや原型を留めないほど激しく燃えている飛行機の残骸に向かって指さして、スズキが珍しくワタワタしていた。

「……乗員は?」

 ロータスが厳しい目で、スズキをみた。

「脱出可能に見えないでしょ。飛行機を失ったより、そっちの方が痛いよ!!」

 投げ捨てるようにスズキがいった。

「えっと、要は元に戻せばいいのか。スズキ、ちょっと目を閉じて。眩しいから!!」

「な、なんとかなっちゃうの!? め、目を閉じるんだね」

 スズキが目を閉じた事を確認し、あたしは力を解放した。

 想定より派手にあたしの体が光り、残骸だった飛行機が消火どころか、完全に元に戻った。

「あーあ、サービスがいいこと。スズキ、目を開けてみろ。これが、神の奇跡ってヤツか!!」

 ロータスが笑ってスズキの肩を叩いた。

「え……マジで!?」

「さぁ、うっかり気まぐれで生えちまったんじゃねぇの。あれ!!」

 あたしは笑ってスズキの手を握った。

「飛行機が大事っていったら、どうなったかねぇ。それだけのこと!!」

 スズキが涙目であたしに抱きついた。

「当たり前だよ。飛行機なんざどうとでもなるけど、パイロット仲間が消えたら戻らないからね。ちょっと様子見てくるから、ここにいて!!」

 あたしとロータスは車から降り、スズキが猛スピードで飛行機に近づいていった。

「ああ、飛行機仲間の友情は深くてな。こういうのが、一番堪えるんだよ。しっかし、アブロ・ランカスターなんて、どこ爆撃にいったんだよ。おまけに、ロマン野郎だしよ!!」

 ロータスが腹を抱えて笑った。

 飛行機は見るからに旧式の4発プロペラ機だった。

 車両もそうだが、あえてこういった古いものを選ぶ人の事を、通称ロマン野郎と呼んでいる。

 この世界は時間も空間も飛び越えた、ごった煮の世界なのでこういう楽しみ方もあった。

「……また一つ、神ってる事をやってしまった」

 あたしは遠くを見つめ、小さな笑みを浮かべた。

 その頭に、ロータスの拳がめり込んだ。

「……痛い」

「馬鹿野郎、混ぜるな。おまけにもう古いわ!!」

  あたしは苦笑した。

「いいじゃねぇかよ。ここから戻る頃には、イリーナも帰ってるだろ。射撃場いこうぜ!!」

「ああ、そうだな。変に寝られなくなったしな。お前、なにげに上手いんだよな!!」

 なんて話していると、スズキが四輪車で戻ってきた。

「ああ、いたいた。飛行場の監視カメラの映像をみていたんだけど、ほんとに一瞬だね。一瞬ホワイトアウトしたと思ったら、もうこの状態だもん。乗ってた奴らも大混乱だったんだけど、そういうののチェックしたら『オーマイガッ!!』だって。まさに、神よ!! だよ」

  車から降りたスズキが、あたしの首にまたいくつか金属製のプレートを提げた。

「アイツらの分だよ。で、こんなの作ったけど、リズ・ウィンドでよかったんだよね?」

  スズキの首には同じチェーンに二枚あり、一枚はスズキので二枚目にはあたしの名前が彫り込んであった。

「なんだおい、ドッグタグの交換なんて、気に入っちまったか?」

  ロータスがあたしの頭に手を置いて笑った。

「気に入ったなんてもんじゃないよ。これをみて、同じのくれって大騒ぎでさ。でも、これはそういうものじゃないからね。最大級の親愛の現れってね!!」

「これ、そういうものなんだ……」

 首に下がった金属プレートをみながら、あたしは呟いた。

「まあ、そうなるな。なんで金属か分かるか。どっかで死んじまっても、そのタグで身元が分かるようにって、この手の連中はみんなやりたがるな。誰か拾ってくれるだろうって、燃えないように金属なんだ」

 ロータスが笑みを浮かべた。

「へぇ、ロータスはないけど?」

「馬鹿野郎、身元が分かっちゃいけない仕事ばっかりだったんだよ。今はお気軽でいいぜ!!」

 ロータスが笑い、あたしを車に押しやった。

「よし、撤収だ。母ちゃんがぶち切れちまうぜ!!」

「……これを聞いた時点で、ぶち切れると思うけどね」

 あたしとロータスが車に乗ると、スズキは車を飛ばし、あたしたちのスペースに戻ったのだった。


「な、なに、そんなエラい事がおきてたの!?」

 スペースで暇そうにしていたエリーナが、事情を説明したスズキにいった。

「うん、助かったなんてもんじゃないよ。もう、足をこっちに向けて寝られないね!!」

 イリーナがジト目でロータスを睨んだ。

「……私の神の力は?」

「そんなの知らねぇよ。今必死こいてるどっかの、大神に聞け!!」

「予定外だからね……」

 あたしは小さく笑みを浮かべた。

「いいじゃねぇか、代わりにこれがあるだろ?」

 あたしはサブとして持ち歩いているワルサーP99を抜いた。

「……まぁね」

 イリーナは両腰のホルスターに収めた、グロックとベレッタを抜いた。

「おう、なんかやる気だな。面白そうだ!!」

 スズキが反応した瞬間、ロータスがすかさずスズキがその腰にあった拳銃を引き抜いて、無理矢理持たせた。

「……えっ、もしかして射撃練習?」

 スズキの顔色が悪くなった。

「みんなで行こうぜってノリだぜ。苦手だもんな。でも、帰るとはいわせねぇぜ。射撃場はすぐそこだ。いくぞ!!」

 最後に、ロータスがホルスターから拳銃を抜いた。

「銃はロマン野郎でな。ワルサーP38だ。リズもこれをみて、その後継で新しいP99を買ったんだよ。お前だって、ワルサーPPKじゃねぇか。使わないと、泣いちまうぜ!!」

 ロータスが笑った。

「……あの、なんで私だけ仲間はずれなんだろ。まあ、ワルサーで私が好きな銃って、ぶっちゃけないんだけどね。こう並ばれると、ちょっと気変わりしてきたな。ずっと、なんか寂しかったしな……」

「……あーあ」

「……今頃すげぇぞ」

 イリーナはしばし考え、笑みを浮かべた。

「親子揃えよう。ってか、多装弾なのこれしかないしね。ちょっと待ってて!!」

 イリーナがダッシュでスペースから飛び出ていった。

「おいおい、いきなり銃を変えちまったぞ……」

 ロータスが苦笑した。

「これも、過去からの変化だぜ。要らねぇからって、お前の護衛やってた時は、球が入ってねぇグロック17だけだったんだよ。アイツの両手早撃ちは半端ねぇからな!!」

「そ、そんなマニアックな……」

 あたしは小さく笑った。

「まあ、忘れられるならいいさ。それよか、スズキって銃なんて使えるんだ」

 あたしがいうと、スズキは首を横に振った。

「む、無理。一応自衛官だから拳銃のトレーニングもやるけど、成績はみられたもんじゃないよ……」

「まあ、落っこちた時の自衛用程度だもんな。リズなんかみてみろ、大して教わりもしねぇで、すげぇ腕だぜ!!」

「……なんでかね」

 あたしは笑った。

「ロータス辺りに教われば?」

「ああ、私はダメだ。変な癖がついちまう。イリーナが適任だ。無茶やってるようで、基礎がしっかりしてるから、ちゃんと教えてくれると思うぜ!!」

「呼んだ?」

 見せびらかすように、あたしと同じモデルの拳銃二丁をみせながら、イリーナがスペースの入り口に立った。

「おう、スズキに撃ち方教えてやってくれ。前にみたけど、ありゃひでぇなんてもんじゃねぇぞ!!」

 ロータスが笑った。

「う、うるさい!!」

「へぇ、スズキが拳銃か。面白いねぇ。さっさといこう!!」

 イリーナがスズキの腕を掴んだ。

「いや、マジ下手くそだから!?」

「誰だって最初はへっぴり腰の馬鹿野郎だよ。こりゃいい!!」

 イリーナはスズキを引っ張って、射撃場の方にいった。

「へぇ、あんな楽しそうなイリーナも珍しいね」

 あたしがいうと、ロータスは苦笑した。

「お前もあるだろ。教える喜び。好きなんだよ、ああ見えてな!!」

「へぇ……よし、あたしたちもいこう!!」

 こうして、あたしたちは射撃場に移動した。


 街の射撃場は、それなりに設備が整った立派なものだった。

「最近、拳銃は撃ってねぇからな。どんなもんだか……」

 あたしはブースに入り、三十メートルに設定した的に向かって、まずは一発撃った。

「……問題ねぇ。ちゃんと撃てるな」

 それからは、マガジンが空になるまでひたすら撃った。

 ボタンを押して的を手元に寄せると、背後からいきなりスズキが飛び込んできて、その穴だらけの的とあたしを交互にみた。

「すっげ、こんなのうちの隊ですらいるかどうかだぞ!?」

「撃ち方は聞くなよ。あたしもよく分からないから!!」

 あたしが笑うと、イリーナがブースに入ってきた。

「リズはもう本能で撃ってるとしか思えないな。私が負けるって、滅多にないぞ」

 イリーナは苦笑して、的を新しいものに付け替えた。

「まずは、コンディションみたいからね。銃も変えたしさ。使った事はあるんだけど、どうも癖が合わなくてね。今回は、娘とオソロだし頑張る!!」

「……いや、それはオソロにしなくても」

「……噂の超絶二丁拳銃だ。みておこう」

 あたしとスズキがブースの外に出ると、イリーナは呼吸するようにサッとホルスターから銃を抜き、左右両手で二丁の拳銃をすさまじい速さで撃った。

「……うーん、ごめん。もうちょっとやらせて」

 イリーナは的から目を離さずいった。

「う、うっかりマジになってるよ!?」

「……今のだって凄いのに!?」

 イリーナは立て続けに何回も繰り返し、やがて一つうなずいた。

「これなら実戦レベルだな。黙らせてやった!!」

「黙らせるの好きだねぇ」

 イリーナが的を交換し、スズキをブースに導いた。

「り、リズはみないで!!」

「分かってるよ。どっか他の空いてるところでやってる」

 隣で淡々と発砲音だけ聞こえるロータスをそっと垣間見ると、今までみたことがないような冷たい表情だった。

「……触らないでおこう」

 あたしはあえて離れたブースに移動し、一心にワルサーの引き金を引き続けた。


「……これ、私が?」

「他に誰も撃ってねぇよ!!」

 そろそろいいかと引き上げると、まず的の紙をみてスズキが驚愕していた。

「へぇ、やればできるもんだ!!」

 その紙をみて、いつも通りのロータスが笑った。

「あたしには分からねぇけど、イリーナって教え上手だったんだな!!」

「そうでもないぞ。基礎をみっちりたたき込まれただけだな。あとは、応用でやるほど上達しただけだ!!」

「いっただろ、基礎は大事。リズだって分かってるだろ?」

 イリーナとロータスが笑みを浮かべた。

「ああ、魔法と同じか。やってる事が、ちょっと違うだけだ!!」

 その魔法も世界の消滅とともに消え失せたようなので、代わりに銃火器の扱いは重要な課題だった。

 今のところ、問題はないようだが、油断は禁物である。

 もはや元だが、魔法使いの魔法が取れたらなにもない。

 その穴埋めは、なかなか大変だった。

「あっ、ヤバい。そろそろ、あっちに戻らないと!!」

 スズキが腕時計をみて声を上げた。

「おう、暇だったらまたこい!!」

「リズにいわれなくたっていくよ。勝手にスペースから車に乗っていっちゃうよ!!」

 スズキは手を振って、パタパタと射撃場を出ていった。

「どこからも異世界か。また、妙な世界があったもんだぜ!!」

  ロータスが苦笑した。

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