第36話 平成最後のカリスマと頑固オヤジ
「もうそろそろ時間だよ!」という妻の声が家に響いた…
私が壁の時計を見ると15時35分であった。私と娘は、急いで出掛ける支度をした。
そして、15時40分過ぎに3人で家を出た。
家を出た私達は、北へ向かって歩いた。約10分でその店の前に着いた。
店の丸い看板には、「くろしお美容室」と書いてあった。この美容室は、この街ではカリスマ美容師の店ということでかなり有名であった。それと皆んなは、「無言美容室」とも呼んでいる…
それは、このカリスマ美容師が疲れている客には、喋るのも疲れるだろうという配慮から、必要なことは直接脳にテレパシーで話し掛るからである。
私達が店に入ると、女性店主がニッコリ微笑んだ。この女性店主がカリスマ美容師なのである。彼女のことは、皆んな「カリスマ」と呼んでいる。
この日、私の娘がカラーリングの予約を入れていた。妻と私は、付き添いである。
娘は最近疲れ気味であった…
カリスマは、娘にテレパシーで話し掛けた。
「こちらにお座りください。」
「あっはい、ありがとうございます。」と返事してカット用の椅子に座った。
どういう訳か2人のテレパシーの会話は、私には聞こえた…入口の椅子に座っている妻の方を見ると全く聞こえていないようであった。
私は、カウンターの所に立って携帯で執筆活動の続きをしていた。
「椅子をご用意しましょうか?」とカリスマがテレパシーで私に聞いて来た。
私は、「大丈夫…立ってる方がいいから」とテレパシーで返事した。
私は、最近睡眠不足なので椅子に座ると眠ってしまいそうなので、カリスマの申し出を断ったのである。
「今日は、出来るだけ明るいピンク色にするんですよね。」
「はい。お願いします。」
「カラー液を塗って行きますね。」
カリスマと娘のテレパシーの会話は、私にはやっぱり聞こえた。
私が、今日の分の執筆がほぼ終わり、文章のチェックを始めようとしていた時、
「はい。塗り終わりました。少しこのままでお待ち下さい。」というテレパシーが聞こえた。
そして、待っている間のサービスの飲み物の注文を娘に聞いた後、私にも聞いて来た。
「さすが人気美容室、付き添いにもサービスしてくれるのか!」と心の中で呟いた。
するとカリスマがニッコリ笑顔になった…どうやら、私が心の中で呟いた声が聞こえているようである。
「ビール下さい。」私は、テレパシーで注文した。
カリスマは、少し困った顔をしたが、
「アルコールは、有料になりますが買って来ますので、ここで飲んで頂いて結構ですよ。」とカリスマはテレパシーで言って来た。
「素晴らしい対応!」と私はカリスマに感動した。
だが、「大丈夫。これもうすぐ書き終わるから、終わったらそこの呑み屋に行くから」とテレパシーを返した。
やがて、最終の文章チェックも終わり、私は2軒隣にある頑固オヤジのたこ焼きバーに行った。
その店の丸い看板には、「くろ潮まる」と書いてあった。
店のカウンターに座ると頑固オヤジは、言った。
「まず1000円払え!」
私は、言われるまま千円札を1枚渡した。
この店は、先にお金を払うシステムらしい…
そして、頑固オヤジは、
「まずは、一番搾りからだ!」と言って私の前に缶の一番搾りを置いた。
私は、一番搾りを一気に喉へ流し込んだ。
「クッ〜〜!」私は唸った。疲れた身体にビールが染み込んで行く…
すかさず、頑固オヤジが「雪塩!」と叫びながら、私の前に皿を置く。
皿の上には雪塩たこ焼きが4個乗っていた。
私は、爪楊枝で一つ刺し口に運ぶ…口の中に雪塩で際立った蛸の旨味が広がっていく。すぐに一番搾りを流し込む。
「旨いなぁ〜!」私は、思わず叫んだ!
頑固オヤジがニヤリとした。
私が残りの雪塩たこ焼きを食べていると奥の玄関前のテーブル席から1人の男が店頭に出て来た…かなり酔っ払っている男の頭は、スキンヘッドであった。その男は、私を見つけると話し掛けて来た。
私は、恐る恐るそのスキンヘッドの男の顔を見た…スキンヘッドの男は、ユリちゃんだった。
ユリちゃんは、私に自分の自転車が近所の奴に潰されて、警察沙汰になった話を詳しく教えてくれた。
そうしているうちに、娘と妻も美容室が終わり私の隣に座った。
頑固オヤジは妻に言う。
「2000円払え!」
妻が払うと
「バヤリースオレンジだ!」と頑固オヤジが妻の前に置く。
そして、娘には
「お前は、水!」と言って水の入ったコップを置いた。
更に私には、「次はスーパードライ!」と言って缶ビールを置いた。
それから、頑固オヤジは、私達の様子を伺いながら、その人に合ったたこ焼きを出して行く。
「お前は、醤油!」
「お前は、丸ちゃん焼き!」
「お前は、ソースマヨ!」
この頑固オヤジは、客の疲れ具合、仕事の悩み事、家庭環境などを顔色を見ながら分析し、その人の身体が求めているたこ焼きを提供しているのである…だから、基本的に客の注文は聞かない。
私達がたこ焼きを食べていると私の脳にテレパシーで話しかけてくる人がいた。
「お疲れ様です。ゆっくりして下さいね。」
私は頑固オヤジの家に入ろうとしているカリスマを見つけた。
カリスマは、こっちを向いてニッコリ微笑んだ。
私は、カリスマにテレパシーで質問した。
「どうして、頑固オヤジの家に入ろうとしているの?」
カリスマは、「私もここに住んでるの?」と返した。
「どういうこと?」と私は問いかけた。
「その頑固オヤジは、私の旦那なの!」
私は、びっくりして思わず、「えっーーー」と叫んだ!
すると頑固オヤジが「うるさい!黙って食べろ!」と怒鳴った…
カリスマと頑固オヤジが夫婦だったとは…
その時、1人の男が入って来て妻の隣に座った。チャラチャラした感じの若い男であった。顔をよく見ると私の息子であった…
頑固オヤジがまた言った。
「1000円払え!」
私が払うと
「お前は水!」と言って息子の前にコップを置いた。
そして、「お前はチーズソースマヨの花鰹だ!」と言って息子の前に皿を置く。
その後も、頑固オヤジは客に合うたこ焼きを提供していたが、18時になった時、突然頑固オヤジは言った。
「お前ら、もう帰れ!さっさと帰れ!」
あまりの剣幕だったので、私は聞いた。
「どうしたんですか?」
頑固オヤジは、
「今から俺は岡山に行くから、お前らもう帰れ!」
私達は、店を追い出された…
最後に頑固オヤジは、言った。
「今日で平成も終わりだ。平成は、店に来てくれてありがとうな…令和もよろしく頼むわ!5月は4日から店開けてるから…」
私は、よく分からないが、嬉しさが湧いてくる感じがした…
店を出て私達は、歩いて家に向かった…
今日で平成も終わりか…平成最後に4人で家に帰るのが何とも言えず嬉しかった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます