第21話 速すぎる健康診断

「梅川ちゃん、おはよう。」と私は、心で呟いた…


 いつも駅前に立っている女性がいて、その前を通る時、そうやって私は心で呟くのである。


 梅川ちゃんの前を通って駅から、私は電車で事務所に向かった。事務所に向かう足取りは重い…今日の健康診断の事を考えると憂鬱だった。

 そう今日は、朝一番で年に一度の健康診断があるのだ。私は、バリウムを使っての胃透視検査が嫌いである。検査の後が嫌なのである。

 バリウムには、下剤が入っており3時間程度で便(バリウム)が出ますという説明をいつも受けるが出たことがない。それで夕方に貰っていた下剤を追加で飲むがなかなか出ない。翌日までに出ないと病院で受診しなければならない。結局、検査後から翌日まで下剤の所為でずっとお腹が痛いし、お腹の中でバリウムが固まってしまったらという恐怖に怯える事になる。だいたいそんな理由でこの検査が嫌いなのである。


 事務所に着いた私は、すぐに健康診断の為、近くの総合病院に向かった。


 その病院は、歩いて2、3分のところにあった。病院に入り健康診断受付という所に行き、受付に必要な書類等を係りのマスクをした女性に渡した。その30代と思われるマスクの女性係員は、「順番にお呼びしますので、そこの血圧機で血圧を2回測ってから、ソファーでお待ち下さい。」と的確な指示をした。


 私は、ソファーの横にある血圧機で2回計測して、アウトプットされたデータが印刷された紙を持ってソファーに座った。するとすぐに呼ばれて、マスクをした女性係員の所に行った。

 女性係員は、「そこの廊下の左側にあるトイレに行って、この1つ目の目盛りまで尿を入れ、入口の横にある窓の所に置いて来て、またこのソファーでお待ち下さい。」とまたしても的確な指示をした。

 私は、指示通り事を済ませて、ソファーに座ろうとした時に呼ばれた。


 今度は、女性係員と一緒に身長、体重、視力などを計った。それから、女性係員は、更衣室で検査着に着替えて、検査室の前のソファーで待つように指示した。私は着替えて、ソファーに行こうと思ったが、すでに女性係員は、待ち受けていた。

 そして、女性係員は、この病院の3つの検査室を回り、検査をして来るように指示して、院内地図とカルテを私に渡した。

「なんか今年は、係員がキビキビしていて、仕事が早いなぁ〜」と私は心で呟いた。


 まず一つ目の検査室では、聴力と心電図の検査をするらしい。

 検査室の窓口の籠にカルテを入れてから、前のソファーに座った。座った瞬間に私は呼ばれた。

 40歳前後の女性検査員が検査室に迎え入れてくれ、聴力検査機の前の椅子に座るように言った。そして、座る前に「ヘッドホンを着けて、ピーっと音がしたら、このボタンを押して下さい。」と説明した。

 私が椅子に座るとすぐに検査は始まった。ヘッドホンからいくつかの周波数の音が順番に流され、私はその都度、ボタンを押した。数十秒で検査は終わった。次に隣のコーナーのベッドで横になるように指示され、私が横になると電極が付けられ、心電図が取られた。

 検査員は、私にカルテを渡し、次の検査室に行くよう促した。


 二つ目の検査室の前に行った私は、入口の籠にカルテを入れて、そこにあったブザーを鳴らした。

 二つ目の検査室では、採血と医師の問診をするらしい。


 私が検査室の前のソファーに座る前に看護師がやって来た。可愛らしい感じの30代の美人看護師である。

 美人看護師は、すぐに奥の採血コーナーに案内し、私に腕を出すように指示した。そして、ゴム管で私の腕を縛りながら言った。「はい、親指を中に入れて握って下さい。アルコール消毒しますが、アレルギーはありませんね?はい、チクっとしますよう。」

 全く痛くなかったし、看護師の手際は良かった…

 採血が終わると看護師は、「この後は、すぐに問診です。それが終わったら、次の検査室でメインイベントのバリウムの胃透視検査です。頑張って下さいね〜」と言って満面の笑顔になった。

 私は、「あっ、はい。」と言って笑顔を返した。


 医師の問診は、お爺ちゃん先生による簡単な質問と聴診器を当てただけであっと言う間もなく終わった。


 そして、三つ目の検査室の窓口の籠にカルテを入れると座る暇もなく呼ばれ、かなり長身の女性検査技師が迎えに来てくれた。

 長身の女性検査技師は、「先に胸のレントゲンを撮りますね。」と言ってレントゲン機の前に立つように指示した。技師は、隣の部屋から「はい息を大きく吸って〜、はい止めて!」とお決まりの台詞を言ってレントゲンを撮った。それから、奥の部屋に案内され、男性検査技師とバトンタッチされた。


 いよいよバリウムの胃透視検査であった。

 その部屋に入ると回転式の検査装置が目に入った。あまりいい気分では無かったが、考える暇も無く、胃を膨らます薬を飲まされた。

 それから、検査装置の上に立たされ、バリウムの入ったボトルを持たされた。

 検査技師は、隣の部屋に行きマイクで指示を始めた。

「まず、ふたくち✖️✖️✖️✖️して✖️✖️。」

 検査技師の指示は、滑舌が悪過ぎてよく聞き取れなかった。私は、この検査を今まで何十回も受けているので、経験に基づく推理で指示に対応して行った…

「ひだり✖️✖️して、✖️✖️✖️さい。」

「✖️✖️を✖️✖️✖️上にして、✖️✖️。」

「み✖️✖️から、✖️✖️✖️にとめ✖️✖️です。」

「そこ✖️✖️✖️、息を✖️✖️。」

 ほとんど聞き取れなかったが、唯一聞き取れた指示があった。

 それは、「時計回りに回って下さい。」という指示であった。この指示は、今まで検査した技師が一度も使ったことのない表現であった。横に寝てる状態でこの指示を受けるとどこから見て時計回りなのか一瞬わからなかった…

 そんな感じではあったが、検査自体は異常なスピードで終わった。


 全ての検査が終了して、健康診断受付にカルテを持って行くとマスクの女性係員が更衣室で着替えて、ソファーに座って待つようにと指示した。

 私は、着替えを済ませて、更衣室から出ると説明係の人がテーブルに付いて待っていた。

 私はすぐに説明係と向かい合って座った。

 説明係は、いつもの台詞でバリウムに下剤が入っているので、3時間ほどでバリウムが出るはずであることと18時の時点で出なかった場合は下剤を飲むこと、明日までに出なかったら、病院に診察に来るようにということを説明した。

 私は、「これからが大変だなぁ〜」と思った。


 全てが終わり、私は病院の時計を見た。

 時計は、9時30分であった…最初に健康診断の受付に着いてから、30分しか経っていなかった。

「速い…速すぎる!!最速記録だ!」と私は心で叫んだのであった。


 病院から出ると、外は夏を思わせるような日差しだった…

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