第19話 高野君という癒し空間

「今日は、何時に病院予約なの?」とメールを送った…


 その日、私はある事情があり仕事を早く切り上げることになったので、事務所を出る前に妻にメールを送ったのである。


 妻から返事が来た。「19時予約。」

「じゃ、夕食は食べて帰った方がいい?」私は、問いかけた。

「はい。」という返事だった。その答えが、返って来ることは分かっていたが、敢えて念押しに聞いたのである…


 久しぶりに一人で夕食を外で食べれる…

 別に家で夕食を食べるのが嫌な訳ではないが、行きたい店もある。

 この日行く店は、自分の中ではもう決まっていた。


 駅を出た私は、まず駅前のTSUTAYAに向かった。最近レンタルが開始した映画「ボヘミアン・ラプソディ」を借りるためである。店内には、「ボヘミアン・ラプソディ」の特設コーナーが出来ていて、大量のDVDが置かれていた。四分の一ぐらいが残っており貸し出し可能であった。私は、迷わずその中のブルーレイを一枚手に取り、レジに向かい会計を済ませた。


 その後、駅前の商店街の出口付近にある一軒のお好み焼き屋の前に立った。そして、その看板を見上げた。木製の看板には、「MONKEY RUSH」と書かれていた。


 私は、少し開けたままになっているドアをさらに開けて店内に入った。店内は、テーブル席が3つとカウンター席という割と狭い感じであった。

 私が店に入ると割と小柄な優しい目をした男が、はにかんだ様な笑顔で「久しぶりです。」と言った。この男こそが、高野君というこの店の店主である。


 この店は、馴染みの店であるが、最近ご無沙汰していたのである。高野君と私は、もう、四年近くの付き合いである。この店が、まだ「好運」という名前の店だった時からの付き合いである。高野君と私は、よく一緒に飲んだ。お互いに苦しい時悲しい時うれしい時を飲みながら、励まし合い慰め合い喜び合い乗り切って来た。朝まで飲むこともたびたびあった。そして、今がある…


 店内に入った私は、高野君に言った。「高野君、久しぶりに乾杯しよう!高野君も生ビール飲めよ。」と私の奢りで乾杯することを提案した。高野君は、「ありがとうございます。頂きます。」と笑顔で答えた。

 そして、二人は記念写真を撮りながら、「カンパーイ!!」と叫んだ!

 久しぶりに気持ちのいい乾杯であった。


 私がまず「酢漬け大根」を注文してから、二人は、共通の仲間の話や外出が制限されている話など他愛のないことを話した。ここは、とても落ち着ける安らぎの場所である。高野君と話していると…いや、同じ空間にいると、とても幸せな気分になる。


 そして、あの女がやって来た…その人は、一見、美人風キャリアウーマンという感じの女性であったが、「久しぶり~」と手を振って入って来て私に微笑んだ。

 もちろん、顔見知りである。さらに言うと高野君の彼女である…

 しばらく見ない間に全体的に丸くなったような気がした。もちろん、見た目の事である…

 彼女は、会うなり「今、SNSの投稿読んでたところ!」と叫んだ…

 それから、最近、私のSNSの投稿にハマっていることを延々と話し始めた。

 そんなに必死に詳しく話してくれるとやっぱり嬉しくなる。


 しばらく、三人でSNSの投稿の話をした後、私は高野君に「豚モダン焼き」を注文した。


 数分後、高野君がモダン焼きを私の前に置いた。

 私は、「綺麗だ~!」と思わず心で叫んだ…

 モダン焼きのソースとマヨネーズと青のりと紅しょうがの色合いが、じつに見事である。そして、そのソースの香りが何とも言えないいい香りであった。


 私は、コテで切ってから一切れ口に運んだ。ソース、豚肉、マヨネーズ、青のりの入り混じった旨味が口に広がった。すかさず、ビールを流し込む。「こいつは、たまらない!」私は唸った。久しぶりのモダン焼きは、最高に旨い。それとこの店のモダン焼きは、そばの上にお好み焼きを乗せているのではなく、お好み焼きの生地にそばを入れて焼くので、ふわふわな食感が凄い…


 食べ終わった私は、名残惜しかったが、家に帰って「ボヘミアン・ラプソディ」を観ないといけなかったので、高野君に会計を頼んだ…

 会計が終わって外に出ると高野君がお見送りをしてくれた。店の前で記念写真を撮ってから別れを告げて、家路についた。


 商店街は、すっかり暗くなっていて、冷たい風が吹いていたが、私の心は温かかった…

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