第18話 笑顔が欲しい…

 その店は、駅前の商店街にあった…


 午前中の早い時間に打合せを終えた私は、少し早いがランチを食べようと駅前をぶらりと歩いた。そして、一軒のラーメン専門店が目に止まった…看板には「麺や 六三六」と書いてあった。店名の看板以外にもう一つ「本にぼしらーめん」という看板も上がっていた。

 私は、「煮干しのラーメンもいいなぁ〜」と呟いて、この店で食べる決心をした。


 店に入ると入口の横に券売機が置いてあった。その時、奥のカウンターから若い女性の声がした。「いらっしゃいませ。左手の券売機で食券をお願いします。」と…

カウンターの中にいる女性を見て、私は「えっ!」っと思った…声は20歳ぐらいと思ったが、そこにいたのは、40代ぐらいの細身の女性であった。

 食券を買ってカウンターの端の席に私は座った。座ると同時にカウンターの中の店長らしきその女性は、私の前にコップに入った水を置きながら、言った。「お鞄は、下の籠をお使い下さい。」優しい声であった…でも、顔は笑っていなかった。

 私は、食券を渡した。

「六三六らーめんと豚ほぐしご飯ですね。ありがとうこざいます。」またしても、優しい声で笑顔なく言った。


 店には、従業員がその40代ぐらいの店長らしき女性一人であった。その女性店長は、頭の髪の毛をタオルで覆い、法被風Tシャツを着ていた。彼女は、じつに手際よく仕事をしていた…


 私は、水を飲みながら待った…数分後、私の前には、六三六らーめんと豚ほぐしご飯が並べられた。「お待ちどうさま。」と女性店長は、優しい声で言った。笑顔なしに…


 まず、スープを啜る。煮干しの香りと昆布、豚骨、鶏ガラの旨味が口の中に広がる…こってりしているがあっさりしている。じつに不思議なハーモニーを奏でる。麺は、細麺のストレート麺であるがスープがよく絡む感じであった。

 豚ほぐしご飯は、白飯の上にチャーシューをペースト状にしたものを乗せ、その上にネギを乗せている。白飯との相性が抜群である。


 一気に食べ終えた私の額から汗が吹き出た。ハンカチで汗を拭きながら、水を飲んだ…満足であった…

 そして、席を立つ。すかさず店長が、「ありがとうこざいました。いってらっしゃいませ。お気をつけて。」と可愛い優しい声をかけてくれた。顔を見るとやっぱり無表情であった…

 私は、「ご馳走さま!」と言ってから出口に向かった。

「ありがとうこざいます。またのお越しをお待ちしております。」と私の背中に優しい声をかけてくれた。


 私は、店を出ながら、「惜しい!」と心の中で叫んだのであった。

笑顔が欲しい…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る