第144話 ビックリな一日・その四

 シーマ十四世殿下一行は、魔王の自信作「未確認飛行物体型魔導機ジョージさん一号」に乗り込み、鉱山の国への空路を進んでいた。

 全体的に銀色な機内では、はつ江が窓に貼りつくようにして、めまぐるしく過ぎていく外の景色を眺めていた。


「ほうほう。このユーフォーはずいぶんと速いんだねぇ」


 感心するはつ江の言葉に、隣で同じく外の景色を眺めていたシーマもコクコクとうなずいた。


「ああ、本当だな。ひょっとしたら、魔界の乗り物の中で一番速いんじゃないかな?」


 そんな二人の言葉を受けて、中央に設置された運転パネルを操作していた魔王が、コクリとうなずく。


「うむ、現在ある乗り物の中では、これが最速だな。もっとも、初代魔王のころは、もっと早い飛行魔導機もたくさんあったそうだが」


「ほうほう、そうだったのかい。でも、なんでなくなっちまったんだい?」


 はつ江が問い返すと、魔王はパネルを操作しながら、そうだなぁ、と呟いた。


「まあ、色々と諸説はあるんだが……、『そもそも、乗り物で空を飛ぶ必要って、あんまりなくね?』ってことに、みんなが気づいたっていうのが一番の理由だろうな」


「乗り物でお空を飛ぶ必要があんまりない?」


 キョトンとした表情ではつ江が首を傾げると、シーマが尻尾の先をピコピコと動かした。


「乗り物を高速飛行させることに魔力を使うくらいなら、転移魔術を使った方が早いんだよ」


「あれまぁよ、そうなのかい!」


「ああ。大型の飛行魔導機を飛ばす魔力があれば、魔界中はおろかはつ江の世界にだって、乗客分くらいの人数を転移させることができるからな」


「はえー、そういうもんなんだねぇ」


 はつ江は、シーマの説明にコクコクとうなずきながら納得した。すると、魔王がパネルを操作しながら、ふぅむ、と声を漏らした。


「まあ、魔力以外で空を飛ばすこともできるが、燃料のコストだとか環境目への配慮とかを考えると、やっぱり転移魔法使っちゃった方が手っとり早いし、飛行魔導機は下火になっているな。でも、個人的には空飛ぶ乗り物って、ロマンがあって好きなんだけどなぁ……」


 魔王がどこか淋しげにそう言うと、シーマが片耳をパタパタと動かした。


「まあ、そういうロマンを追い求める人たちがそこそこいるし、レジャーとしても人気があるから……、飛行魔導機がまったくなくなることはないんじゃないか?」


「そうだぁね、好きな人が一人でも残ってれば、まったくなくなっちまうってことはねぇだぁよ!」


 二人のフォローを受けて、魔王は柔らかに微笑んだ。


「そうだな。飛行魔導機の競技なんかも続いているし……、なくなってしまうことはないな」


 そんなこんなで、一行が魔界の航空事情について話しているうちに、「未確認飛行物体型魔導機ジョージさん一号」は、紫色の草原の上空に差しかかった。

 シーマは窓の外の景色を見ると、耳と尻尾をピンと立てた。


「おっ! はつ江、そろそろ鉱山の国に到着するぞ!」


「そうかい、そうかい! ということは、お山も見えるのかい?」


「ああ、あっちに見えるのがそうだ!」


 シーマが指さした先には、どんぶりをひっくり返したような形をした、巨大な岩山があった。その裾野には、石造の大きな街が広がっている。


「あれまぁよ、ずいぶんと大きなお山なんだねぇ」


「そうだろう! あの山からは、地中の魔力が固まってできた宝石が、たくさん採れるんだ!」


「ほうほう、それはすごいねぇ!」


 二人の話に、魔王が、ふむ、と声を漏らした。


「魔界に出回っている魔力宝石の大半は、ここで採掘されているな」


「へぇー、そうなのかい。でも、それだと採り尽くしちゃったりはしないのかい?」


「ああ、そのへんは問題ない。魔力宝石は、他の宝石と違って生成されるのに必要な年月が短いからな。それに、採掘する量も厳格に管理されているんだ」


 魔王が説明すると、はつ江は納得した様子でコクコクとうなずいた。


「こっちの人たちは、ちゃんとしてるんだねぇ」


「まあ、資源はムダにしないにこしたことはないからな。さて、そろそろ着陸だから、二人は座ってシートベルトを着用してくれ」


 魔王がそう言いながらパネルを操作すると、窓際の壁から二人掛の座席が現れた。シーマとはつ江はピョインと座り、シートベルトを締めた。



 そんなこんなで、「未確認飛行物体型魔導機ジョージさん一号」が着陸態勢に入るなか、鉱山の麓に聳える石造りの城では――


「遅い! アイツはいつまで我が輩を待たせれば気が済むのだ!?」


 ――ライオンの頭をした男性が、苛立った表情で天鵞絨張りの玉座に座っていた。


 そんなライオンの元に、兵士の鎧をつけたヒョウの獣人が、息を切らせながら駆け寄ってきた。


「ぷ、プルソン様! た、た、大変です!」


「そんなに慌てて、一体なにごとなのだ?」


「は、はい! 城のバルコニーに、なにやらよく分からない円盤状の物が不時着しまして……」


「なにやらよく分からない円盤、だと?」


「そのとおりであります! それで、その円盤から『ワレワレハマカイジンダ』という機械的な声と、『なに言ってるんだこのバカ兄貴!』という可愛らしい声と、『わはははは! ヤギさんはお茶目だぁね!』という元気ハツラツな声が聞こえてきました!」


 ヒョウの報告に、プルソンはたてがみと尻尾をしおしおとさせながら脱力した。


「報告ご苦労……、ソイツは間違いなく魔王一行なのだ……」


「そうでしたか……、陛下は相変わらず、個性的な現れ方をなさいますね……」


 玉座の間には、プルソンとヒョウの力ない声が響いた。

 かくして、わりとネコ科大集合になりそうな予感がしながらも、シーマ十四世殿下一行は鉱山の国に到着したのだった。

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