第143話 ビックリな一日・その三

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、魔王に同行して鉱山の国の観光をすることになった。

 そんなわけで、一行は謁見の間で出発前の最終確認をしていた。


「シマちゃんや、ハンカチとちり紙はちゃんともったかい?」


「ああ、大丈夫だ! はつ江の方は忘れ物はないか!?」


「バッチリ、大丈夫だぁよ!」


 ウキウキとするシーマとはつ江を眺めながら、魔王もニコニコと微笑んだ。


「よし。それじゃあ、そろそろ出発しようか」


「分かっただぁよ!」


「ああ、分かった……あ、ところで兄貴」


 不意に、シーマがピンと立てた尻尾の先を、わずかにクニャリと曲げた。


「うん? どうした? シーマ」


「鉱山の国へは、転移魔術で行くのか?」


 シーマが尋ねると、魔王はアゴに指を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「まあ、それが一番早いが……、このまえ転移魔術で城の裏口から勝手に入ったら、めっちゃくちゃ小言を言われたからなぁ……。魔王としての自覚がたりない、だとか、もう少し威厳を見せろだとか……」


 魔王の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「そりゃあ、仮にも魔界の最高権力者が護衛もつけずに来たら、そんな小言も言いたくなるだろ……」


 そう言いながら脱力するシーマに向かい、魔王が不服そうに唇を尖らせる。


「えー、でも、あのときだって、アイツが突然呼び出したから、顔を出しにいったんだぞ。『ちわー、魔導機修理屋でーす』って」


「現役魔王がそんななじみの酒屋の御用聞きみたいなノリで顔を出すなよ!」


 シーマは耳を後ろに反らして、尻尾を縦に大きく振った。すると、魔王はションボリとした表情をしながら、だって、と呟いた。そんな二人のやり取りを見て、はつ江はニッコリと微笑んだ。


「まあまあ、シマちゃんや。そんなに気さくに遊びにいけるお友だちがいるなんて、いいことだと思うだぁよ」


「まあ、それはそうかもしれないけれども……」


 シーマは不服そうにしながらも、ポフポフと頭をなでられて、反らしていた耳を元に戻していった。その様子を見て、魔王はホッとした表情を浮かべると、コホンと咳払いをした。


「あー、まあ、そういうわけで、今回は魔王としての威厳的なものを示すために……、空から降臨しようと思う」


 そんな魔王の言葉に、はつ江は目を輝かせた。


「あれまぁよ! ヤギさん、魔法でお空を飛ぶのかい!?」


「ああ。空路で行けば、一時間もかからないからな」


「ほうほう、そうなのかい! それでよぅ、お空を飛ぶには、やっぱりホウキを使うのかい!?」


「ホウキ? ……あ、そうか。はつ江の世界にはなぜかそういう話が伝わってるんだったな……、でも、残念ながら違うのだ」


「そんならよ、ひょっとして絨毯を使うのかい!?」


「絨毯……、でも、ないな。残念ながら……」


「ほうほう、そうだったのかい……」


 空飛ぶ魔法の乗り物への期待が外れたはつ江は、昨日に引き続き、またしても珍しくションボリとした表情を浮かべた。すると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、はつ江の背中をポフポフとなでた。


「はつ江、鉱石の国は綺麗なものがいっぱいあるから、そう気を落とさないでくれ……。あと兄貴、今度はつ江が使えるホウキ型か絨毯型の飛行魔導機を作ってくれ……」


 シーマの言葉に、魔王はコクリとうなずいた。


「ああ、実は二つとも設計図を作ったことがあるから、今日の夜にでも作っておこう」


 魔王の言葉に、はつ江は再び目を輝かせた。


「本当かい!? ヤギさんや、ありがとうね!」


「気にしないでくれ、はつ江には毎日世話になってるんだからな。あ、それと今日の飛行魔導機もホウキ型や絨毯型ではないが……」


 魔王はそこで、ニヤリと笑った。


「……間違いなく、気に入ってくれると思うぞ」


 不敵な笑みを浮かべる魔王に向かって、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げ、はつ江はキョトンとした表情で首をかしげた。


「兄貴、そんなに自信作なのか?」


「一体、どんな形をした飛行機なんだい?」


「ふっふっふ、それは見てのお楽しみだ。さて、じゃあ、バルコニーまで行くとしよう」


 魔王はそう言うと、きびすを返してスタスタと歩き出した。


「なんだか、ダジャレを言うときくらいの自信だったけど、本当になんなんだろう……」


「わかんねぇけど、ヤギさんの自信作なら、きっとすごいもんだぁよ」


 そんな会話を交わし、シーマとはつ江も魔王の後を追った。



 そんなこんなで、一行はバルコニーに運んだわけだが――


「あれまぁよ!? ヤギさんや、本当にこれでお空を飛べるのかい!?」


「ああ、そういえば、ちょっと前にはつ江の世界のオカルト雑誌にハマってた時期があったもんな……」


 ――バルコニーに停められた物体を見て、はつ江は目を輝かせ、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


 そんな二人の反応を受けて、魔王が珍しく得意げな表情で胸を張った。


「ふっふっふ。どうだ、二人とも驚いたか?」


「すごく、ビックリしただぁよ!」


「ボクも、驚いたよ。まさか、本当に作るとは思わなかったからな……」


 そんな三人の目の前にあるのは、まるでランタンの傘のような形をした、銀色に光る円盤。


 つまるところの――



「これこそが『全自動集塵魔導機祝祭舞曲改ぜんじどうしゅうじんまどうきサンバかい』につぐ俺の自信作、『未確認飛行物体型魔導機ジョージさん一号』だ!」



 ――未確認飛行物体UFOだった。



「ユーフォーを作っちまうなんて、ヤギさんはすごいだぁよ!」


「ふっふっふ、たしかに今回はちょっと大変だったが……、俺はこういう魔導機を作ることに、おしみない情熱を注いでいるからな!」


「兄貴……、その情熱をほんの少しでもいいから、人見知りを直すことに注いでくれ……」


 未確認飛行物体UFOが銀色に輝くバルコニーには、ウッキウキのはつ江の声と、自信に満ちあふれた魔王の声と、力ないシーマの声が響いた。


 かくして、「制作者と使用目的がハッキリとしている物体を未確認としていいのか?」という疑問が発生しつつも、シーマ十四世殿下一行は鉱山の国へと出発したのだった。

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