第125話 のんびりな一日・その十

 魔王とダンタリアンが不穏な会話を繰り広げている間も、シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは魔王城見学を続けていた。


「どうだ、はつ江! 魔王城のプラネタリウムはすごかっただろ!」


「本当だぁね! まるで、お空を飛んでいるみたいだったよ!」


「そうだろう! 魔術で夜空を飛び回っているように見せているんだ!」


 二人は、城の中のプラネタリウムを満喫してはそんな会話をし……


「はつ江! 温室はキレイだっただろ!」


「うんうん! お花がうんと咲いてて、とってもキレイだっただぁよ!」


「そうだろ! 水やりとか剪定とかの手入れは、魔導機が全自動でやってくれるんだ!」


 薬草や観賞用の花を育てる部屋の中を見て回っては、そんな会話をし……


「はつ江、この風車はすごいだろう!」


「あれまぁよ! お城の裏に、こんな大きな羽根がついてたんだねぇ……」


「そうなんだ! これで風力を魔力に変換して、城の中の魔導機の動力にしてるんだぞ!」


「ほうほう、そうなのかい! それはなんだかすごいんだぁね!」


 ……いわゆる風力発電機的なものを見学しては、そんな会話をしていた。


 そうしているうちに、日はスッカリと傾き、二人はバルコニーで夕日を眺めることにした。


「キレイな夕日だぁね……」


「ああ、そうだな……」


 二人は手すりにもたれて、夕日に染まる景色にため息をもらした。


「はつ江、今日は楽しかったか?」


「そうだぁね! とっても楽しかっただぁよ!」


「そうか! それなら良かった!」


 シーマは目を細めて、耳と尻尾をピンと立てた。すると、はつ江もニッコリと笑い、シーマの頭をなでた。


「今日はありがとうね、シマちゃん」


「べ、別に、いつも頑張ってくれている従業員をいたわるのは、雇用主として当然なんだからな!」


 シーマは喉をならしながらも、テンプレートにツンデレた。はつ江はニッコリと笑ったまま、夕日に染まる景色に再び顔を向けた。


「ここからだと、随分と遠くまで、よく見えるんだぁね」


「ああ、ここは標高が高い方だからな。モロコシやミミが住んでる街も、その向こうの街も、そのもっと向こうの街も見えるんだ」


「本当だぁね! ところでよう、シマちゃん」


「ん? 何か気になるものでも見つけたか?」


「あの、遠くの方にちょびっと見えるのは、ひょっとして海なのかい?」


「うん、そうだな」


「ほうほう、そうかい、そうかい」


 はつ江はそう言ってコクコクと頷くと、目をこらして遠くに見える海を見つめた。


「はつ江は、海が好きなのか?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、はつ江はニッコリと微笑んだ顔を向けた。


「そうだぁね、若いころは海の近くに住んでたからね」


「へぇ、そうだったのか。どんな所だったんだ?」


「そうだねぇ。美味しいお魚屋さんや干物屋さんがあったり、織物をつくる工場がうんとあったり、映画館があったり……、あと昆布屋さんがあったりして、とってもいい街だったぁよ!」


「こ……、コンブ屋さん?」


 聞き慣れない種類の屋さんに、シーマは再び尻尾の先をクニャリと曲げた。


「はつ江、それは、コンブの専門店……、なのか?」


「そうだぁよ! お出汁用の昆布を売ってたり、おぼろ昆布とかとろろ昆布を売ってたり……、いろんな種類の昆布を売ってるお店だぁよ!」


「へえ……、それは、ちょっと行ってみたいかも……」


「……そうだね。私もまた行きたいなって思うよ」


 不意に、はつ江の声が若々しいものに変わった。


「はつ江、今の声は……え!?」


 シーマが驚いて顔を向けると、隣にはいつの間にかお下げ髪の少女が立っていた。


「え……、き、君は……」


 シーマは全身の毛を逆立てながら、何度もまばたきして、強く目をこすった。


「あれまぁよ!? シマちゃん、大丈夫かい!?」


「……あれ?」


 シーマが目をこすっているうちに、隣に居るのはいつものパーマをかけた白髪頭がチャーミングなはつ江に戻っていた。はつ江は、よっこいせ、と言いながら膝を屈めると、心配そうにシーマの目を覗き込んだ。


「お目々が、かゆくなっちまったのかい?」


「あ、うん、ちょっとだけ……でも、もう大丈夫」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げたまま答えると、はつ江は安心したようにニコリと微笑んだ。


「それなら良かっただぁよ。でも、お目々は何かあると怖いから、ちょっとでも変ならヤギさんに言って、お医者さんに連れてってもらおうね」


「うん。そうだな……」


 シーマは釈然としない表情のまま、再び夕日に染まる景色に顔を向けた。


「それにしても、海か……、海洋調査とかのお手伝い以外だと、あんまり行ったことなかったかも……」


「ほうほう、そうなのかい。ヤギさんが、お外苦手だからなのかい?」


 はつ江が問いかけると、シーマはフルフルと首を横に振った。


「あ、いや。そうじゃないんだ。むしろ兄貴は、プライベートビーチ的なところに連れてってくれたりしたんだ」


「ほうほう、そうだったのかい」


「ああ。ただ、ボクの方があんまり海が得意じゃなくて……」


「大丈夫だぁよシマちゃん! 練習すれば、そのうち泳げるようになるから!」


 はつ江が朗らかにフォローをすると、シーマは尻尾をパシパシと縦に振った。


「別に、泳げないから苦手なわけじゃない!」


「わはははは! それは勘違いしてゴメンだぁよ!」


 はつ江がカラカラと笑いながら謝ると、シーマは腕を組んで、もう、と声をもらした。


「……海に行くと、なぜか淋しくなるんだ」


「……そっか」

 

 ヒゲを下に向けて呟くシーマに、はつ江はそっと相槌を打った。

 

 そして――


「……きっと、それが青春ってもんなんだぁよ」


 ――某かのキャッチコピーのような言葉を呟いた。

 

 すると、シーマはジトッとした目を向けて、尻尾をユラユラと横に大きく振った。


「……はつ江、なんか今茶化さなかったか?」


「わはははは! 気のせいだぁよ! さてさて、そろそろお夕飯の支度をしようかね!」


「なんかはぐらかされた気がするけど……、まあいっか。夕飯の支度、ボクも手伝うぞ!」


「それはとっても助かるだぁよ! そんじゃあ、台所へ行こうかね!」


「ああ!」


 二人はそう言うと、手を繋いで台所へと向かっていった。

 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんののんびりな一日は、無事に幕を閉じたのだった。

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