第124話 のんびりな一日・その九

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、昼食の焼きそばを食べ終えた。


「それじゃあ、ボクたちは、また城内の散歩に戻るよ。洗い物、お願いな」


「ヤギさん、洗い物ありがとうね」


 食器を水場に運び終えたシーマとはつ江が、魔王にそう声をかけた。魔王はコクリと頷いてから、二人に向かって微笑んだ。


「ああ、楽しんでくるといい」


「お二人とも、ぜひごゆっくり楽しんできてくださいー」


 魔王に続いて、ダンタリアンもしおりをウネウネと動かしながら、二人に声をかけた。


「ああ! 行ってくるよ!」


「二人とも、行ってくるね!」


「はつ江! 今度は、魔王城のプラネタリウムに案内するぞ!」


「ほうほう、それは楽しみだぁね!」


 二人はそう言いながら、楽しそうに台所を出ていった。その姿を見送りながら、ダンタリアンは表紙をパタパタと動かした。


「お二人とも楽しそうでよかったですー。それでー……」


 ダンタリアンはそこで言葉を止めると、しおりの先を魔王に向けた。


「人払いができたことですし、もう私を読んでも大丈夫ですよー」


 ダンタリアンがそう言うと、魔王は気まずそうに頬をかいた。


「やっぱり、気づいていましたか」


「はいー。なので、この格好のままで、ゆっくり食べさせてもらいましたー」


 ダンタリアンはそう言うと、表紙をパタパタと動かした。魔王は軽くため息を吐いてから、ダンタリアンを手に取った。


「では、失礼いたします」


「はいー。お気になさらずにー」


 ダンタリアンの言葉を受けて、魔王は表紙を開き、パラパラとページをめくった。


「えーと、俺の治世は……、あ、あったあった」


 魔王は自分の治世のページで指を止めると、真剣な面持ちで凝視した。それから、ゆっくりとページをめくっていき、とある部分で再び指を止めた。


「……反乱分子との戦闘は魔王一派の圧勝、か」


 魔王はそこに書かれていた短い一文を読み上げると、深いため息を吐いた。その反応を受け、ダンタリアンはしおりをクニャリと曲げた。


「陛下、なぜそんなに落胆なさっているのですかー? 欠けてしまった部分はありますが、我ら七十二柱ならば、異界人の寄せ詰めでしかない反乱分子を蹂躙し殲滅することなど、簡単なことではありませんかー」


 ダンタリアンはのんびりとした口調で、物騒なことを言い放った。すると、魔王は更に深いため息を吐いた。


「だから、俺はできる限りそういう物騒なことをしたくないんですよ」


「陛下はやはりお優しいですねー。でも、あちらさんは、そう思っていないようですよー」


「まあ……、そうなんでしょうね。『超・魔導機☆』を改造したりするくらいなんだから……」


 魔王はそこで言葉を止めると、またしても深いため息を吐いた。


「でも、異界出身の反乱分子と全面的にイザコザすると、普通に暮らしてる異界出身者の立場が危うくなる可能性もあるじゃないですか……」


「そうですねー……、トビウオの夜で生まれた方々や、正式に召喚された方々については大丈夫でしょうが……、異界から逃れてきて魔界に住むことになった方々への風当たりは、少し強くなるかもしれませんねー……」


「まあ、そういうのを気にしない民たちがほとんどですが……、ゼロというわけじゃありませんし」


「それでしたら、反乱分子以外の異界から逃れてきた方は、いったん異界に帰っていただくのがいいでしょうねー。全面衝突は、どうも避けられないっぽいですからー」


「……そうですか。まあ、友愛王にお話をして、異界から逃れてきた者が帰りやすくなるよう、異界に残してきたものとの良い絆を強くする魔術を、魔界全土にかけてはいただきましたが……」


「なんとー! 友愛王にお会いできたのですねー!」


「ええ、昨日お会いしました。意外に、めちゃくちゃ近くで働いてましたよ……」


「ふえー……、世間はせまいですねー……」


「ええ、本当に」


「それならー、あとは異界から逃れてきた方に、元の世界に帰るように説得するだけですねー」


「……やっぱり、帰すしかないんですね」


「まあー、友愛王の魔術をもってしても良い絆ができない方については、要検討かもしれませんがー……。大概の方は、自分が気づいていないだけで、異界に帰りを待っている方がいるものですからねー」


「そう、ですね……」


「まだ、浮かない顔ですねー」


「ああ、まあ、反乱分子以外の異界から逃れてきた者はそうするにしても……、反乱分子はどうしようかと……」


「えー、そこは蹂躙して殲滅すればいいんじゃないですかー?」


「だから、それはできる限りしたくないんですよ……」


「でも、仮にも反旗を翻した方々なんですからー、そのくらいの覚悟はありますよー」


「そうかも、しれませんが……」


 魔王の言葉を受けて、ダンタリアンはため息を吐くように、バフッと表紙を動かした。


「もう、陛下は本当にお優しいんですからー……、魔王の座に着く前のギザギザさが嘘のようですー」


「あ、あの頃のことは、もう忘れてください! 暗黒時代なんですから、あらゆる意味で!」


「たしかに暗黒時代でしたねー……。それはともかく、それなら徒野さんに頼むしかないんじゃないですかー?」


「……やっぱり、そうですよね」


「ええ、あの方は色々と規格外ですからね。あの方が本気になれば、一滴の血も流さずに圧勝、なんてことも可能ですからー」


「そうですね……、リッチーは異界についても詳しいですし……」


「そうですよー。ああ、それとー、はつ江さんは、反乱分子との衝突が始まる前に、帰っていただいた方がいいかと思いますー」


「そう、ですよね……」

 

 魔王はまたしても深いため息を吐くと、台所の扉に顔を向けた。


「あのくらいの年齢の異界の者をイザコザに巻き込むのは、酷なことですからね……」


「ええ、本当にー……、できれば、穏やかな状況のうちに、帰っていただきたいですねー……」


 台所には魔王のため息と、ダンタリアンが表紙を動かすバフッという音が響いた。


「さて、陛下ー。そろそろ、焼きそばの続きに戻ってもいいですかー? この焼きそば、焼き加減がとても私好みなのでー」


「あ、ああ、どうぞ。今日は午後の予定も特にないので、ゆっくり召し上がってください」


「ありがとうございますー」


 ダンタリアンは再びじりじりと焼きそばを食べ出し、魔王は穏やかな表情でその様子を見守った。


 かくして、シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんが楽しく魔王城の見学をする裏で、大人たちのきな臭い会話が繰り広げられていたのであった。

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