第123話 のんびりな一日・その八
シーマ十四世殿下と、はつ江ばあさんと、彷徨える禁書ダンタリアンは、魔王城の台所で昼食の準備をしていた。
「はつ江! ピーマンの細切りは、こんなかんじでいいか!?」
「どれどれ、うん! シマちゃん、すごく上手だねぇ!」
「ふふん! ボクにかかれば、こんなもんだね!」
はつ江に褒められたシーマは、得意げな表情で胸を張った。
「はつ江さーん。キャベツのざく切り、終わりましたー」
「ほうほう、段田さんも器用だねぇ!」
「ふふふふー、こう見えて、いろんなことができるんですよー」
ダンタリアンもはつ江に褒められ、しおりをウネウネと動かした。二人の姿を見て、はつ江はニッコリと笑った。
「二人とも、ありがとうね。そんじゃあ、あとは私に任せて、二人はゆっくりしてておくれ」
「ああ、分かった! ダンタリアンさん、洗い物はボクがしますから、先に休んでてください」
「分かりましたー。ありがとうございますー」
そんなこんなで、ダンタリアンはダイニングに移動し、シーマはまな板と包丁を持って洗い場に移動した。一方のはつ江は、二人が切った野菜を受け取り、ガスコンロに向かった。
「ふんふふー、ふふふふー、ふふんふんふん、ふふふー♪」
そして、上機嫌に鼻歌を歌いながら、焼きそばを作り始めた。
台所とダイニングにソースが焼ける良い香りが立ちこめたころ、台所の扉がゆっくりと開いた。
「なんか、良い匂いがする……」
現れたのは、背中を丸めた魔王だった。
「お、兄貴! もうすぐ昼ご飯ができるぞ!」
「陛下ー、殿下と私もお手伝いしたんですよー」
シーマは耳と尻尾をピンと立て、お手伝いモードから元の姿に戻ったダンタリアンは表紙をパタパタと動かしながら、魔王に声をかけた。
「今日のお昼は、焼きそばだぁよ!」
続いてはつ江も声をかけると、魔王はニコリと微笑んだ。
「そうか。みんな、ありがとう……、あ」
不意に、魔王がシュンとした表情を浮かべた。すると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて、心配そうな表情で首をかしげた。
「兄貴、どうしたんだ? お腹でも痛くなっちゃったか?」
「あ、いや……、俺だけ手伝ってなくて、もうしわけなかったと思って……」
魔王が肩をすぼめながらそう言うと、はつ江がニッコリと笑いながら、焼きそばを載せたワゴンを押してやって来た。
「気にすることは、ねぇだぁよ! ヤギさんは、いつもお仕事で疲れてんだから!」
はつ江がフォローを入れると、魔王は気まずそうに頬を掻いた。
「でも、そんなこと言ったら、シーマだって平日は仕事だし、はつ江にもシーマの仕事を手伝ってもらってるし、ダンタリアンさんにも図書室の管理をお願いしてるしなぁ……」
「ほうほう、そんなら、ヤギさんにはお片付けのお手伝いをお願いしようかねぇ」
はつ江がニッコリと笑ってそう言うと、魔王は表情を明るくしてコクリとうなずいた。
「分かった。では、洗い物と片付けは、俺に任せてくれ」
「ありがとうね、ヤギさん! そんじゃあ、お昼にしようかねぇ」
「ああ、そうしよう」
そして、魔王は席に着き、はつ江は焼きそばをテーブルに並べた。はつ江も席に着くと、シーマと魔王は胸の前で手を合わせ、ダンタリアンは表紙をパタパタと動かした。
「いただきます!」
「いただきます……」
「いただきますー」
「どうぞ、どうぞ、めしあがれ!」
こうして、四人での昼食がはじまったわけだが……。
「……」
「……」
「……」
はつ江、シーマ、魔王の視線が、ダンタリアンへと集まった。
「あれー? みなさん、なんで私を見てるんですかー?」
ダンタリアンがしおりをウネウネと動かしながらたずねると、三人はハッとした表情を浮かべた。
「段田さんや、ジロジロ見て悪かっただぁよ」
「すみません、ダンタリアンさん。ただ、その姿でどうやって食事をするのか、気になってしまったので……」
「ダンタリアンさん、ごめんなさい。俺も、そういえば食事をしてるところは、見たことないな、と思って……」
はつ江、シーマ、魔王は、バツの悪そうな表情を浮かべて頭を下げた。すると、ダンタリアンは表紙と背表紙をパタパタと動かした。
「そうでしたかー。えーとですねー、食事をするときは、異界おでかけモードに変身することが多いんですー」
「ああ、あの眼鏡っ娘の……」
魔王が相槌を打つと、ダンタリアンはページをパラパラとめくった。
「はいー、そうなんですー。でもー、あの格好になると疲れるのでー、今日はこの格好でいただこうと思いますー」
「でも、段田さんや、お口はどこにあるんだい?」
はつ江がキョトンとした顔で首をかしげると、魔王とシーマが、そうだそうだ、と言いたげにコクコクとうなずいた。
「えーとですねー、口はここにあるんですよー」
ダンタリアンは、しおりをウネウネとしながら答えた。その答えを受けて、三人が目をこらしながらしおりの先を覗き込むと……。
「あれまぁよ!! 本当だ、ちっちゃいお口があるね!」
「そこが、口だったんですか!」
「けっこう長いつきあいなのに、はじめて知りました……」
はつ江、シーマ、魔王が驚いていると、ダンタリアンはしおりの先についた小さな口をカプカプ動かした。
「そうなんですよー。だから、ちょっとお行儀は悪いですが、こうして……」
ダンタリアンはそう言うと、しおりの先を麺につけて、ジリジリと食べ出した。
「……こんなふうに、食べるんですよー」
ダンタリアンが説明すると、はつ江はコクコクとうなずいた。
「ほうほう、段田さんは器用だねぇ」
「でもー、ちょっと時間はかかっちゃうのでー、食べ終わったらみなさんはご自由に過ごしてくださいー」
「でも、それじゃあ、悪くないかい?」
はつ江がたずねると、ダンタリアンは表紙と裏表紙をパタパタと動かした。
「いえいえー、気にしないでください-」
ダンタリアンが答えると、魔王もコクリとうなずいた。
「そうだな。俺は片付けがあるから残るけど、二人は食べ終わったら、また城の探検に行ってくるといい」
魔王の言葉に、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「そうかい、ありがとうね。じゃあ、ご飯が終わったら、またお城を案内してくれるかい? シマちゃん」
「ああ! 任せてくれ!」
シーマは尻尾と耳をピンと立てて、胸を張りながらはつ江に返事をした。
そんな二人のやりとりを、魔王とダンタリアンは穏やかに微笑んで見つめていた。
かくして、ダンタリアンの口が意外なところにあることが判明しながら、仔猫殿下とはつ江ばあさんたちはお昼ご飯のときを迎えたのだった。
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