第117話 のんびりな一日・その二

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、朝食の後片付けが終わると、謁見の間に移動した。 


「じゃあ、謁見の間から案内をするぞ!」


「よっ! 待ってました!」


 玉座の前で胸を張るシーマに、はつ江は笑顔でパチパチと拍手を送った。すると、シーマは得意げな表情でフフンと鼻を鳴らした。


「この謁見の間は、民たちが兄貴に会いに来たときとか、叙勲とか、各種式典とかに使われているんだ」


「ほうほう、そうなのかい」


「ああ! でも、この辺は人里離れてるから、最近の式典は各地の大きな会場で行って、兄貴が映像で顔を出すっていう形式になってるな。ほら、この間の音楽会みたいに」


「ほうほう、それだと、人見知りのヤギさんも、あんまり緊張しなくて済むんだね」


 はつ江の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「ボクとしては、もう少しちゃんと人前に出てほしいんだけど……、兄貴は、リアルタイムで相互通信してるからまったく問題無い、って言い張るんだよなぁ……」


 シーマが力なくそう言うと、はつ江はニッコリと微笑んだ。


「まあまあ、ヤギさんも自分ができる形で頑張ってるんだから」


「そうなんだけどさぁ……、その割には、魔王っぽくてカッコいいから、なんて理由で、こんな玉座を造ったりするんだから。ここに人を集めることなんて、滅多にないのに……」


 シーマはそう言いながら、魔獣たちの骨で組まれた豪奢な玉座をポフポフと叩いた。すると、はつ江は目を見開いた。


「あれまぁよ! この椅子、ヤギさんが作ったのかい!」


「ああ。なんか一時期、えーと、造形師? っていうのに憧れたらしくて……、ダイニングで使ってた椅子に色々くっつけて、塗装して作ったんだ」


「ほー、そうなのかい」


 はつ江が感心したようにそう言うと、シーマは再び豪奢な玉座をポフポフと叩いた。


「ちなみに、これ、本物の骨じゃなくて、軽くて丈夫な樹脂粘土製なんだぞ」


「あれまぁよ! 粘土で作ってあるのかい!? ヤギさんは、器用なんだねぇ……」


「ああ……、多分、本当は魔王とかよりも、研究者とか職人の方が向いてるんだろうな。だって……」


 シーマはそこで言葉を止めると、天井に向かってフカフカの指をさした。その先には、きらびやかなシャンデリアがかかっている。


「あのシャンデリアも、ガラス職人に憧れたときに、作ったやつだし……」


 続いて、シーマは床に向かってフカフカの指をさした。


「絨毯なんかも、次の魔王は頻繁に謁見の間を使いそうだから、って言って、長時間立っていても足が疲れないような新素材で作って、張り替えたらしいし……」


「ほー、ヤギさんは、すごいんだねぇ……」


 はつ江の言葉に、シーマは腕を組んで、尻尾の先をピコピコと動かした。


「まあ、すごいのは確かなんだけど、この熱意をもうちょっとだけでも、人見知りを直す方向に使ってくれたら良いのに……」


「まあまあ、シマちゃんや、それもヤギさんの個性なんだぁよ」


 二人がそんな会話をしていると、魔王は自室で大きなクシャミをした。そんなことに気づくこともなく、はつ江はキョトンとした表情で首を傾げた。


「そういや、この間行った迷路は、ヤギさんじゃなくて、源さんが作ったんだぁね?」


「ん? ああ、そうだぞ」

 

「ヤギさんは、そういう迷路みたいなのは、作ってないのかい?」


 はつ江が尋ねると、シーマは再びヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「実は、むかし城の半分くらいをアスレチック満載のダンジョンにしたらしいんだけど……、日常生活を送るだけで筋肉痛になるわ、リッチーにもの凄く怒られるわで、すぐに元に戻したらしい」


「ほうほう、そうなのかい」


 はつ江が相槌を打つと、シーマは力なく大きなため息を吐いた。


「ああ、そうなんだ。でも、はつ江の世界に、『オーバーオールを着たヒゲのおじさんが活躍するゲーム』があるだろ?」


「ああ、あのピコピコだね! 孫が大好きなやつだぁよ!」


「そうなのか。実は、兄貴がちょくちょくそっちのゲームを取り寄せてるから、ボクと兄貴とリッチーも遊んだことがあるんだ」


「あれまぁよ! そうだったのかい!」


「ああ。それで、兄貴がもの凄くそのゲームにはまっちゃってな……新作が出るたびに、魔王城の中をそのゲームの魔王城みたいに改造しようとするんだよ……」


「そうなのかい。でも、あのピコピコ、孫が、難しい難しい、って言ってたけど、大丈夫だったのかい?」


「あんまり、大丈夫じゃないな。だからリッチーが止めて、大体は思いとどまってくれるんだけど……たまーに、夜中にこっそり改造しちゃうことがあって……」


「一晩であのピコピコのお城を造っちゃうなんて、ヤギさんはすごいんだねぇ……」


「すごいっていえばすごいけど……、いきなり空中に浮かぶ足場に跳び乗ったり、ロープにしがみついたまま移動したり、金網にはりついて移動したりしながら朝ご飯に向かうことになる、ボクの身にもなってほしいよ……」


「それは、えらいしんどかったんだねぇ……」


 はつ江は、力なくうな垂れるシーマの頭をポフポフとなでた。すると、シーマはコクリと頷いて、尻尾の先をピコピコと動かした。


「ああ。しかも、当の本人は、一定時間で消える足場に飛び移るタイミングを間違えて、溶岩の代わりに造ったイチゴジャムのプールに落っこちて、ベッタベタになってたし……」


「それは、お洗濯が大変そうだねぇ……」


 はつ江の言葉に、シーマは深いため息をついた。


「まったくだよ。それに、案の定、次の日指一本も動かせないくらいの筋肉痛になるし……」


「たしかに、それはちょっと困るかもしれないだぁね……」


「そうなんだよ……」


 謁見の間には、またしてもシーマの力ない呟きが響いた。

 

 一方そのころ、魔王の自室では……。


「さて、今できる『超・魔導機・改』対策も終わったし、少し息抜きするかな……そうだ! 久々に、『オーバーオールを着たヒゲのおじさんが活躍する長い冒険旅行のゲーム』でもしよう! あれ、少し時間をおいて一からやり直しても、かなりワクワクするもんな! 久しぶりに、城の改造もしちゃおうかな……」


 ……魔王がなんとも、タイムリーな独り言を口にしていた。


 そして、話を再び謁見の間に戻すと……


「……何か、今、ものすご嫌な予感がしたから、ちょっと兄貴に連絡する」


 ……シーマが耳を後ろに反らして、尻尾をパシパシと縦に振っていた。


「そうかいそうかい。ヤギさん、大丈夫だといいねぇ」


 はつ江が心配そうに呟くと、シーマは深くため息をついた。


「どっちかというと、兄貴が何かする方な気がするけど……ともかく、連絡してみるよ」


 シーマは尻尾をパシパシと振りながら、ポケットから通信機を取り出した。

 

 かくして、魔王城見学ツアーは、早くもちょっとややこしいことが起きそうな感じになったのだった。

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