第118話 のんびりな一日・その三
シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、魔王城の見学ツアーを始めていたが……
「えーと、ほら、キツツキみたいな鳥に変身して、壁にクチバシを突き刺して、こう、ぴょいーんっと登っていったりとか……」
「却下」
「じゃあ、大砲に変身して、イチゴジャムの池に落ちないように進むとか……」
「ダメだ」
「それなら、あれだ! フットボールの装備をして、転がってくる岩を壊しながら……」
「やめろ」
「よし! じゃあ、鍵を入手するとお面が追いかけてくるかんじに……」
「それはシリーズの別作品だろ!」
……なんだか、若干おかしなことになっていた。
「ちょっとくらい、城の改造したっていいじゃないか。俺、魔王なんだし……」
手鏡型の通信機の中で、魔王がションボリとした表情を浮かべた。すると、シーマが耳を後ろに反らして、尻尾を縦に大きく振った。
「ダメに決まってるだろ!」
シーマが怒鳴りつけると、魔王は更にションボリとした。
「そんなに怒らなくても……」
「うるさい! そんな改造して、はつ江がケガしちゃったらどうするんだよ!?」
シーマが尻尾を縦に大きく振りながら怒鳴りつけると、魔王はハッとした表情を浮かべた。
「あ、ああ。それもそうだな……」
魔王はそう言うと、力なくうな垂れた。すると、シーマは後ろに反らしていた耳を元に戻して、尻尾の先をピコピコと動かした。
「まあ、分かればそれでいいよ。だいたい、城を改造しなくたって、この間買ってた『ヒゲのおじさんのコースを自分たちで作るゲーム第二弾』で遊べば良いじゃないか」
「たしかに、あのゲームも面白いけど……、3Dアクションはまだ作れないし、どんなに高難易度のコース造っても、すぐに『タバコ眼鏡』さんってプレーヤーにクリアされちゃうし……」
「へー、兄貴の造ったコースって結構難しいのに、すぐにクリアできるやつがいるんだ……じゃなくて、なんでまた急に、城を改造したいとかいいだしたんだよ?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら尋ねると、魔王は苦笑を浮かべながら頬を掻いた。
「あー、ほら、なんというかここのところ、『超・魔導機☆』の件とかで結構ゴタゴタしてたから、息抜きに……」
魔王が答えると、はつ江がシーマの頭の上から、手鏡型の通信機を覗き込んだ。
「ほうほう、お城の改造をすると、ヤギさんの息抜きになるのかい」
「わっ!? はつ江、急に脅かすなよ!」
シーマが尻尾をパタパタと振って抗議すると、はつ江はカラカラと笑い出した。
「わはははは! 悪かっただぁよ、シマちゃん! でも、ヤギさんの息抜きになるなら、ちょっとくらいお城の改造をしても、いいんじゃないかい?」
はつ江の言葉に、魔王は目を輝かせた。
「はつ江!? それは、本当か!?」
「本当だぁよ! でも、転んじまうといけないから、やさしいのにしてくれると助かるねぇ」
「ああ! もちろん、二人の安全には最大限配慮しよう! では、今から、改造するからしばらくそこで待っていてくれ!」
魔王ははりきりながらそう言うと、一方的に通信を切った。
「あ、こら、兄貴! まだ、話は終わってないぞ!」
シーマは手鏡に向かってそう叫んだが、すでに魔王の姿は映っていなかった。シーマは通信機をパタリとたたむと、尻尾の先をピコピコと動かしながらはつ江を見上げた。
「もう、はつ江、あんまり兄貴を甘やかさないでくれよ」
シーマが不服そうにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。
「まあまあシマちゃんや、ヤギさんも大変みたいだから、息抜きは必要だぁよ」
はつ江が頭をポフポフと撫でると、シーマは片耳をパタパタと動かした。
「まあ、そうかもしれないけれども、はつ江に何かあったら嫌だし……」
「大丈夫だぁよ、シマちゃん! ヤギさんは優しいから、危ないもんは造らないだぁよ!」
「まあ、そうだ思うけれど……、兄貴、変なスイッチが入ると厄介だからな……」
シーマはそう言うと、ヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
そして・・・
数十分の時間が流れた・・・
はつ江は玉座に座り、シーマははつ江の膝に座りながら、魔王からの連絡を待っていた。
「はつ江、重くないか?」
シーマが問いかけると、はつ江はニッコリと笑った。そして、シーマの頭をぽふぽふとなでた。
「全然重くなんてないだぁよ!」
「そうか、それならよかった!」
シーマがそう言いながらゴロゴロと喉をならしていると、突然手鏡型の通信機からピロピロと音が鳴り出した。シーマは慌ててはつ江の膝から飛び降り、ポケットから通信機を取り出した。
「待たせたな、二人とも。今、城の改造が終わったぞ!」
「お疲れ様だぁよ! ヤギさん! 改造はうまくいったのかい?」
「変な改造、してないだろうな?」
はつ江とシーマが問いかけると、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、二人とも安心してくれ。それはもう、バッチリなかんじになっているからな。さあ、西側の扉を開けてみるんだ!」
魔王がそう言い放つと、はつ江とシーマはコクリと頷いて、西側の扉に向かった。扉の前に辿り着くと、シーマは通信機をはつ江に差し出した。
「はつ江、ちょっと持っててくれないか?」
「分かっただぁよ!」
はつ江はニッコリと笑って通信機を受け取った。すると、シーマは凜々しい表情を浮かべた。
「何かあるといけないから、扉は僕が開けるよ。はつ江はちょっと下がっていてくれ」
「ありがとうね、シマちゃん」
はつ江はそう言うと、シーマの頭をポフポフと撫でた。シーマは目を細めて喉を鳴らしたが、不意にハッとした表情を浮かべて、尻尾をパシパシと縦に振った。
「もう! 子供扱いするなっていつも言ってるだろ!」
「わはははは! 悪かっただぁよ!」
はつ江がカラカラと笑いながらも謝ると、シーマは、もう、と不服そうに声を漏らした。それから、シーマは、コホン、と咳払いをし、扉のノブに手をかけた。
「じゃあ、開けるぞ……えい!」
シーマは、可愛らしいかけ声とともに、扉を開いた。
扉の先には、床から天井まで水で満たされた廊下が広がっていた。
床には色とりどりのサンゴや海藻が生え、宙には色鮮やかな魚やクラゲたちが泳いでいる。
「ほうほう、キレイだぁね……」
「水中ステージっていうのは、予想外だったな……」
はつ江とシーマが感心したように声をもらすと、通信機の中で魔王が不安げに首を傾げた。
「ど、どうだ? 気に入ってもらえた、か?」
魔王の問いかけに、はつ江はニッコリと笑いながら頷いた。
「もちろんだぁよ! この中をお散歩できると思うと、何だかワクワクするねぇ」
はつ江の言葉に、魔王は目を輝かせた。
「そ、そうか! やはり、魔王城の中にいきなり水中ステージが現れるというのは、ワクワクするものだよな! 俺も、初代『オーバーオールを着たヒゲのおじさんが活躍するゲーム』の最終ステージで、いきなり水中に移動した田ときには……」
「あー、兄貴、盛り上がっているところ悪いんだけど、安全面の確認をしてもいいか?」
シーマに言葉を遮られ、魔王はハッとした表情を浮かべた。
「あ、うん、シーマの言うとおりだ。まずは安全面の確認が必要だな」
「ああ。それで、このステージは、途中で息継ぎしないとダメなタイプのやつか?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて問いかけると、魔王は首を横に振った。
「いいや、息継ぎの必要がないタイプだ。さっきテストしたけど、陸上とまったく変わりなく呼吸できるよ」
「そうか。じゃあ、触ると痛かったり、ケガしちゃったりする仕掛けはあるか?」
シーマが再び問いかけると、魔王も再び首を横に振った。
「今回は、散歩を楽しむ、というコンセプトでコースを造ったから、そういった危険なトラップは設置していないよ。泳いでいる魚とクラゲも、大人しくて毒のない種類だけだ」
魔王が答えると、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。
「よし! それなら、安心だ! はつ江、さっそく一緒に……」
「あ、シーマ、ちょっと待ってくれ!」
シーマが廊下に足を踏み出そうとした途端、魔王が焦った表情で制止した。
「待ってって、一体なんでだよ?」
シーマは足を止めて、不服そうに魔王に問い返した。
まさにそのとき!
廊下の床から、巨大なチンアナゴがにょろりと顔を出した。
「うわぁ!?」
突然のことに、シーマは全身の毛を逆立てて跳び上がり……
「あれまぁよ!?」
……はつ江も、軽く跳びはねて驚いた。
「あー、えーと、だな。このように所々に、ビックリさせる系のトラップは仕掛けたんだが……、ダメ、かな?」
通信機の中で魔王が小首をかしげると、シーマが耳を伏せて毛羽立った尻尾をバンッと縦に大きく振った。
「ダメに決まってるだろ! それと、なにちょっと可愛く聞いてるんだよ!?」
シーマが抗議すると、魔王はションボリした表情で肩を落とした。
「やっぱり、ダメだったかぁ……」
「自分でもダメかもって思ってたなら、実装するなよ! この、バカ兄貴!」
シーマと魔王がイザコザする横で、はつ江はチンアナゴを眺めながらコクコクと頷いていた。
「ほうほう、ビックリしたけど、この子もなかなか可愛い顔してるだぁね」
はつ江が褒めると、チンアナゴは心なしか得意げな表情を浮かべて、にょろにょろと身を動かした。
かくして、魔王城案内ツアーには、水中散歩も組み込まれることになったのだった。
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