第113話 応援してくれるかな?

 シーマ十四世殿下一行は地下研究室で無事にモロコシを救出し、トリモチのお片付けにとりかかろうとしていた。しかし、そこへ漆黒のバッタの仮面を被ったマダム・クロ……もとい、バッタ仮面ブラックが現れたのだった。


「あー、マダ……いえ、バッタ仮面ブラックさん、ちょっと一緒にこっちに来てもらえますか?」


 シーマが声をかけると、バッタ仮面ブラックはコクリと頷いた。


「ふふふふ、いいわよ、殿下」


 バッタ科面ブラックが返事をすると、シーマはペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます。ほら、兄貴もちょっとこっち来て」


「あ、ああ。分かった」


 こうして、シーマはバッタ仮面ブラックと魔王を廊下の隅へ誘導し……


「マダム、何をやってるんですか? それと、兄貴、バッタ仮面シリーズをどれだけ増やすつもりだよ?」


 シーマが問いかけると、バッタ仮面ブラックはうふふと笑い、魔王はブンブンと首を横に振った。


「うふふ、今のアタシはバッタ屋さんのマダム・クロじゃなくて、正義の使者バッタ仮面ブラックよ」


「シーマ! 誤解だ! 今回は俺の提案じゃないぞ!」


 二人の反応を受けて、シーマは耳と尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「そうですか……それで、バッタ仮……いや、それバッタなんですか?」


 シーマが問いかけると、バッタ仮面ブラックは仮面の下でニコリと微笑んだ。


「ええ、オウジアリモドキっていうバッタよ」


「そうなんですか……ともかく、バッタ仮面ブラックさんは、何をしにいらっしゃったのですか?」


「本当はね、モロコシちゃんを助けにきたんだけど……ヴィヴィアンたちが頑張ってくれてたから、そっと見守っていたのよ。でも、お掃除が大変そうだから、そこは手伝おうかと思ってね」


 バッタ仮面ブラックはそう言うと、仮面の右目を閉じてウィンクした。すると、途端に魔王の目が輝いた。


「マダム! そのギミックどうやって作ったんですか!? 今度、俺の仮面にも同じ物を……」


「兄貴はちょっと黙っててくれ! 話の収拾がつかなくなるだろ!」


「……分かった」


 叱られてシュンとする魔王を横目に、シーマは小さくため息を吐いた。


「事情は分かりました、手伝ってくれてありがとうございます」


「いえいえ。さて、じゃあ、お掃除を始めましょうか」


 バッタ仮面ブラックがそう言うと、シーマは脱力しながらもコクリと頷いた。


「そうですね、ところでマダム、五郎左衛門と忠一忠二はどうしたんですか?」


「うふふ、何かあったら危ないと思って、五郎左衛門ちゃんと一緒に待っててもらってるわ。だから、安心して、バッタ仮面ブラックの正体は、知られていないわよ」


「分かりました。じゃあ話を合わせるので、よろしくお願いします。兄貴も、ちゃんと話を合わせるんだぞ」


「ああ、分かった」


 三人はそう言って頷き合うと、はつ江と仔猫とバッタたちの元へ、戻っていった。


「シマちゃん、ヤギさん、バッタ仮面ぶらっくさん、おかえり!」


「おかえりなさーい!」


「みみみみー!」


 はつ江、モロコシ、ミミが声をかけると、魔王がコホンと咳払いをした。

 そして……


「良い子のみんな! 今日はバッタ仮面ブラックさんが、お片付けのお手伝いに来てくれたぞ!」


 ……まるで、ヒーローショーの司会のように、一同に声をかけた。


「わーい、やったー」


「わーい! やったー!」


「みっみー!」


 そして、棒読みがちなシーマに続いて、モロコシとミミがピョコピョコと跳びはねながら喜んだ。


「ほうほう、バッタ仮面ぶらっくさん、ありがとうね」


 それから、はつ江がニッコリと笑って声をかけると、バッタ仮面ブラックも仮面の下でニコリと微笑んだ。


「いえいえ。それじゃあ、みんな! お片付けはアタシに任せて、みんなはアタシの応援をしてちょうだい!」


「さあみんな! 一緒にバッタ仮面ブラックさんを応援しよう!」


 バッタ仮面ブラックと魔王が声をかけると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らし、片耳をパタパタと動かした。


「バッタ仮面ブラックさん、がんばれー」


「バッタ仮面ブラックさんや、頑張っておくれ!」


「バッタ仮面ブラックさん! 頑張って!」


「みーみみみー!」


 シーマに続いて、はつ江、モロコシ、ミミも声援を送った。すると、バッタ仮面ブラックは、仮面の右目を閉じて、四人に向かってウィンクをした。


「みんな! ありがとうね! それじゃあ……」


 バッタそう言うと、ブツブツと呪文を唱え始めた。呪文を唱えるうちに、バッタ仮面ブラックの目の前に、魔法陣が描かれていった。


「このままだと、ちょっと魔りょ……いえ、バッタパワーがたりないかしら……」


 バッタ仮面ブラックが魔法陣に手をかざしながら呟くと、魔王が大げさに身をそらした。


「なんと! それは、すっごく大変だ!」


「わー、バッタ仮面ブラックさんがたいへんだー」


 大げさに驚く魔王に続いて、シーマが脱力した表情で棒読みの台詞を口にする。


「あれまぁよ! バッタ仮面ぶらっくさん、大丈夫かね!?」


「バッタ仮面ブラックさん、大丈夫ー!?」


「みーみみみーっ!?」


 続いて、はつ江、モロコシ、ミミが心配そうにバッタ仮面ブラックに声をかけた。すると、バッタ仮面ブラックは毛羽だった尻尾の先をピコピコと動かした。


「そうね……あとちょっとだけ、応援してくれたら、きっと上手くいくわ……」


 バッタ仮面ブラックの言葉を受けて、魔王がコクリと頷いた。


「それじゃあ、直翅目のみんなも声を合わせて、バッタ仮面ブラックさんを応援してくれるかな?」


 魔王がそう言って声をかけると、ヴィヴィアン、カトリーヌ、ミズタマはその場でピョインと跳びはねた。


「え、えーと、お館様……」


 ヴィヴィアンがおずおずと声をかけると、バッタ仮面ブラックは毛羽だった尻尾をパシパシと縦に振った。


「ヴィヴィアン! 今日はバッタ仮面ブラックと呼んでちょうだい!」


「し、承知いたしましたわ……バッタ仮面ブラック様! 応援しておりますわ!」


「う、うむ! オウジアリモドキの仮面よ! 頑張るのでおじゃる!」


「お、おう、頑張れよ、バッタ仮面ブラック!」


 直翅目三人衆が混乱しながらも応援すると、バッタ仮面ブラックはまたしても右目を閉じてウィンクした。


「ありがとうね! みんな! さあ、バッタパワーが充分になったわよ……ふんっ!」


 バッタ仮面ブラックがかけ声を出すと、魔法陣が金色に光り輝いた。


 そして、ブゥーンと音を立てながら、黄土色のバッタの大群が魔法陣から飛び出した。

 その様子を見て……


「うわぁっ!?」

「あれまぁよ!?」

「みみみーっ!?」


 シーマ、はつ江、ミミは驚き……


「う、うわぁ……」


 魔王は若干の鳥肌を立て……


「まあ! ヒンガシモチツツキさんたちの大群ですわ! 綺麗ですわねぇ……」

「うむ、あやつらの大群は、麻呂の次くらいには美麗でおじゃるな……」

「いいなぁ……俺もあいつらみたいなカッコいい外殻になりたいぜ……」


 直翅目三人衆は直翅目独特の感性で、バッタの群れを褒め称え……


「大丈夫だよ! ヒンガシモチツツキさんもカッコいいけど、みんなもすっごくカッコいいよ!」


 ……モロコシがキラキラとした瞳で、直翅目三人衆にフォローを入れた。

 そうこうしているうちに、ヒンガシモチツツキの大群は、床や壁に貼りついた「粘るんデス」をモチョモチョと音を立てながら食べ始めた。


「うふふ、これであと五分もすれば、研究室は綺麗になるわ」


 バッタ仮面がそう言うと、魔王がほんのりと鳥肌を立てつつもコクリと頷いた。


「う、うむ! では、みんな! バッタ仮面ブラックさんにお礼を言おう! せーのっ!」


「バッタ仮面ブラックさん、ありがとー」

「バッタ仮面ブラックさんや! ありがとうね!」

「バッタ仮面ブラックさん! どうもありがとう!」

「みみみみー!」

「お館さ……いえ、バッタ仮面ブラック様、どうもありがとうございました」

「うむ、オウジアリモドキの仮面よ、礼を言うぞ!」

「おう、ありがとうな、バッタ仮面ブラック!」


 魔王のかけ声に合わせて、一同は一斉にバッタ仮面ブラックへお礼を言った。すると、バッタ科面ブラックは、仮面の下でニコリと微笑んだ。


「いえいえ、どういたしまして」


 かくして、地下研究室でのモロコシ救出とトリモチの掃除は無事に終了した。

 

 一方その頃、魔王城の中庭では五郎左衛門と忠一忠二が……


「五郎左衛門、もう一回柴ドリルやってー!」

「五郎左衛門、もう一回柴ドリルやってぇ!」


「構わないでござるが……拙者たちも助太刀に向かわなくて、大丈夫なのでござるか?」


「親方がいれば大丈夫ー!」

「親方がいれば大丈夫ぅ!」


「そうでござるか……」


「だから、柴ドリル-!」

「だから、柴ドリルぅ!」


「うーむ……しかし、あれは高速で顔を回すため目が回るゆえ、次で最後でござるよ?」


「うん! 分かったー!」

「うん! 分かったぁ!」


「ふむ、しからば……奥義・柴ドリル!」


「わーい! 本当にドリルみたーい!」

「わぁい! 本当にドリルみたぁい!」

 

 ……あんまり、特筆することもなさそうな、なごやかなやりとりを繰り広げていたのだった。

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