第112話 どっちかな?
直翅目たちの活躍によって、モロコシは無事に救出された。
そして……
「モロコシ! 研究室の中の物を勝手に触ったりしたら、駄目だろ!」
「ぐすっ……ごめんなさい……殿下……」
「それに、そもそも、なんで研究室にいるんだよ!?」
「うぅっ……だって……」
……耳を後ろに反らして尻尾をバシバシと縦に振るシーマ十四世殿下に、渾身のお説教を食らっていた。
耳を伏せて涙目になるモロコシを見かねて、魔王はシーマの肩をポンポンとなでた。
「ま、まあまあ、シーマ。今回は、俺が研究室の鍵を開けっぱなしにしちゃってたのもいけなかったんだし……」
魔王が声をかけると、シーマは振り返り鋭い目付きを向けた。
「本当だよ! ちゃんと鍵をかけないから、こんな事態になったんだぞ、このバカ兄貴!」
「そうだな……面目ない……」
相変わらず尻尾をバシバシと縦に振るシーマに叱られ、魔王はションボリとした表情で肩を落とした。そんな中、今度ははつ江がシーマの肩をポンポンとなでた。
「まあまあシマちゃんや、二人とも反省してるんだから。そのくらいに、しておあげ」
はつ江の言葉に、シーマは腕を組んで尻尾の先をピコピコと動かした。
「まあ、はつ江がそう言うなら……」
シーマの返事を聞くと、はつ江はニコリと微笑み、魔王の方へ顔を向けた。
「ヤギさんや、子供は大人が思ってもみない行動をするもんだから、危ない場所や入られたら困る場所には、ちゃんと鍵をかけておこうね」
「ああ……今後は気をつけるよ……」
魔王が返事をすると、はつ江はコクリと頷いて、今度はモロコシに顔を向けた。
「モロコシちゃんも、何かおかしいと思ったらすぐに大人に連絡しないとだめだぁよ」
「……ぐすっ……うん……」
モロコシが涙を拭いながら返事をすると、はつ江はニッコリと微笑んでポフポフと頭をなでた。その様子を見て、シーマは腕を組みながら、深いため息をついた。
「それで、モロコシ、なんで客間に行くはずなのに、研究室に来ちゃったんだ?」
シーマが尋ねると、モロコシは涙を拭いながら尻尾の先をピコピコと動かした。
「だって……殿下に右に行けって言われたから……」
モロコシが答えると、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げた。
「えーと、モロコシ……こっちは、左だぞ?」
シーマが問いかけると、モロコシは目を見開いて驚いた。
「え!?」
「……え?」
シーマはそんなモロコシの反応を受けて、困惑した表情で首を傾げた。二人が困惑した表情で見つめ合っていると、見かねた魔王が、コホン、と咳払いをした。
「あー、えーと、モロコシ君……右手はどっちかな?」
魔王が尋ねると、モロコシはキョトンとした表情で首を傾げた。そして……
「右手は、こっちの手だよね? だって、学校で先生が、右手はお箸を持つ方です、って言ってたよ?」
そう言いながらモロコシは、ピンクの肉球がついたフカフカの左手をグーパーした。その様子を見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「あー……モロコシ、ごめん。今回のは、よく確認しなかったボクが悪かった……そっちの手はな、左手なんだ」
「えぇ!? そうだったの!?」
シーマの言葉を受けて、モロコシは跳びはねて驚いた。その様子を見て、魔王は口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「たしかに、魔界には右利きさんが多いから、そうやって教える教員も多いな……しかし、今回のことをかんがみるともっと違う教え方をするように指導要領を改訂しないと……いや、しかし、北を向いたときに東に当たる方向、と言っても、ちっちゃな子たちに伝わるだろうか……」
魔王がブツブツと独り言を呟くと、はつ江も腕を組みながら首を捻った。
「うーん、そういや娘と孫も、右と左を覚えるのに苦労してたねぇ……」
「みーみみーみ」
はつ江の言葉に、ミミもコクコクと頷いた。すると、ミミの頭の上でミズタマがカクカクと首を動かした。
「俺は、母ちゃんから、前肢の爪が二つに分かれてる方が右って教わったなぁ……」
「アタクシは、お母様から、触角がほんの少し長い方が右と教わりましたわ」
「麻呂は、前肢の脛節に生えたトゲが一本多い方が右と教わったでおじゃるよ!」
ミズタマに続いてヴィヴィアンとカトリーヌがそう言うと、モロコシはニッコリと笑った。
「そっか! そっちなんだね! それなら、もう間違えないよ! みんなありがとう!」
「おう! 分かってくれたならよかったぜ!」
「モロコシ様のお役に立てたのなら、何よりですわ!」
「うむ! もう間違えるでないぞ、モロコシ!」
モロコシと直翅目たちがワイワイしている姿を見て、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「モロコシちゃんが、右と左を分かるようになって、よかっただぁよ」
ニコニコとするはつ江の横で、シーマは再びヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「ああ、まあ、それは本当によかったけど……ミミ、今の説明でどっちが右か分かったか?」
「み、みみーみー……」
シーマの問いかけに、ミミはフルフルと首を振った。その反応を受け、シーマは深いため息を吐いた。
「そう、だよなぁ……」
シーマが落胆気味にそう言うと、魔王は口元に指を当てて、ふぅむ、と声を漏らした。
「まあ、直翅目学会の面々は、その定義に賛成してくれそうだが……たしかに、一般的ではないか。簡単な言葉の説明ほど、難しいことはないな……ふぅむ、どうしたものか……」
魔王はそう呟くと、眉間にシワを寄せ、右、の分かりやすい定義について、真剣に悩み始めた。そんな様子を見て、はつ江はニッコリと笑うと、ポンポンと手を叩いた。
「そんじゃあ、右と左の分かりやすい説明はまた後で考えることにして、今はさきにトリモチのお片付けをするだぁよ」
魔王ははつ江の声に我に返ると、薄まったトリモチ塗れになった研究室の床に目を向けた。
「そうだな……間違って『全自動集塵魔導機祝祭舞曲・改』が吸い込みでもしたら故障するだろうし、今のうちに片付けておこうか」
魔王はそう言うと、指をパチリと鳴らして魔法陣を浮かび上がらせた。そして、その中に手を入れ、人数分のワイパーを取り出した。
「すまないが、みんなも手伝ってもらえ……」
「その必要はないわ!」
掃除を始めようとした魔王の言葉を、後方から響いた声が遮った。
一同が振り返るとそこには、ベージュのズボンに赤いチョッキ、そして……
「バッタ仮面ブラック! ここに参上よ!」
……黒いアリのようなバッタの覆面を被った人物が、毛羽だった黒い尻尾をピンと立てて、空手の型のようなポーズを決めていた。
そんなバッタ仮面ブラックの唐突な登場により……
「ほうほう、バッタ仮面さんのお友達だぁね」
はつ江は、感心したようにコクコクと頷き……
「わぁ! かっこいい!」
「みー! みみみみー!」
モロコシとミミは、ピョコピョコと跳びはねながら喜び……
「え……友愛……じゃなかった、マダ……って言うのも今は駄目か……えーと、えーと……」
魔王は、ほんのりと焦り……
「おい、お前ら、アイツは知り合いか?」
「麻呂は知らないでおじゃるよ、ヴィヴィアンはどうでおじゃるか?」
「え、お館さま……いえ、でも……」
直翅目一同は困惑し……
「……またか」
……シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして、深いため息を吐いた。
かくして、モロコシが左利きという衝撃の事実が発覚したり、バッタ仮面シリーズの新キャラクターが登場したりしながらも、研究室の床に広がった「粘るんデス」の片付けが始まるのだった。
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