第114話 いいんじゃないかな?

 突如として現れたマダム・クロ、もといバッタ仮面ブラックの活躍により、地下研究室の片付けは無事に完了した。


「さてさて、じゃあアタシはこの辺で、おいとましようかしらね」


 バッタ仮面ブラックは、魔法陣の中にヒンガシモチツツキの大群を吸い込みながらそう言った。すると、魔王がコクリと頷いた。


「友……じゃなくて、マダ……でもなく、バッタ仮面ブラックさん、ありがとうございました。さあ! 良い子のみんな、バッタ仮面ブラックさんにさよならを言おう!」


 魔王が高らかにそう言うと、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「わー、バッタ仮面ブラックさん、さようならー」

「バッタ仮面ぶらっくさんや、またね!」

「バッタ仮面ブラックさん! さよーならー!」

「みみーみみー!」

「バッタ仮面ブラック様、さようなら」

「オウジアリモドキの仮面よ、さらばでおじゃる!」

「またなー!」


 良い子のみんなの挨拶を受けて、バッタ仮面ブラックは仮面の下でニコリと微笑んだ。そして、硬い肉球のついた手をポフリと叩くと、黒い霧となってどこかへ消えていった。その様子を見て、魔王は再びコクリと頷いた。


「うん、じゃあそういうことで、ご飯の支度にもどろうか」


 魔王の言葉に、シーマは力なくため息を吐いた。


「ああ、そうだな……」


「そうだぁね! ご飯がすんだら、またお手伝いを考えないとね!」


 脱力するシーマに続いて、はつ江が元気いっぱいにそう言った。すると、ヴィヴィアンが気まずそうに首をカクカクと動かした。


「いえ……はつ江様、勝負はもうつきましたわ……」


 ヴィヴィアンの言葉に、はつ江はキョトンとした表情で首を傾げた。


「あれまぁよ、そうなのかい?」


「ええ、そうですわ」


 ヴィヴィアンは返事をすると、カトリーヌに顔を向けた。


「この勝負、カトリーヌさんの勝ちでございすますわ!」


「な、何を言うのでおじゃるか!?」


 ヴィヴィアンの発言を受け、カトリーヌはピョインと跳びはねた。


「だって、カトリーヌさんがいなければ、モロコシ様を助けることはかないませんでしたから……今回は、悔しくはありますが、カトリーヌさんの!」


「そんなことないのでおじゃる! 麻呂のほうこそ、ヴィヴィアンが扉をつきやぶらなければ、何も手出しができなかったのでおじゃるよ……だから、悔しいでおじゃるが、この勝負はヴィヴィアンの勝ちでおじゃる!」


「カトリーヌさん、何を馬鹿なことを言うんですの!? カトリーヌさんの勝ちですわ!」


「ヴィヴィアンこそ、何をたわけたことを抜かしているのでおじゃるか!? ヴィヴィアンの勝ちったら勝ちでおじゃる!」


 直翅目乙女たちは、今までとは真逆の方向性でイザコザし始めた。一同がハラハラ見守る中、ミズタマがパサリと翅を動かした。


「はぁー、やっぱりムラサキダンダラオオイナゴとウスベニクジャクバッタはすげーよな……、俺なんか全然役にたってなかったし……」


 ミズタマがため息まじりにそう呟くと、ヴィヴィアンとカトリーヌが一斉に顔を向けた。その途端、ミズタマはピョインと跳びはねた。


「な、なんだよ!? 何か文句あるのかよ!?」


「文句だなんてとんでもないですわ、ミズタマさん! 功績度合いでいえば、貴方が一番なのですわよ!」


「そうでおじゃるよ! ミズタマがいなければ、モロコシの居場所がすぐには分からなかったのでおじゃるよ!」


「そ、そうか……」


 女子たちの言葉を受けて、ミズタマは照れくさそうに首をカクカクと動かした。直翅目たちのやり取りを見て、シーマは尻尾の先をピコピコと動かした。


「じゃあ、今回は引き分けってことで、いいんじゃないかな?」


 シーマがそう言うと、モロコシがニッコリと笑ってピョコンと跳びはねた。


「うん! さんせー! だから、今度みんなで一緒におでかけしようよ!」


 モロコシの言葉を受けて、直翅目たちは一斉にピョインと跳びはねた。


「そうですわね!」

「うむ! そうするでおじゃるか!」

「おう、そうだな!」


 直翅目たちの返事を受けて、モロコシは耳と尻尾をピンと立てて、うん、と頷いた。


「それから、殿下も、はつ江おばあちゃんも、ミミちゃんも、魔王さまも、五郎左衛門さんも……みんな、みんな一緒!」


 モロコシが楽しそうにピョコピョコと跳びはねると、はつ江はニッコリと笑った。そして、モロコシの頭をポフポフと撫でた。


「そうだねぇ、それじゃあ、皆に美味しいお弁当をたぁんとつくらないとねぇ」


「本当!? やったー!」


「みっみー!」


 はつ江の言葉を受けて、モロコシとミミが嬉しそうにピョコピョコと跳ね出した。その姿を見て、シーマは不安げに魔王を見上げた。


「兄貴……はつ江は、いつまでこっちにいるんだ?」


「ん? あ、ああ。リッチーが帰って来るまでだから……来週いっぱいは、こっちにいてもらう予定だ」


 魔王の答えを聞くと、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。


「そうか! それなら、来週の週末なら、全員で遊びに行けるな!」


「あ、ああ。そうだな」


 魔王が答えると、シーマはニッコリと笑った。


「よーし! じゃあ、みんなでお昼ご飯を食べながら、お出かけのスケジュールを決めるぞ!」


 シーマがそう声をかけると、一同は同時にコクリと頷いた。


「うんうん、賛成だぁよ!」

「さんせーい!」

「みみみー!」

「では、アタクシは親方様に、勤務シフトの調整を依頼しておきますわ」

「麻呂も館長に、外出許可をもらうのでおじゃるよ!」

「バービー姐さんには、来週もミミのことは任せろ、って言わないとな」


 それから、一同はそれぞれの行きたい場所を口にしながら、中庭を目指して階段を上っていった。ただ一人、魔王を除いて。


「もしも、予定が変更になった、とか言い出したら……シーマ、怒るよなぁ……」


 魔王は淋しそうな表情を浮かべて、ため息まじりにそう呟いた。


「兄貴ー! 何モタモタしてるんだ!? 置いていくぞ!」


「あ、す、すまない! 今行くから!」


 それから、階上から響くシーマの声を受けて、魔王も階段を上がっていった。


 かくして、若干の不安を残しながらも、仔猫殿下と、はつ江ばあさんと、猫とバッタとネズミたちと、柴犬と、ときどき魔王の休日は、過ぎていったのであった。

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