第111話 調整してくれたのかな?
シーマ十四世殿下一行は、危機的状況に陥ってしまったモロコシの元へ向かうため、ミズタマを先頭に魔王城の廊下を走っていた。
一行が中庭にさしかかると、五郎左衛門、忠一忠二、ヴィヴィアン、カトリーヌがキョトンとした表情で首を傾げた。
「皆様、そのように血相を変えて、いかがなさったのでござるか?」
「みんな、どーしたのー?」
「みんな、どぉしたのぉ?」
五郎左衛門と忠一忠二が尋ねると、一行は足を止めた。
「そ、それが、モロコシが地下研究室に入っちゃったかもしれなくて……」
「危ない目にあってるかもしれねぇだぁよ!」
「みみー! みみみみー!」
シーマ、はつ江、ミミが事情を説明すると、五郎左衛門と忠一有事は円らな目を見開き、ヴィヴィアンとカトリーヌは翅をパサリと動かした。
「で、殿下、それは本当でして!?」
「シマネコ! よもや笑えぬ冗談を言っているのではあるまいな!?」
「こんな、悪趣味な冗談なんか言うわけないだろ!」
シーマが耳を後ろに反らして尻尾を縦に大きく振ると、ヴィヴィアンとカトリーヌは再び翅をパサリと動かした。
「それなら、アタクシたちも助太刀いたしますわ! ね、カトリーヌさん!」
「うむ! あたりまえでおじゃる! 行くでおじゃるよ、ヴィヴィアン!」
二人の言葉を聞き、シーマ、はつ江、魔王、ミミは安心したように微笑んだ。
「ありがとう、二人がいると助かるよ」
「ベベちゃんとカトちゃんも来てくれるんなら、百人力だぁよ!」
「みみみー!」
シーマ、はつ江、ミミがそう言うと、ヴィヴィアンとカトリーヌは得意げにピョインと跳びはねた。その様子を見た魔王は、コクリと頷いてから五郎左衛門に顔を向けた。
「それじゃあ、私たちは地下へ向かうから、柴崎君たちは友あ……じゃなくて、マダムを呼んできてくれ」
「陛下、承知つかまつりましたでござる!」
「魔王さま、りょうかーい!」
「魔王さま、りょうかぁい!」
魔王に声をかけられた五郎左衛門と忠一忠二は、返事をすると応接室に向かって駆け出した。
「オレたちも早く行こうぜ!」
「ええ、そうですわね! ミズタマさん!」
「ミズタマ! 早く案内するでおじゃる!」
地下研究所へ向かう組も、ミズタマの声を機に、再び廊下をかけていった。
そして、一行は地下研究室の扉の前に辿り着いたのだが……
「兄貴、どうなってるんだ!? この扉全然開かないぞ!」
「本当にびくともしねぇだぁよ!」
「みーみみー!」
……シーマ、はつ江、ミミがノブを力一杯引っ張っているのに、扉は開く気配すらない。魔王はその後ろで、顔の前に浮かべた複雑な魔法陣を睨みつけている。
「施錠はされていない、ということは、やはりアレが……でも、扉を破るにも、変に魔法を使って中の薬品に悪影響がでてもいけないし……」
魔王が頭を抱えながら独り言を呟くと、ヴィヴィアンがピョインと跳びはねた。
「魔王さま、魔法が危険なら物理攻撃ならよくって?」
「ん? あ、ああ。物理攻撃なら、まだ安全かもしれない、が……」
「かしこまりましたわ! 皆様、ちょっとおどきになって!」
魔王の返事を全て聞かないうちに、ヴィヴィアンはそう言い放って身を屈め、シーマたちはドアから離れた。
「あ、ヴィヴィヴァンさん、ちょっと待っ……」
魔王が咄嗟に止めようとしたが、ヴィヴィアンはそのまま跳び上がり……
「ふんっ!!」
……こぶしの利いたかけ声と共に、ドーンと鉄の扉を突き破った。
「やった!」
「これで、中に入れるだぁね!」
「みみみー!」
「うむ! よくやったでおじゃる!」
「やったぜ!」
「アタクシにかかれば、このくらい……きゃぁっ!?」
こうして、一同からの歓声を受けたヴィヴィアンだったが、床に着地すると同時に短く悲鳴を上げた。一同が悲鳴に驚きながら目をこらすと……
「な、なんですのこれは!」
……ヴィヴィアンは、床に広がった黒と黄色のまだら模様に脚を絡め取られていた。
「あ、ヴィヴィアンさん、みんなー!」
ヴィヴィアンを含めた一同が驚愕していると、部屋の奥からモロコシの声が響いた。一同が顔を向けると、そこには、黒と黄色のまだら模様がジワジワとよじ登っている棚にしがみつく、涙目のモロコシの姿があった。
「モロコシ様! 無事でしたのね! ならばアタクシがいますぐ……ふんっ! ふんっ!」
ヴィヴィヴァンは跳び上がろうとしたが、脚が床からまったく離れない。
「あれまぁよ! べべちゃんはどうしちまったんだい!?」
「兄貴、あの黒と黄色のまだら模様は一体なんなんだ!?」
はつ江とシーマが焦りながら問いかけると、魔王はバツが悪そうな顔で頬を掻いた。
「あー、えーと、不審者対策用に作った相手を無力化する水溶性トリモチ、『粘るんデス』なんだが……」
「なんなんだよ、そのどこかのレンズ付フィルムみたいな名称のトリモチは!?」
「ベベちゃんが捕まっちゃってるけど、大丈夫なのかい!?」
「みみみー!?」
シーマ、はつ江、ミミが更に矢継ぎ早に問いかけると、魔王は申し訳なさそうに肩をすぼめた。
「あー、えーと、まだ実験段階だから相手を捕獲する機能しかないが……多分、ケットシー族やクーシー族みたいにフカフカした子が引っかかっちゃうと、毛がベッタベタになってすごく不快になると思う……」
魔王が答えると、シーマとミミは尻尾の毛を逆立てて身震いをした。
「そ、それは、すごく嫌だな……」
「み、みみみー……」
シーマとミミが怯えていると、カトリーヌがピョンピョンと跳びはねた。
「王よ! さきほど、あのトリモチは、水溶性と言ったでおじゃるか!?」
「ん? あ、ああ。そうだが……」
「それなら、麻呂にまかせるでおじゃる!」
魔王の答えを聞いたカトリーヌは、ピョインと跳びはねると翅をブーンと羽ばたかせて宙を舞った。そして、虹色の魔法陣を描き……
「っしゃぁおらぁぁぁぁぁ!」
……またしても、あまり貴族っぽくない渾身のかけ声を放った。
すると、魔法陣は光り輝き、黄色と黒のまだら模様は、色褪せながら膨らんでいった。
「あれまぁよ! ベタベタが大きくなってるけど、大丈夫かね!?」
はつ江が慌てて問いかけると、シーマは片耳をパタパタと動かしかしながら腕を組んだ。
「あ、ああ。多分、カトリーヌのことだから、『粘るんデス』の水分を調整してくれた、のかな?」
シーマが自信なさそうにそう言うと、魔王が再び魔法陣を覗き込んだ。
「……うむ、シーマの言うとおり、『粘るんデス』の成分はかなり薄まっているな。これなら、ちょっとベタっとするけど、濡れタオルで拭けばどうにかなるくらいの粘度だと思う」
魔王がそう言うと、「粘るんデス」に捕らえられていたヴィヴィアンが、ピョインと跳びはねた。
「カトリーヌさん、ありがとうございます! おかげで助かりましたわ!」
ヴィヴィアンの言葉を受けて、今度はカトリーヌがピョインと跳びはねた。
「礼はよいのでおじゃるよ! それよりもヴィヴィアン、モロコシを安全にあの棚からおろせるのは、お主しかいないから、頼んだでおじゃるよ!」
「承知いたしましたわ!」
ヴィヴィアンは返事をすると、ブーンと翅を羽ばたかせて跳び上がり、前肢をパタパタと動かして纏わり付いていた「粘るんデス」を綺麗に振り払った。そして、部屋の奥にある棚まで飛んでいき……
「さあ、モロコシ様、これでもう安心ですわよ」
「うん! ヴィヴィアンさん、ありがとう!」
「ふふふふ、今回はアタクシの力だけではどうにもなりませんでしたわ。ですから、カトリーヌさんとミズタマさんも労ってあげてくださいませ」
「うん! もちろんだよ!」
モロコシが返事をすると、ヴィヴィアンは満足げに首をカクカク動かした。その様子を見た一同は、一斉に安堵のため息を吐いた。
「今回ばかりはかなり焦ったけど、モロコシが無事で本当によかったよ……」
「そうだぁね……」
「みみみー……」
「ああ、そうだな……」
シーマ、はつ江、ミミ、魔王がそう言葉をもらす中、モロコシはヴィヴィアンに抱えられながら、一同の元へ戻ってきた。
かくして、いつになく危機的状況に陥っていたモロコシだったが、直翅目乙女たちの活躍により、無事ベッタベタにならずに済んだのだった。
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