第110話 まちがえちゃったのかな?

 シーマ十四世殿下一行と別れ、応接室に向かったモロコシだったが……


「あれ? 殿下、上りの階段があるって言ってたのに、下りの階段しかないや」


 ……廊下を逆方向に曲がってしまい、階段の前で首を傾げていた。


「殿下、まちがえちゃったのかな?」


 モロコシはそう呟きながら、階段を下ってしまった。階段を下りきると、目の前には鉄製の扉が現れた。モロコシは扉の前で足を止めると、ポフポフと扉を叩いた。


「魔王さまー! クロさーん! もうすぐお昼ご飯だよー!」


 しかし、扉の中から返事はない。モロコシは首を傾げると、もう一度扉をポフポフと叩いた。


「魔王さまー! クロさーん!」


 相変わらず、返事はない。


「うーん、聞こえてないのかな?」


 モロコシはそう言うと、背伸びをして扉のノブに手をかけた。

 本来なら、扉は魔術で硬く施錠されている。


「あ、開いた!」


 しかし、本日は未明まで魔王が作業をしていて、施錠されていなかった。

 それでも、本来ならば、部外者が立ち入った途端に、警報が鳴るようになっている。


「お邪魔しまーす! 魔王さまー! クロさーん! ご飯だよー!」


 しかし、残念なことに二日前に「限りなく黒色ブラックに近い灰色グレー」たちを招き入れたため、警報装置のスイッチも切られていた。

 そんなわけで、モロコシが足を踏みいれると、警報が鳴ることもなく明かりが点いた。モロコシはパチパチとまばたきをして、辺りを見渡した。

 部屋の中央には作業台があり、辺りは薬品や器具がしまわれた棚に囲まれている。


「あれー? 二人とも、いないのかなぁ……」


 モロコシが首を傾げていると、部屋の奥からなにやらカツンカツンという音が聞こえてきた。モロコシはその音に気づくと、耳と尻尾をピンと立てた。


「二人とも、あっちにいるんだ!」


 モロコシは、タタタッと音のする方へ駆けていった。そして、部屋の奥にあった古びた机の前で足を止めた。机の上では、金色の小さな箱が跳びはね、カツンカツンと音を鳴らしている。


「魔王さまとクロさんじゃなかったのかぁ……でも、これ何だろう?」


 モロコシは、尻尾の先をクニャリと曲げながら首を傾げた。そして……



「そうだ! 跳びはねてるから、中にバッタさんが閉じ込められてるのかも! なら、出してあげなきゃ!」



 ……考え得る限りで、最悪の判断をしてしまった。

 しかし、危ないことするなと咎めるシーマも、そっと危険から遠ざけるはつ江も側にいない。


「バッタさん! 今出してあげるからね!」


 モロコシはそう言いながら、金色の小箱を手に取った。

 その途端、小箱はモロコシの掌で跳びはね、カシャンと音を立てて、床に落ちた。


「わっ!? どうしよう落としちゃった……」


 モロコシがオロオロしているうちに、小箱にはヒビが入り……


「……ん? なんかでてき……わぁっ!?」



 黒と黄色のまだら模様をした流動体が、もの凄い勢いであふれだした。



「うわぁぁっ!?」


 モロコシは慌てて近くにあった棚の上に登った。そうしているうちにも、黒と黄色のまだら模様はどんどんと床に広がっていく。


「ど、どうしよう……」


 モロコシは、耳をぺたりと伏せて尻尾の毛を逆立たせながら、床に広がっていく黒と黄色のまだら模様を眺めた。


「そ、そうだ! 殿下に貸してもらった、マスコット……あれ?」


 モロコシはシーマから渡されたマスコットを探してポケットに手を入れたが、それらしき感触がない。


「どこにいっちゃったんだろう……」


 モロコシはキョロキョロと辺りを見渡した。すると、黒と黄色のまだら模様の中に、マスコットが落ちているのを見つけた。


「あ! あんなところに落ちちゃってる……どうしよう……」


 モロコシが涙目になりながら見つめていると、マスコットは黒と黄色のまだら模様に飲み込まれていった。


 モロコシが絶体絶命の緊迫した事態に陥っている頃、魔王城の台所では相変わらずのほほんとした時間が流れていた。


「ばあさん! 食材はこんな感じで串に刺せばいいのか!?」


「みみぃ?」


 ミズタマとミミが鉄串に刺した食材を指しながら声をかけると、はつ江はピーマンを切る手を止めて顔を向けた。


「どれどれ……うん! 二人とも、とっても上手だぁよ!」


「やったぜ!」


「みっみー!」


 はつ江に褒められて、二人はピョコピョコと跳びはねながら喜んだ。そうしていると、不意に扉が開いた。

 三人が顔を向けると、気の抜けた表情をした魔王が姿を現した。


「はつ江ー、キッチンにお茶っ葉って……あ、ミ、ミミちゃん、い、らっしゃい!」


「みみーみ」


 挙動不審になる魔王を前に、ミミはペコリとお辞儀をした。はつ江はそんな二人を見てからニコリと笑った。


「ヤギさんや、お疲れ様。もうすぐお昼の準備ができるだぁよ」


「ん? そうか、もうそんな時間だったのか……」


 魔王がそう言うと、はつ江とミミはキョトンとした表情で首を傾げた。


「あれまぁよ、モロコシちゃんに呼ばれて来たんじゃなかったのかい?」


「みーみー?」


 二人の問いに、今度は魔王がキョトンとした表情で首を傾げた。


「モロコシ君? いや、応接室には来ていなかったが……」


「あれまぁよ!?」


「みみー!?」


 二人が驚くと、魔王もつられて目を見開いた。


「え、モロコシ君が、応接室に、俺たちを、呼びに来ることに、なってたのか?」


 魔王が単語を区切り区切り発音しながら確認すると、はつ江とミミはコクコクと頷き、ミズタマもピョンピョンと跳びはねた。


「そんな、それじゃあ、モロコシ君は一体どこへ……」


 魔王が緊迫した表情を浮かべて呟くと、再び扉が開き今度はシーマが顔を出した。


「はつ江、かまどの準備が落ち着いて来たから、そっちを手つだ……あれ、兄貴、モロコシは一緒じゃないのか?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、魔王はオロオロとした表情を浮かべた。


「いや、それが、応接室には、来ていなくて……」


 魔王が途切れ途切れに説明すると、シーマは尻尾毛を逆立てた。


「何だって!? でも、通信機には連絡が来てないし……」


 魔王に続いて、シーマも黒目を大きくして、オロオロとした表情を浮かべた。すると、はつ江がミズタマに顔を向けた。


「水玉ちゃんや、あのおててのぬいぐるみについてた輪っか、どこにあるか、分かったりしないかい?」


 はつ江が真剣な表情で尋ねると、ミズタマが調理台の上でピョインと跳びはねた。


「おう! ばあさん、ちょっと待っててくれ!」


 ミズタマはそう言うと、触角と後脚をピンと伸ばして、翅を細かく震わせた。それからしばし間を置いて、ミズタマはピョインと跳びはねた。


「待たせたな! あのマスコットは、今、地下の方にあるみたいだぜ!」


 ミズタマの言葉を受けて、シーマは眉間にシワを寄せて尻尾の先をクニャリと曲げた。


「地下、となると、地下ダンジョンか研究室……でも、ダンジョンが開いた気配はしなかったから、研究室か。でも、あそこはいつも厳重に施錠してあるから……」


 シーマがそう呟くと、魔王の顔から血の気がさーっと引いていった。魔王の顔色を見て、はつ江は目を見開いた。


「あれまぁよ! ヤギさんや、顔が真っ青だけど大丈夫かい!?」


「みーみみみー?」


 はつ江とミミが尋ねると、魔王は唇を震わせながら開いた。


「ひょっとしたら、徹夜で作業してたから、鍵開けっぱなしだったかもしれない……」


 魔王がそう呟くと、シーマは尻尾の毛をさらに逆立てた。


「あ、兄貴!! それは、本当なのか!?」


「いや、それが、ちょっと意識が朦朧としてたから、定かじゃなくて。厄介な実験をしてたから、もしも開いてたりしたら……」


 魔王が口ごもると、シーマはどんどんと不安げな表情になっていった。そんな二人の様子を見て、はつ江はいつになく真剣な表情を浮かべた。


「水玉ちゃんや」


「お、おう、何だばあさん?」


「モロコシちゃんがいそうなところまで、私たちを案内してくれるかね?」


「おう! 任せてくれ!」


 ミズタマが返事をすると、はつ江は凜々しい表情でコクリと頷いた。


「みんな、モロコシちゃんのところまで、急ぐだぁよ!」

「お前ら、行くぜ!」


「ああ、行こう!」

「うむ、そうだな!」

「みみみ!」


 はつ江とミズタマのかけ声に、シーマ、魔王、ミミが声を揃えて返事をした。

 かくして、いつになくバイオなハザードっぽい展開を迎えながら、モロコシ救出作戦が急遽幕を開けたのだった。

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