第102話 どうしようかな……

 シーマ十四世殿下は知り合いの直翅目たちを集め、「ばったりんがる!」の動作テストをすることになった。しかし……


「大体、貴女、モロコシ様を呼び捨てにするなんて、馴れ馴れしいですわよ!」


「ふん! おぬしの方こそ、移動にかこつけてモロコシにベッタリとくっつきおって! ずうずうしいでおじゃる!」


「二人とも、ケンカしないでー」


 ……ムラサキダンダラオオイナゴのヴィヴィアンと、ウスベニクジャクバッタのカトリーヌが口げんかを始め、モロコシが涙目になりながらそれを止めるという修羅場が発生していた。

 そんな三人の模様を見たシーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「とりあえず、モロコシが違和感なく会話してるってことは、翻訳機能に間違いはないみたいだけど……」


「みみー……」


 シーマが呟くと、ミミもジトッとした目をモロコシたちに向けながら、コクリと頷いた。一方、 はつ江とクロは穏やかな表情を浮かべて、コクコクと頷いた。


「ほうほう、モロコシちゃんはモテモテなんだねぇ」


「あらあら、青春ねー」


 そんなご婦人(?)たちの発言を受けて、五郎左衛門がガックリと肩を落とす。


「お二人とも、あまり呑気なことを言っている場合ではないと思うのでござるよ……」


 早くも混沌が訪れる中、クロの肩に乗った忠一と忠二が、ミミが抱える虫かごをジッと見つめた。


「ミズタマ、なんとかしてー!」

「ミズタマ、なんとかしてぇ!」


 二人からキラーパスを受けたミズタマシロガネクイバッタのミズタマは、虫かごの中でピョコンと跳びはねた。


「お、お前ら、急に話をふるなよ! ムラサキダンダラオオイナゴとウスベニクジャクバッタのケンカに、非力なミズタマシロガネクイバッタが割って入っていけるわけねーだろ!」


 虫かごの近くに浮いた「ばったりんがる!」からは、ミズタマの悲痛な叫びが響いた。ミズタマの発言を受け、クロがクスリと笑った。


「たしかに、ミズタマシロガネクイバッタに戦闘云々は向かないものね。さて、私は魔王陛下にご挨拶に参りたいのだけど、殿下、お城の中に入ってもいいかしら?」


 クロに声をかけられたシーマは、ヴィヴィアンとカトリーヌの口げんかから目を反らし、クロに顔を向けた。


「あ、ああ。すまない、今、案内するよ。それとも、ここまで呼んでこようか?」


「そんなら、私が呼んでくるだぁよ」


 シーマとはつ江がそう言うと、クロは、うふふ、と微笑んだ。

 

「それには、及ばないわ。お城の中はよく知っているもの。それよりも、忠一と忠二を預かっていただけるかしら?」


「分かっただぁよ! 忠一ちゃん、忠二ちゃん、こっちにおいで!」


 クロの問いかけにはつ江は元気よく答えた。すると、忠一と忠二は顔を合わせてから、同時にコクリと頷き、クロの肩から、タタタッと駆け下りた。それから、はつ江の背中にぴょんと飛びつくと、タタタッとはつ江の肩まで駆け上った。


「ばーちゃん、よろしくねー!」

「ばぁちゃん、よろしくねぇ!」


「わははは! こちらこそ、よろしくだぁよ!」


 はつ江は右肩に忠一、左肩に忠二を乗せながら、カラカラと笑った。一方、元気いっぱいのはつ江と忠一忠二とは対照的に、シーマは怪訝な表情で尻尾の先をクニャリと曲げていた。


「城の中をよく知っている?」


「ええ。そうね、二昔くらい前と言えばいいのかしら……ともかく、以前ここに勤めていたことがあるから、詳しいのよ」


「そう、なのか」


 クロが笑顔で答えると、シーマは釈然としない表情を浮かべながらも、コクリと頷いた。


「ともかく、謁見の間で呼びかければ、声は届くはずだから……もしも、出てこないようならボクを呼んでくれ、自室から引っ張り出してくるから」


「うふふ、ありがとうございます、殿下。それでは、アタシはこれで」


 クロはそう言うと、玄関の扉を開けて城の中へ入っていった。クロの後ろ姿を見送りながら、はつ江は、ほうほう、と声を漏らして頷いた。


「クロさんは、昔お城で働いてたんだねぇ」


「知らなかったー」

「知らなかったぁ」


 はつ江と忠一忠二がそう言うと、シーマが再び尻尾の先をクニャリと曲げた。


「お城でクロさんに会ったことはないから、ボクが生まれる前の話なんだろうけど……そうすると、何歳なんだあの人?」


 シーマはデリケートな疑問を口に出しながら、何気なくモロコシたちの方に顔を向けた。



「……大体おぬし、『アタクシ』やら、『ですわ』やら、令嬢気取りでおじゃるか? それなら流行に乗って、婚約破棄されたり、色事には興味ないというていをしながら農業やら、錬金術やら、店の経営やらにいそしんだりしていつのまにか周囲のおのこからチヤホヤされていればいいのでおじゃるよ!」


「貴女の方こそ、『麻呂』やら、『おじゃる』やら、貴族気取りが鼻につきますわ! それならいっそのこと、異界の住宅地に転移して、ちょっとクセのある住人たちと和気あいあいと過ごしながら、時々現れるちょっと抜けたところのある三人の取り立て屋をのらりくらりと追い返していればいいのではなくて!?」


「二人とも、落ち着いてよー……」


「お二人とも、あまり具体的なたとえで口げんかをするのは、色々とどうかと思うのでござるよ……」


「みー! みみー!」


「あ、あの、お前ら……ほら、ミミも困ってるから、ケンカは止めた方が……」



 そして、相変わらずのカオスを繰り広げる面々を目にし、ヒゲと尻尾をダラと垂らして脱力した。


「ともかく、この状況をどうしようかな……」


 シーマが脱力していると、はつ江がうーんと唸りながら、首を傾げた。


「モロコシちゃんも困っているしねぇ……」


 シーマとはつ江が困惑していると、忠一と忠二が尻尾をピンと立てた。


「こうなったら、決闘だー!」

「こうなったら、決闘だぁ!」


 忠一と忠二がはやし立てると、ヴィヴィアンとカトリーヌは口げんかを止めた。そして、忠一と忠二に顔を向けてから、再び顔を見合わせて、コクリと頷いた。


「やはり、こうなったら拳で決着をつけるしかありませんわね!」


「ほほう? おぬし、麻呂に勝つ気でおじゃるか? おもしろい!」


 ヴィヴィアンとカトリーヌがお互い威嚇のポーズを取った、まさにそのとき!



「二人とも! いい加減にしてよ!」



 モロコシが涙目になりながら、耳を後ろに反らし、尻尾の毛を逆立てて声を張り上げた。モロコシに怒鳴られたヴィヴィアンとカトリーヌは、同時にピョコンと跳びはねた。


「決闘なんてしたら危ないし、ケガしちゃうかもしれないでしょ!」


 モロコシに叱りつけられ、ヴィヴィアンとカトリーヌはおずおずと威嚇のポーズを解いた。


「しかし、モロコシ様……」

「モロコシ、そうは言ってもなのでおじゃる……」


 ヴィヴィアンとカトリーヌは反論をしようとしたが、耳を後ろに反らした涙目のモロコシに見つめられ、もごもごと口ごもった。その様子を見たシーマは、腕を組みながら片耳をパタパタと動かした。


「うーん、本当に、どうしようかな、この状況……」


「モロコシちゃんの言うとおり、ケガしちゃうようなケンカはだめだぁよ」


「まあ、そうだよな。ケンカをさせるために、ここに呼んだわけじゃないんだし。でも、ヴィヴィアンとカトリーヌはことあるごとにイザコザしそうだしなぁ……」


 シーマとはつ江の会話を聞いて、五郎左衛門が、あー、と声を漏らした後、コホン、と咳払いをした。


「殿下、しかれば、平和的な勝負をしてひとまずの決着をつける、というのはいかがでござるか?」


 五郎左衛門が提案すると、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げ、はつ江はキョトンとした表情で首を傾げた。


「平和的な勝負?」

「平和的な勝負かね?」


 シーマとはつ江が同時に問い返すと、五郎左衛門がコクリと頷いた。


「左様でござる!」


 五郎左衛門が返事をすると、今度はモロコシ、ミミ、ミズタマがキョトンとした表情で首を傾げた。


「その勝負は、ケガしちゃったりしない?」

「みみー?」

「触角やら翅やらが飛び散る事態にはならねぇよな?」


 三人の問いかけに、五郎左衛門は再びコクリと頷いた。


「もちろんでござる!」


 五郎左衛門が胸を張って答えると、今度は忠一が首を右に傾げ、忠二が首を左に傾げた。


「それは、どんな勝負なのー?」

「それは、どんな勝負なのぉ?」


 二人が問いかけると、五郎左衛門は腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふ、昔から拙宅で発生した幾多の兄弟ゲンカを収めてきた秘法、その名も……」


 五郎左衛門はそこで言葉を止めると、カッと目を見開き……



「柴崎家名物・お手伝い三番勝負! で、ござる!」



 ……元禄見得げんろくみえを切りながら、なんとも平和的な勝負名を声高に言い放った。

 五郎左衛門はしばらく得意げな表情を浮かべていたが、一同の視線が恥ずかしかったのか、コホン、と小さく咳払いをした。


「つ、つまり、お手伝いをしてできばえがよかった方を勝者とする、という勝負を三回おこなって、イザコザの決着をつけるのでござるよ」


 五郎左衛門が簡単な説明をすると、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「それなら、ケガもしないし、安心だねぇ」


「まあ、たしかに、そうだな……」


 はつ江の言葉に、シーマもコクリと頷いた。


「その勝負、受けて立ちますわ! 勝った方が、モロコシ様と一日デートですわよ!」


「おもしろい! せいぜい前肢を咥えながら、麻呂とモロコシのデートを眺めてればいいのでおじゃる!」


 ヴィヴィアンとカトリーヌも異論はないらしく、意気込みながらお互いの顔を見つめた。


「うーん、お出かけなら、みんなで行った方が楽しいと思うんだけどなぁ……」


「みーみー」


 渦中のモロコシが不思議そうに呟くと、ミミもコクコクと頷きながら同意した。


「あー、なんつーか……モロコシもミミも、もうちょっと大人になったら、二人の気持ちが分かると思うぜ……」


「恋はいつでも真剣勝負ー!」

「恋はいつでも真剣勝負ぅ!」


 モロコシとミミの反応を受け、ミズタマが脱力気味に言葉を漏らし、忠一と忠二がはやし立てるように声を上げた。

 かくして、モロコシとのデート権をかけた直翅目乙女たちの真剣勝負の幕が切って落とされたのだった。

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