第103話 お願いしようかな

 シーマ十四世殿下一行は、モロコシとのデート権をかけた直翅目乙女たちの真剣勝負を見守ることになった。


「それでは殿下、なにかお手伝いが必要なことはあるでござるか?」


「麻呂が華麗に解決してみせるでおじゃるよ」


 五郎左衛門とカトリーヌが声をかけると、シーマはフカフカの手を口元に当てて、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「うーん、そうだな……色々とあるにはあるけど……」


「べべちゃんとカトちゃんにできるお手伝いだと、なんだろうねぇ?」


 シーマとはつ江が答えあぐねていると、ヴィヴィアンが翅をパサリと動かした。


「殿下、はつ江さん遠慮せずにおっしゃってくださいませ! アタクシが全て解決いたしますわ!」


「ヴィヴィアン頼もしー!」

「ヴィヴィアン頼もしぃ!」


 意気込むヴィヴィアンに、忠一と忠二がはつ江の肩の上から声援を送る。


「女子たちは意気込んでるけど、俺たち直翅目にできるお手伝いってのも、限られてるからなぁ」


「うん。お皿洗いとかは、バッタさんやイナゴさんにはむずかしいもんね」


「みみー」


 ミズタマ、モロコシ、ミミがどこかのほほんとした口調でそう言い合っていると、ヴィヴィアンとカトリーヌがピョコンと跳びはねた。


「そんなことはありませんわモロコシ様! アタクシなら、皿洗いだってこなしてみせますわ!」


「麻呂だって、負けないでおじゃるよ! さあシマネコ、刀自とじ、洗い場に案内するおじゃる!」


 ヴィヴィアンとカトリーヌが意気込むと、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「あー、いや、洗い物はもう終わってるから、大丈夫だ」


 脱力するシーマの隣で、はつ江はニコリと微笑みを浮かべた。

 

「ありがとうね、二人とも。お皿洗いはまた今度、機会があったらお手伝いしておくれ」


「分かりましたわ!」

「分かったでおじゃる!」


 はつ江が声をかけると、ヴィヴィアンとカトリーヌは声を合わせて素直に返事をした。二人の反応を受けてシーマも微笑んだが、不意にハッとした表情を浮かべた。


「……二人とも、ちょっと難しいお手伝いでも大丈夫か?」


「もちろんですわ!」

「もちろんでおじゃる!」


 シーマが神妙な表情で問いかけると、ヴィヴィアンとカトリーヌは揃って返事をした。


「それなら、兄貴が人見知りを克服する手伝いを……」


「申し訳ございません殿下、それは不可能でございますわ」

「すまぬなシマネコ、それは無理なのでおじゃる」


 ヴィヴィアンとカトリーヌは、間髪入れずシーマに返事をした。二人の返事を受けて、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「まあ、そうだよな……」

 

 シーマは力なくそう呟くと、コホン、と咳払いをしてから背筋を伸ばした。


「それじゃあ、中庭で手伝ってほしいことがあるから、そっちをお願いしようかな」


 シーマがそう言うと、ヴィヴィアンとカトリーヌは揃ってぴょんと跳びはねた。


「それなら、お任せくださいですわ!」

「それなら、任せるでおじゃる!」


 二人の返事を受けて、シーマはニコリと微笑んだ。


「そうか、じゃあ中庭まで案内するよ」


「そんじゃあ、みんな、おあがりなさい」


「おじゃまいたしますでござる!」

「おじゃまいたしますわ」

「じゃまするでおじゃる」

「おじゃましまーす!」

「おじゃましまぁす!」

「おじゃまします!」

「みみー!」


 シーマに続いてはつ江が声をかけると、一同は同時に返事をした。そして、一行は魔王城の中へ足を進めていくのだった。


 一方その頃、魔王は城の執務室にて、書物に囲まれて頭を抱えていた。


「ふぅむ……条約を結ぶためには、まず会談をしなくてはいけなくて、会談をするためには書状やらなにやらで相手に連絡をいれなくてはいけなくて……」


 魔王は独り言を呟くと、深いため息を吐いた。


「なるべく全面衝突を避けたいから勉強してみたけど、こんなの相当なコミュニケーション能力がないと無理じゃないか……」


「あら、そんな手間のかかることをしなくても、陛下のお力があれば相手を灰燼に帰することも、たやすいのでしょう?」


「まあ、それが一番手っ取り早くはあるんだが……彼らにも事情があるみたいだし、悪い子たちばかりでもないし、向こうの代表にちょっとした懸念も……え!?」


 背後からかけられた声に自然と返事をした魔王だったが、違和感に気づき慌てて振り返った。

 すると、そこには半月型をした金色の目が特徴的な黒猫、バッタ屋さん代表のマダム・クロ……



「あ……あなたは! 先々代魔王の友愛王ベレト!?」


 

 ……またの名を、先々代魔王、友愛王ベレトの姿があった。魔王が叫ぶと、クロはパチリとウインクをした。


「嫌だわ、陛下ったら、今の王は私ではなく陛下でしょ? 私はもう、ただのバッタ屋さん代表のマダム・クロよ」


 クロがそう言うと、魔王はコホンと咳払いをした。


「あ、ああ。そう、ですか……」


「あら、驚いた顔して、どうしたのかしら?」


「いえ、ご存命という噂は聞いていたのですが、まさかシーマたちが口にしていたバッタ屋さんというのが、あなただっとは……」


 魔王が答えると、クロはクスリと笑った。


「ふふふ、魔界直翅目学会の会長とはちょっとした縁があったから、王座を退くときにちょっと便宜を図ってもらったのよ……ほら、私のときは身を隠す必要もあったしね」


 クロはそう言うと、半月型の目をキラリと光らせた。すると、魔王は神妙な表情を浮かべて、コクリと頷いた。


「ええ、そうでしたね……」


 どこか悲しげにそう言う魔王に向かって、クロは苦笑を浮かべて首を傾げた。


「まあ、その件については、アタシよりも陛下の方がお辛かったでしょうから……さて」


 クロは話題を変えるように、胸の辺りで手を打った。


「それよりも、今日は陛下が懸念していたことについて、ちょっとした情報を持ってきたわ」


 クロの言葉に、魔王はピクリと眉を動かした。


「……念のためにお聞きしますが、その懸念していることというのが何かをご存知なのですか?」


「ええ、当たり前じゃない」


 魔王が問いかけると、クロは口の端をニッと吊り上げて笑顔を浮かべた。



「反乱分子のリーダーが先代魔王の転生者じゃないか、ってことでしょ?」


「……ええ、その通りです」



 クロの問いかけに答えると、魔王は深くため息を吐いた。


「アイツ……いえ、先代魔王の魂は完全に消滅させたとは思っていますが、魔界に対する執着のことを考えると、もしや、とも思いまして……」


「ふふふ、そうよね。でも、心配しなくていいわ。先代魔王の転生者ではなかったから」


「そうなんですか、それは良かった……って、えぇ!?」


 さらっと大事なことを言うクロに向かって、魔王は某国民的アニメの夫のような声をあげた。


「な、なぜ、そのようなことが分かるのですか?」


「アタシも反乱分子がきな臭い動きをしてるって噂を聞いて少し心配になったから、彼らが集まってる集落にいってみたのよ。もちろん、バッタ屋さんの新規顧客開拓もかねてね」


「それは、商魂たくましいですね……」


「これくらいの気概がないと、可愛いスットコドッコイたちを育てていけないからね」


「そうですか……それで、なぜリーダーが先代魔王の転生者ではないと分かったのですか?」


 魔王が尋ねると、クロはニコリと微笑んだ。


「うふふふ、私は人の縁をどうこうする魔法のエキスパートよ、みくびってもらっては困るわ」


 クロが答えると、魔王は慌てて頭を下げた。


「し、失礼いたしました! たしかに、縁を扱う魔術は、かける対象の魂を深く分析できないと上手くいきませんもんね」


「そうそう。だから、私も魂の分析魔法にも長けてるわけなの、それこそ、転生者が転生する前に何者だったかなんてことも簡単に分かるくらいに。それでも、あの反乱分子には先代魔王はおろか、その関係者の転生者すら居なかったわ」


 クロの言葉を受けて、魔王は深くため息を吐きながら、胸を撫で下ろした。


「それならば、何よりです。しかしながら……」


 魔王はそこで言葉を止めると、訝しげな表情を浮かべて首を傾げた。


「それなら、なぜ、彼らは適正がないというのに、魔界で生きることにこだわるのでしょうか?」


 魔王が疑問を投げかけると、クロはこころなしか遠くを見つめ、どこかアンニュイな笑みを浮かべた。


「そうね……若いころは、理想郷が自分のことを待っているなんて儚い夢を見てしまうものだから、かしらね……」


「そ、そう、ですか……」


 執務室には、魔王が気まずそうに相槌を打つ声が響いた。

 かくして、直翅目乙女たちの勝負が幕を開ける裏で、唐突に重要人物の設定が暴露されていたのだった。

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