第101話 忙しいのかな?
シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんと魔王は、ダジャレに脱力しながらも朝食と後片付けを終えた。
「それじゃあ、俺は少し仕事があるから、『ばったりんがる!』を渡しておこう」
魔王はそう言うと、指をパチリと鳴らした。すると、魔王の顔の辺りに、緑色をした縦長の八面体が三つ現れた。魔王は宙に浮かぶ縦長の八面体を手に取り、膝を屈めてシーマに渡した。
「これが『ばったりんがる!』だ。結構精密な機械だから、取り扱いには注意するんだぞ」
「ああ、気を付けて扱うよ、ありがとうな、兄貴。あとで、直翅目学会の会長さんにも、お礼を伝えておくから」
シーマがフカフカの手で「ばったりんがる!」を受け取ると、魔王はニコリと微笑んだ。
「そうか。じゃあ、城の中は自由に使って良いから、今日はみんなで楽しむと良い。あ、でも地下ダンジョンとか研究室とかの危ない場所には行くなよ」
「ああ、分かった!」
シーマが笑顔で返事をすると、魔王は笑顔を浮かべて、コクコクと頷いた。それから、赤い霧に姿を変えて、台所から去っていった。魔王の姿が見えなくなると、シーマは「ばったりんがる!」をダイニングテーブルの上に置き、洗い物をするはつ江に顔を向けた。
「はつ江、何か手伝おうか?」
シーマが声をかけると、はつ江は洗い物の手を止め、笑顔で振り返った。
「シマちゃん、気ぃつかってくれてありがとうね! でも、こっちは大丈夫だから、モロコシちゃんたちに連絡しておあげ!」
「ああ、分かった!」
シーマははつ江の言葉に返事をすると、ポケットから折りたたみ式の手鏡を取り出した。それから、顔の前で手鏡を開くと、ムニャムニャと呪文を唱えた。
「ナベリウス館長、おはようございます……はい……ああ、そうなんですか、分かりました……」
シーマはまずナベリウスに連絡し……
「チョロさん、おはよう……え!? 大丈夫なのか!? ……あ、いや、そこまで思い詰めないでくれ! ……ああ、わかったよ」
次に、チョロに連絡を入れ……
「バービーさん、おはよう……実は……ああ、そうなのか……じゃあ、そんな感じで……」
その次は、バービーに連絡し……
「モロコシ! おはよう! ……実はな……そうか! うん、じゃあ待ってるからな!」
最後に、モロコシに連絡した。
関係者に一通り連絡を入れると、シーマは手鏡をパタリと畳んで、ポケットにしまった。そこへ、洗い物を終えたはつ江がトコトコとやってきて、どっこいしょ、と言いながら席に着いた。
「シマちゃんや、みんなはどうだって?」
「ああ! ナベリウス館長のところからは、五郎左衛門が来るそうだ」
「ほうほう。そうなのかい」
はつ江がコクコクと頷くと、シーマは、ああ、と口にして話を続けた。
「それで、バッタ屋さんからは、チョロさんが風邪を引いちゃったから、クロさんが来てくれるって」
「あれまぁよ!? チョロちゃんは大丈夫なのかい!?」
はつ江が目を丸くして驚くと、シーマは苦笑を浮かべて片耳をパタパタと動かした。
「ああ、ちょっと咳が出て鼻水がでるくらいだから大したことないけど、ボクとはつ江にうつしたら悪いからって」
「そうなのかい、早く治ると良いね」
はつ江が心配そうにそう言うと、シーマも、ああ、と相槌を打った。
「あと、バービーさんはお店と勉強があるから、五郎左衛門に頼んでミミとミズタマを連れてきてもらうって」
「そうかい、そうかい、ゴロちゃんと一緒なら、ミミちゃんと水玉ちゃんだけでも安心だねぇ」
「ああ、そうだな。それで、モロコシは、クロさんからも一緒に来ないかって誘われたから、絶対に来るって返事をしてくれた」
シーマが嬉しそうにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。
「そうかいそうかい! 今日も賑やかで楽しくなりそうだねぇ!」
「ああ、そうだな!」
はつ江の言葉に、シーマは耳と尻尾をピンとたてて返事をした。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべると、尻尾の先をピコピコと動かして、コホンと咳払いをした。
「で、でも、遊びじゃなくて、『ばったりんがる!』の動作テストっていう兄貴からの依頼だから、あんまり気を抜くなよ!」
シーマは、はしゃいでしまった照れ隠しなのか、ソッポを向いて腕を組みながらそう言った。すると、はつ江はテーブルに身を乗り出して、シーマの頭をポンポンとなでた。
「分かっただぁよ、シマちゃん!」
「もー! また、そうやって子供扱いしてー!」
「わはははは! 悪かっただぁよ!」
鼻の下を膨らませて抗議するシーマに向かって、はつ江はカラカラと笑った。
それから、二人は玄関先へ移動して、客人達の来訪を待つことにした。しばらくの間は二人でのんびりと空を見上げながら待っていたが、不意にはつ江がハッとした表情を浮かべた。
「そういやよ、シマちゃん」
声を掛けられたシーマは、空を見上げていた顔を降ろし、はつ江の方を向いた。
「うん? どうしたんだ? はつ江」
「徒野さんから、今日はヤギさんの休みの曜日だって聞いたんだけどよう、朝ご飯の後にお仕事があるって言ってたよね?」
はつ江が尋ねると、シーマは尻尾の先をピコピコと動かしながら、うーん、と声を出した。
「いったん落ち着いたとはいっても、『超・魔導機☆』のこともあるし、忙しい、のかな?」
シーマがどこか不安げにそう言うと、はつ江はパチリとまばたきをした。それから、ニコリと笑い、シーマの頭をポンポンとなでた。
「ヤギさんがお休みの日も頑張ってくれてるなら、なんとかなんとかの話も、きっとすぐに解決するだぁよ!」
「……そうだな」
はつ江に励まされたシーマは、薄く微笑んで頷いた。
そのとき、二人の上空から、ブゥン、という羽音が聞こえた。二人が顔を上げると……
「おーい! 殿下ー!」
「みーみー!」
「殿下、お待たせいたしましたでござる!」
ムラサキダンダラオオイナゴのヴィヴィアンに抱えられた、モロコシ、ミミ、五郎左衛門の姿と……
「殿下、お待たせしましたわ」
「殿下、お待たせー!」
「殿下、お待たせぇ!」
ヴィヴィアンの背中に乗った、バッタ屋さんのマダム・クロ、忠一、忠二、の姿があった。モロコシたちの姿を見たシーマは、ミミと尻尾をピンと立てながら手を振った。
「みんな、よく来たな!」
「みんな、いらっしゃい!」
シーマとはつ江が歓迎する中、ヴィヴィアンはパサパサと翅を動かしながら、ゆっくりと地上へ降下した。ヴィヴィアンの後肢が地面につくと、ミミを抱えた五郎左衛門とモロコシもピョインと跳ねて地面に降りた。
「殿下、はつ江おばあちゃん、おはようございまーす」
「殿下、はつ江殿、おはようございますでござる!」
「みみー」
モロコシ、五郎左衛門、ミミがペコリと頭を下げると、ヴィヴィアンの背中に乗っていたクロも、ピョコンと飛び降りた。
「殿下、はつ江さん、おはようございます」
「殿下、ばーちゃん、おはよー!」
「殿下、ばぁちゃん、おはよぉ!」
忠一と忠二を肩に載せながら、クロが二人に向かってペコリと頭を下げると、ヴィヴィアンもパサリと前翅を動かした。
「ああ、みんなおはよう」
「みんな、おはよう!」
シーマとはつ江も挨拶を返し、来訪者一同を見回した。
「今日は忙しい中集まってくれて、ありがとう」
「いえいえ! ご招待いただけて、光栄なのでござる! カトリーヌ殿も、こころなしか、嬉しそうにしているでござる!」
五郎左衛門はシーマに返事をしながら、手にしていたドーム型の虫かごを高く掲げた。すると、その中でウスベニクジャクバッタのカトリーヌがピョンと小さく跳びはねた。
「みー! みみみー!」
今度は、ミミが両手で抱えていた四角い虫かごを掲げながら、ピョコピョコと跳びはねた。
「うん、ミミちゃんの言うとおり、ミズタマさんもお出かけができて、喜んでるみたいだよ!」
モロコシはしれっと、ミズタマだけでなくミミの言葉も通訳した。すると、シーマとはつ江は、同時に目を丸くしした。
「モ、モロコシ! ミミの言ってること、分かるのか!?」
「あれまぁよ!」
シーマとはつ江が驚くと、モロコシはコクリと頷いた。
「うん! バービーさんに助けてもらってから、ミミちゃんともよく遊ぶようになったから、段々分かってきたんだよねー」
「みー」
モロコシとミミが頷き合っていると、シーマとはつ江は感心したように、ほー、と声を漏らした。
「モロコシって、言語学の分野に進んだら、実はもの凄い勢いで頭角を現すんじゃないだろうか……」
「本当だぁね……」
「えー、ぼくは大きくなったら、魔界直翅目学会に入るか、バッタ屋さんになりたいなー」
シーマとはつ江の呟きにモロコシが反論すると、クロが胸の前で手を合わせてニッコリと笑った。
「まぁ! モロコシちゃんてば、嬉しいことを言ってくれるじゃない!」
「モロコシなら、大歓迎ー!」
「モロコシなら、大歓迎ぃ!」
クロと忠一忠二の反応を受けて、モロコシもニッコリ笑った。そんな中、五郎左衛門がコホンと咳払いをした。
「しかして、殿下、はつ江殿、本日のご用件である『ばったりんがる!』というものは、一体どちらに?」
五郎左衛門が横道に逸れそうな話を本題に戻すと、シーマはハッとした表情を浮かべてからズボンのポケットを探った。
「あ、えーと、ちょっと待っていてくれ……よし、あった!」
シーマがポケットから「ばったりんがる!」を取り出した、まさにそのとき!
「これ、そこのデカブツ! モロコシからもっと離れるでおじゃる!」
「なんですって! 貴女こそ、モロコシ様からもっと離れなさい! この、ちびっ子!」
なんとも刺々しい言葉が、「ばったりんがる!」から放たれた。
「え、えーと、これは……?」
突然の事にシーマは尻尾の先をクニャリと曲げながら戸惑い……
「モロコシちゃんがどうしたのかね?」
はつ江はキョトンとした表情で首を傾げ……
「二人ともー、ケンカしちゃダメだよー」
モロコシはミミをペタンと伏せて、困惑しながらヴィヴィアンとカトリーヌを交互に見た。
こうして、なんとなく三人の模様的な事態が発生しながら、シーマ殿下とはつ江ばあさんたちによる「ばったりんがる!」動作確認大作戦は、幕を開けたのだった。
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