第100話 お菓子かな?

 シーマ十四世殿下は部屋まで魔王を呼びに行き、再びキッチンへ戻ってきていた。


「はつ江、兄貴もうすぐ来るって!」


 シーマが耳と尻尾をピンと立てて声をかけると、はつ江はニッコリと笑った。


「そうかい、そうかい。呼んできてくれてありがとうね」


「ふふん! このくらい、ボクにかかれば朝飯前だね!」


 シーマが得意げな表情で胸を張ると、はつ江は笑顔のまま頭をポフポフとなでた。

 そうこうしているうちに、キッチンの扉の向こうから、カツカツという足音が響いてきた。シーマとはつ江が顔を向けると、扉はギィと音を立てて開き、魔王が現れた。


「おはよう! ヤギさん!」


「兄貴、おはよう」


 二人が笑顔で声をかけると、魔王はコクリと頷いた。


「ああ、二人ともおはよう」


 それから、魔王もニコリと微笑んで挨拶を返した。魔王の挨拶を受けて、はつ江は笑顔でコクコクと頷いた。


「さてさて、ヤギさんも来たことだし、ご飯にしようかね」


 はつ江がそう言うと、シーマが目を輝かせながら尻尾の先をクニャリと曲げた。


「はつ江! 今日の朝ご飯に、お魚はあるか!?」


 シーマが問いかけると、はつ江はニッコリと笑って頭をポフポフとなでた。


「もちろんあるだぁよ! 今日は、あじの開きと、卵焼きと、小松菜のお浸しと、厚揚げの入ったけんちん汁だぁよ!」


 はつ江が口にしたメニューを聞き、魔王も目を輝かせた。


「そうか、今日は厚揚げがあるのか……!」


 魔王が感動しながら声を漏らすと、はつ江はニッコリと笑った。


「そうだぁよ! ニンジンさんとゴボウさんもたくさん入ってるから、とっても身体にいいよ!」


「そ、そうか……ニンジンも入っているのか……」


 はつ江の言葉を聞くと、魔王は一転してしょげた表情を浮かべた。すると、シーマが魔王に向かって、ジトッとした目を向けた。


「兄貴、ボクだってピーマンを頑張って食べてるんだから、自分だけ好き嫌いを直さないのはなしだぞ?」


 シーマの言葉に、魔王はギクリとした表情を浮かべた。


「べ、別にニンジンだけ残そうだなんて、思ってなんか、い、いないんだぞ! ほ、ほら、お兄ちゃんだって、最近頑張ってニンジン食べてるじゃないか!」


 魔王はしどろもどろになりながらも、シーマに反論した。そんな二人のやり取りをみて、はつ江はニッコリと笑った。


「うんうん、二人ともいつもご飯を残さず食べる良い子だぁね」


 はつ江が声をかけると、シーマと魔王は照れくさそうな表情を浮かべて頭を掻いた。


「はつ江、いつもボク達が嫌いなものを食べやすいように料理してくれて、ありがとうな」


「たしかに、ニンジンもこの間の甘酢漬けなら食べられたな……今日も好きなものと一緒に料理してくれて、ありがとう」


 シーマと魔王がお礼を言うと、はつ江はカラカラと笑いだした。


「わはははは! 私はたいしたことしてねぇだぁよ! そんじゃ、そろそろ朝ご飯にしようかね!」


 はつ江が声をかけると、シーマと魔王は同時にコクリと頷いた。


「ああ、そうだな」


「うむ、そうしよう」


 シーマと魔王は返事をすると、ダイニングスペースへと足を進めた。

 それから、席に着いたシーマと魔王の元にはつ江がワゴンを押しながら朝食を運び、いつものように三人での朝食が始まった。


「いただきます!」


「いただきます……」


「どうぞ、どうぞ召し上がれ!」


 三人はしばらく黙々と食事を続けていたが、不意にシーマが小松菜のお浸しを取る箸を止め、魔王に顔を向けた。


「そうだ、兄貴。今日頼みたいことっていうのは、何なんだ?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら尋ねると、魔王は目を瞑って頬張っていたニンジンを飲み込んだ。それから、魔王は懐紙を取り出して口元を拭くと、シーマに顔を向けた。


「それはだな、この間、魔界直翅目学会会長がウスベニクジャクバッタの画像についてのお礼を贈ってくれるって話をしただろ?」


「ああ、たしかに。昨日と一昨日はバタバタしてて忘れてたけど、そんな話してたな……」


 シーマが答えると、魔王はコクリと頷いた。


「うむ、そのお礼が、昨日の深夜に届いたんだよ」


 魔王の言葉に、はつ江は卵焼きを飲み込んで、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「それはよかっただぁね、シマちゃん」


 はつ江が声をかけると、シーマは照れくさそうに、そうだな、と呟いた。


「でも、どちらかと言うとボクよりもモロコシの方が活躍してたし、お礼も分けたいんだけど……お菓子とかかな?」


 シーマが問いかけると、魔王はゆっくりと首を横に振った。


「残念ながらお菓子ではないんだが、モロコシ君も是非呼んで欲しいんだ。多分、興味を持ってくれると思うから」


「ほうほう、モロコシちゃんも楽しめるってことは、バッタさんのおもちゃか何かかね?」


 はつ江が問いかけると、魔王は、ふぅむ、と声を漏らしながら口元に指を当てた。

 

「まあ、玩具といえば玩具なのかもしれないな……」


 魔王がそう呟くと、シーマが耳を後ろに反らして、尻尾をパシパシと振った。


「兄貴、もったいぶらないで、早く何なのか教えてくれよ」


 シーマの言葉に、魔王はハッとした表情を浮かべた。


「ああ、すまない。えーと、だな、魔界直翅目学会が研究と技術の粋を集めて制作した、直翅目語翻訳機、『ばったりんがる!』だ」


 魔王の言葉を聞いて、シーマとはつ江はパチリとまばたきをした。


「へー」


「ほうほう」


 二人の静かな反応を受けて、魔王はコホンと咳払いをした。


「あー、うん、モロコシ君と行動を共にしてると感動が薄くなるのは分かるが、結構すごい技術なんだぞ?」


 魔王が気まずそうな表情でそう言うと、シーマはハッとした表情を浮かべた。


「あ、い、いや! 別に、バッタと会話することに慣れてきてるってだけで、大したことないとは思ってないぞ!」


 シマが慌てながら首を横に振ると、はつ江はカラカラと笑いだした。


「わははは! そんなら、今日はモロコシちゃんも呼んで、そのバッタリンってのがちゃんと通訳できてるのか確認してもらわないとねぇ!」


 はつ江の言葉に、魔王はコクリと頷いた。


「ああ。そういうことで、モロコシ君も呼んで欲しいんだ。美味しいおやつも何か用意しておくから」


 魔王がそう言うと、シーマはコクリと頷いた。


「ああ、なら朝食が終わったら、声をかけてみるよ。でも、通訳するバッタはどうするんだ?」


「これからモロコシちゃんも一緒に、捕まえに行くのかね?」


 シーマとはつ江が続けざまに問いかけると、魔王は、ああ、と声を漏らした。


「その点は心配しないでくれ、昨日の音楽会に来ていたナベリウス館長に、ウスベニクジャクバッタをここに連れてきてくれるように伝えたから」


 魔王が答えると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「そんなら、ナベさんとカトーちゃんが来てくれるんだぁね」


「はつ江、そのカトーちゃんというのはカトリーヌのことだと思うけど、本人の前で絶対その名前で呼ばないでくれれよ……」


 はつ江の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして、力なく釘を刺した。それから、シーマはコホンと咳払いをした。


「カトリーヌの愛称をどうするかは置いておいて……兄貴、通訳するバッタは一匹だけでいいのか?」


 シーマが尋ねると、魔王は再び口元に指を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「構わないが……もしも、可能ならば、もう少し数がいるといいかもしれないな」


 魔王の言葉に、はつ江は、ほうほう、と声を漏らして、コクコクと頷いた。


「そんなら、クロさんところのべべちゃんと、ばーびーさんところの水玉ちゃんにも来てもらうといいかもねぇ」


 はつ江がそう言うと、シーマがフカフカの口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「そうだな、バッタ屋さんはこの間チョロさんと連絡先を交換したし、バービーさんとも連絡先を交換してるから、声をかけてみようかな」


「ああ、そうしてくれると助かるよ」


「そうするといいだぁよ! 今日もにぎやかで楽しくなりそうだねぇ!」


 シーマの言葉に、魔王とはつ江は楽しそうに微笑んで同意した。シーマも穏やかに微笑んで、そうだな、と呟いた。


 そうこうしながらも、三人は朝食を続けた。

 しかし、不意にシーマとはつ江が魔王をジッと見つめだした。魔王は二人の視線に気づくと、ギョッとした表情を浮かべて、卵焼きを掴もうとした箸を止めた。


「ふ、二人とも、一体どうしたんだ?」


 魔王が慌てて問いかけると、シーマとはつ江はハッとした表情を浮かべた。それから、どちらともなく苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「あ、いや、なんか最近、こういう流れで兄貴がダジャレを口走ることが多かったから」


「今日も何かあるのかなぁ、と思っちまっただぁよ」


 二人の言葉を受けて、魔王もハッとした表情を浮かべた。それから、魔王は、えーと、と呟きながら目を泳がせて……



「実は、今日部屋から出るのが遅くなったのは、布団からふっとんだ、からなのだ!」



 ……バッタ仮面の口調になりながら、渾身のダジャレを口にした。すると、はつ江が間髪入れずに心配そうな表情を浮かべた。


「あれまぁよ! ヤギさん、大丈夫だったのかね!?」


「あ、えーと、はつ江、こ、これは、だな……ふとん、と、ふっとん、をかけたダジャレでな……」


 心配するはつ江に向かって、魔王はしどろもどろになりながらも事情を説明した。シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力しながら、二人のやり取りに生暖かい視線を送った。

 かくて、いつもにも増してぐだぐだしながらも、仔猫殿下とはつ江ばあさんの一日が今日も始まるのだった。

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