第69話 ボフッ

 シーマ十四世殿下一行は、魔界ルンルン通り商店街で、怪しげなフードの二人組にちょっかいをかけられた。

 そんな中、はつ江と灰門は、歌姫レディ・バステトを馬鹿にするような発言をする二人組に向かって、ズンズンと進んでいった。険しい表情を浮かべながら向かってくるはつ江と灰門に気づくと、フードの二人組はヒソヒソ話を止めて表情を引きつらせた。

 身構えるフードの二人組の前に辿り着くと、はつ江と灰門はピタリと足を止めた。


「これ、あんたたち!なんでそんなイジワルなことを言うんだい!?」


「しかも、直接本人に言うでもなく、隅っこでごちゃごちゃ言いやがって!」


 はつ江と灰門に大声で叱られ、フードの二人組はビクッと身を震わせた。


「べ、別に僕たちは率直な感想を言っていただけじゃないか……」


 黒フードがおどおどしながら答えると、灰色フードも頷いた。


「そ、そうだ!それに、あんな半人前の歌姫を大事な音楽祭に招くなんて……当代魔王は民を思う心が欠けているんじゃないか!?」


 灰色フードは、焦りながらも声高にそう叫んだ。


「なんだとう!?」


 すると、はつ江と灰門の背後から、怒りに満ちた叫び声が響いた。フードの二人組が顔を向けると、耳を反らしたシーマが駆け寄ってきていた。

 フードの二人組のもとに辿り着くと、シーマは耳を反らせたまま尻尾をパシパシと縦に振った。


「たしかに、兄は極度の人見知りだし、すぐに変な魔導機をつくろうとするし、隙あらば引きこもろうとするどうしようもないヤツだ!でも、国家予算や法案なんかは、各地の領主にとやかく言われながらも、民のことを第一に考えていつも徹夜で……」


 貶しながらも魔王のことをフォローしていたシーマだったが、不意に言葉を止めて黒フードの顔を覗き込んだ。そして、尻尾の先をクニャリと曲げながら、訝しげな表情で首を傾げた。


「……なあ、そのこの黒フードの人」


 シーマに声をかけられた黒フードは、再びビクッと身を震わせた。

 

「な、何かな?猫ちゃん」


 黒フードに猫ちゃんと呼ばれたシーマは、不服そうな表情で尻尾をユラユラと揺らした。


「猫ちゃんじゃなくて、シーマだ。それはともかく、君、オーレルさんの私立図書館に行ったことないか?」


 シーマがギロリとした視線を向けると、黒フードは首をしきりに左右に振りながら、モゾモゾと手を動かした。


「な、な、な、何を根拠に、そ、そんなこと、をい、言うの、かな?」


 シーマの問いかけに、黒フードは分かりやすく取り乱した。すると、灰色フードが、おい、と声を出しながら黒フードを肘で小突いた。その様子を見て、灰門は腕を組み眉間にシワを寄せながら首を傾げた。


「オーレルっつーと、この間亡くなったオーガの貸本屋だろ?サバトラ坊主、なんで今そんなこと聞くんだよ?」


「シマちゃんや、なんでなんだい?」


 灰門に続いて、はつ江もキョトンとした表情で首を傾げた。すると、シーマは尻尾のピコピコと動かしながら、ああ、と呟いた。


「オーレルさんは、黒いフードを怪しいお客さんを見たって言ってただろ?それに……」


 シーマはそこで言葉を止めると、スンスンと鼻を動かした。


「『月刊ヌー特別号』から、この人と同じ匂いがしたんだよ」


 シーマがそう言いながら睨みつけると、黒フードは冷や汗を浮かべた。


「えーと、それは、その……」


 黒フードがしどろもどろになっていると、はつ江が胸のあたりで手をポンと打った。


「じゃあ、この子が、紙がなかったから本を使っちゃった子、なんだぁね!」


 はつ江がそう言うと、黒フードは顔を真っ赤にして足を踏みならした。


「違う!あの雑誌は、超魔導機を制御するための参考文献として拝借したんだ!トイレットペーパーがなかったから使っちゃったんじゃないよ!」


 黒フードが憤慨しながら、はつ江の言葉を否定した。その途端、灰色フードが勢いよく黒フードの肩を掴んだ。


「おい!お前、なんてこと言うんだ!?」


 灰色フードに咎められ、黒フードはハッとした表情を浮かべながら手で口元をおさえた。


「ご、ごめん。つい……」

 

「つい、じゃないだろ!?大体、お前はいつも詰めが甘いんだ!」


 灰色フードはそう言いながら、黒フードの肩をガクガクと揺さぶった。


「な、なんだよ!僕だっていつも頑張ってるんだから!」


 黒フードはそう言いながら、灰色フードの手を肩から払いのけた。


「大体、皆だって!他の人に嫌がらせをするような嫌な仕事は、いつも僕任せじゃないか!」


 そして、黒フードは足を踏みならしながら、大声でそう叫んだ。すると、今度は灰色フードが苛立った表情を浮かべながら、足を踏みならした。


「それは、お前が一番新入りだからだ!新入りのくせに文句を言うな!」


 口論を始めた二人を見て、一同はしばらく呆然としていた。

 一同は口論が収まるのを待っていたが、フードの二人は一向に口論を止める気配すらない。すると、しびれを切らしたシーマが、コホンと咳払いをした。


「あー、取り込み中に悪いんだけど、ちょっといいか?」


 シーマが声をかけると、黒フードは口論を止めて、首を傾げた。


「ん?どうしたの?猫ちゃん」


 黒フードがキョトンとした表情で尋ねると、シーマは不服そうな表情を浮かべながらも、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「さっき、『超・魔導機☆』を制御するって言ったか?」


 シーマが尋ねると、黒フードは焦った表情をシーマに向けた。


「えーと、それは、その、なんというか言葉のあやで……」


 黒フードがしどろもどろになっていると、灰門が感心したように、ほう、と声を漏らした。


「『超・魔導機☆』を制御しようとしてるなんざ、若いもんにしては気骨のあるヤツらじゃねぇか」


 灰門が感心していると、はつ江が険しい表情を黒フードに向けた。


「でも、ダメじゃないか!おおれるさんの大事な本を破いて、勝手に持って行ったりしたら!」


 はつ江が叱りつけると、黒フードはシュンとした表情を浮かべた。そして、


「ご、ごめんなさい。でも、超魔導機を完全に制御するのに、参考文献をかき集める必要があって……」


「と言うことは、『超・魔導機☆』を盗掘したのも、君らなんだな?」


 シーマが問い詰めると、黒フードは再びハッとした表情を浮かべて、口元を手でおさえた。その隣で、灰色フードが舌打ちをして腕を組んだ。


「だったら、何だって言うんだ?」


 不遜な口調で灰色フードがそう言うと、シーマは耳を後ろに反らして眉間と鼻の頭にシワを寄せた。


「盗掘は犯罪だ!今から、警官隊のところに出頭してもらうぞ!」


 牙を軽く剥きながらシーマがそう言うと、灰色フードは不敵な笑みを浮かべた。


「はっ。そんなこと言われて、はいそうですか、って言うと思うのか?」


 灰色フードが挑発気味にそう言うと、灰門が深いため息を吐いた。


「まったく、ありきたりなセリフを吐きやがって」


 灰門はため息まじりにそう言うと、呆れた表情を灰色フードに向けた。


「じゃあ、こっちもありきたりなセリフを返してやる。『この状況でも、ドンパチやろうってのか?』」


 灰門は棒読みになりながら、フードたちにそう告げた。その言葉を受けて、黒フードと灰色フードは、ギョッとしながらあたりを見渡した。すると、彼らの周囲には、いつの間にかたくさんの人が集まっていた。


「なんだ、源さん、喧嘩か?」


 そう言って首を傾げたのは、筋骨隆々としたオークの青年だった。


「源さん!私も加勢するかい!?」


 その言葉とともに、顔に傷のあるドワーフの女性が、金槌を片手にどこか楽しげな目をフードたちに向けた。


「あ、シーマ殿下だ!サイン貰えるかな?」

 

 そう言ったのは、灰色の毛並みをしたオオカミの青年だった。


「兄ちゃん!向こうには歌姫もいるよ!俺、歌姫のサインも欲しいなー」


 灰色のオオカミの青年が尻尾を振る隣で、黒い毛並みをしたオオカミの青年が、バステトにキラキラとした目を向けた。


「あ、あの黒フード……今朝うちの店に何か貼ってたヤツだな!」


 オオカミ兄弟のそばで、ゴブリンの老人が眉間にシワを寄せながら、トマホークを振り上げた。


 ガヤガヤとする周囲を見渡し終えると、黒フードはおどおどとした表情を浮かべ、灰色フードは小さく舌打ちをした。そんなフードたちを見て、灰門はニヤリと笑みを浮かべた。


「見ての通り、魔界ルンルン通り商店街には気合いの入ったヤツが揃ってるんだが、そんな中で揉めごとを起こす気か?」


「……ふん。別にこちらだって、無駄に争いをしたいわけじゃない」


 灰色フードは悔しそうにそう言うと、黒フードに顔を向けた。


「おい!一旦退くぞ!」


「あ、うん、分かった!」


 黒フードは返事をすると、ローブのポケットをゴソゴソとあさりだした。そして、白いガラス玉を取り出すと、えい、とかけ声をかけながら地面に投げつけた。すると、ガラス玉が割れ、白い煙がボフッと音を立てながら辺り一面に広がった。


「クシュン!こ、こら!話はまだ終わってないぞ!」


 シーマがクシャミをしながら声を上げたが、フードたちからの返答はない。煙が段々と薄れていく中で、はつ江はクシャミをしながら目をこらした。


「ぶえっくしょい!……あれまぁよ!シマちゃんや、あの子たち、もういなくなってるよ!」


 はつ江の言葉通り、フードたちは忽然と姿を消していた。


「へっきし!……転移魔法が使えるのか、バーロー」


 はつ江の隣では、灰門がクシャミをしながら悪態をついた。灰門はポケットからちり紙を取り出して鼻をかむと、シーマ深くため息を吐いた。


「ったく、あいつら祭の前日だってのに、面倒ごとを持ち込みやがって」


 灰門は憎々しげにそう言うと、地面に手のひらをかざした。すると、そこには金色に輝く魔法陣が現れた。


「サバトラ坊主に婆さん!俺はちょっと当代魔王に事情を説明してくるから、ポイントねえちゃんたちの護衛を頼んだぞ!」


 灰門がそう言うと、シーマとはつ江はコクリと頷いた。


「はい。分かりました!」


「分かっただぁよ、源さん!ヤギさんによろしくね!」 


 灰門は二人に向かって、おうよ、と返事をすると、魔法陣の中に吸い込まれるようにして姿を消した。


「これで、なんとかなんとかが見つかるといいねぇ」


 はつ江がしみじみとそう言うと、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「なんとかなんとかじゃなくて、『超・魔導機☆』な。まあ、灰門さんが事情を説明してくれるなら、兄貴も積極的に動きだすだろうけど……」 


 シーマはそこで言葉を止めると、小さくため息を吐いた。


「あいつら、『超・魔導機☆』を盗掘しただけじゃなくて、明日の音楽祭も邪魔しようとしてるみたいだからな。さっきの張り紙と陰口で、歌姫が落ち込んでなきゃいいんだけど……」


 シーマはそう言うと、不安げな表情を浮かべて片耳をパタパタと動かした。すると、はつ江はニッコリと笑って、シーマの頭をポフポフとなでた。


「大丈夫だぁよシマちゃん!ルンルン商店街の皆も、バスケットちゃんたちを応援してるんだから!ほら、見てごらん」


 はつ江はそう言うと、バステトたちを指さした。シーマが顔を向けると、そこには商店街の強面の面々に囲まれるバステトとマロの姿があった。


「ほう。嬢ちゃんが今度の歌姫か。楽しみにしてるぞ」


「頑張ってね!アタシも明日は店を早めに切り上げて、ちゃんと聞きに行くから!」


「歌姫!サインください!サイン!」


「あ、兄ちゃんだけずるい!俺にもください!」


 オークの青年、ドワーフの女性、オオカミの兄弟に囲まれて、バステトは苦笑とも照れ笑いとも取れる表情を浮かべていた。


「ええ、皆様のご期待に添えるよう、尽力いたしますわ。あと、サインは少々お待ちくださいね」


 バステトの隣では、ゴブリンの老人がマロに向かって豪快に笑いかけていた。


「うしゃしゃしゃしゃ!長い茶トラの兄ちゃんは、竪琴を弾くんだろ!?懐かしいな、亡くなったかみさんも良く弾いてたよ!応援してるから、頑張りな!」


「あ、ありがとうございます。でも、その、長いというのは……?」


 マロも長いという形容詞に困惑しながらも、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 歓迎を受ける二人の様子を見て、シーマは安心した表情を浮かべ、軽くため息を吐いた。


「うん。落ち込んでいる感じじゃなさそうだな。でも、収拾が付かなくなりそうだから、ちょっと助けに行こうか」


 シーマが声をかけると、はつ江はニッコリと笑った。


「分かっただぁよ!」


 そして、元気よく返事をすると、シーマとともにバステトとマロのもとへトコトコと向かっていった。

 こうして、フードの二人組という若干の不安要素を残しつつも、魔界ルンルン通り商店街でのイザコザは一段落ついたのだった。 

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