第70話 ダンッ

 魔界ルンルン通り商店街でイザコザに見舞われながらも、シーマ十四世殿下一行は街中の観光を続けていた。

 そんな中、シーマは壁が緑色に塗られた店の前で足を止めた。そして、得意げな表情を浮かべて、ふふん、と鼻を鳴らしてから、店の入り口をビシッと指さした。


「さあ、みんな着いたぞ!ここが、魔界で一番美味しいアメを作る『アメ屋さん』だ!」


 シーマが高らかに宣言すると、はつ江が感心したように、ほうほう、と声を漏らして、ショウウィンドウを覗き込んだ。はつ江の見つめる先には、鮮やかな青や赤、淡い水色や桜色、炭のような黒、雪のような白、セピア色など、色とりどりのアメ玉が、ガラス瓶に詰められて並べられている。


「お祭りのときも思ったけど、こっちのアメ玉は本当に綺麗だねぇ」


 はつ江がシミジミとした声でそう言うと、バステトとマロも目を輝かせながらコクリと頷いた。


「ええ、本当に」


 バステトははつ江の言葉に同意すると、小さくため息を吐いた。


「私達が所属している音楽院の側にものど飴を扱うお店がありましたが、どちらかと言うと薬として扱われていたので色味はもっと地味でしたわね」


 バステトがそう言うと、その隣でマロが苦笑を浮かべながらコクコクと頷いた。


「しかも、もの凄く苦かったんですよ」


 二人の言葉を受けて、はつ江は再び、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。


「良薬は口に苦しってのは、こっちでも共通なんだねぇ」


 はつ江が感心していると、シーマが再び得意げな表情を浮かべた。そして、耳と尻尾をピンと立てながら、胸を張って、ふふん、と鼻を鳴らした。


「ところが、このアメ屋さんののど飴はそうじゃないんだ!効き目はバツグンだけど、色んな形と味の中から、好きなものを選べるぞ!」


 シーマが得意げに説明すると、バステトとマロは再び目を輝かせた。


「殿下、本当ですの!?なら、カスタードクリーム味の、チョウチョの形をしたのど飴もあるかもしれないのですわね!?」


「それなら、セミさんの形をした芋羊羹味ののど飴もあるでしょうか!?」


 バステトとマロが目を輝かせながら、シーマに詰め寄った。あまりにも興味津々な二人を前に、シーマは耳を軽く伏せてたじろいだ。しかし、すぐに気を取り直し、コホンと咳払いをしてから、コクリと頷いた。


「ああ。店頭に並んでなくても、店主に相談すれば注文通りのアメを作ってもらえるぞ!」


 シーマが得意げにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。そして、シーマの頭をポフポフとなでながら、昔を懐かしむような表情を浮かべた。


「ほうほう、それじゃあこっちに来る前によく食べてた、たんきりアメなんかも作ってもらえるかねぇ」


 はつ江がシミジミとした口調でそう言うと、シーマは片耳をパタパタと動かした。


「うーん……多分だけど、そのアメは特別に作ってもらわなくても、お店に置いてあると思うぞ。店主は一時期そっちの世界で、アメ作りの修行をしてたって言ってたから」


 シーマが答えると、はつ江は目を丸くして驚いた。


「あれまぁよ!そうなのかい!それは、楽しみだねぇ」


 そして、嬉しそうにニコニコと目を細めた。はつ江の様子を見たバステトは、意外そうな表情を浮かべた。


「あら、森山様も異界のご出身でしたのね?」


 バステトの問いかけに、はつ江はニッコリとした笑顔を浮かべた。


「そうだぁよ!シマちゃんのお手伝いをするために、こっちに来てるだぁよ!」


 はつ江は元気良く答えたが、すぐにキョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。


「も、っていうことは、バスケットちゃん達も、向こうの出身なのかい?」


 はつ江が尋ねると、バステトは微笑みながら頷いた。


「ええ。私もマロも、トビウオの夜でこの魔界に生まれたのですが、以前の世界の記憶もうっすらと覚えているんですのよ」


「ほうほう、そうなのかい」


 はつ江が感心したように相槌を打つと、マロがコクリと頷いた。


「はい。僕のマロと言う名前も、以前の世界で一緒に暮らしていた人につけてもらった名前なんですよ」


 マロはそう言うと、昔を懐かしむ用に目を細め、軽く喉を鳴らした。はつ江はそんなマロの喉元を軽くなでると、バステトに笑顔を向けた。


「そんなら、バスケットちゃんのお名前も、一緒に暮らしてた人につけてもらったのかい?」


 はつ江の問いかけに、バステトとマロは示し合わせたように、同時にギクリとした表情を浮かべた。二人の反応を見て、はつ江とシーマはキョトンとした表情を浮かべた。


「二人とも、急にどうしたんだ?」


「お腹でも痛くなっちゃったのかい?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら、はつ江は心配そうな表情で首を傾げながら二人に問いかけた。すると、マロが気まずそうな表情で口を開いた。


「いえ、体調が悪くなってしまったというわけではないのです。ただ、その、レディの名前というのが、今回の脱退騒ど……」


「マロ、余計なことを言うんじゃないわよ!」


 歯切れの悪いマロの言葉を、バステトの声がピシャリと遮った。すると、マロはシュンとした表情を浮かべ、すみません、と呟いた。


「バスケットちゃんのお名前が、どうかしたのかい?」


「その、メンバーが一人抜けたと言う話に、関係があるのか?」

 

 再びはつ江とシーマは、首を傾げながらバステトに問いかけた。すると、バステトは苦笑を浮かべながら、手をひらひらと横に振った。


「いいえ、大した話じゃありませんのよ。それよりも、ここにいたら他の方にご迷惑がかかりそうですし、早くお店の中に入りましょう?」


「あ、ああ。そう……だな」


 バステトの問いかけに、シーマは怪訝な表情を浮かべながらも頷いた。そうこうしながら、一行は「アメ屋さん」の扉を開いた。

 

「アメ屋さん」の店内に入ると、一同は目を輝かせながら辺りを見渡した。テーブルや棚には色とりどりのアメ玉が陳列され、辺りには花や果物や紅茶などの良い香りが漂っていた。


「いらっしゃいませー。あら、殿下ではないですか!」


 一同がうっとりとしていると、店の奥から女性の声が響いた。一同が目を向けると、紫色のベールで頭と口元を隠し、黒いローブを着込んだ女性が瓶詰めのアメが入った木箱を手にして立っていた。


「やあ、店主。今日は熱砂の国の歌姫達に、この町を案内しているんだ」


 シーマがそう言うと、店主はニコリと笑いながら、そうでしたか、と口にした。


「それは、丁度良いところにいらっしゃいました!少々お待ちくださいね」


 店主はそう言うと、手にしていた木箱をテーブルの側に置き、再び店の奥に消えていった。一同は、キョトンとした表情を浮かべながら、店主の背中を見送った。


「女将さん、どうしたんだろうねぇ?」


 はつ江がそう言いながら首を傾げると、シーマも尻尾の先をクニャリと曲げた。


「なんだろうな? バステトさん、事前にのど飴の注文とかしていたのか?」


 シーマが問いかけると、バステトはふるふると首を横に振った。


「いいえ。事前に注文できるなんて、知りませんでしたわ」


 バステトがそう言うと、マロがコクリと頷いた。


「この『アメ屋さん』に来るのが楽しみだったので、あまり事前情報を仕入れないようにしていたんですよね、レディ」


 マロが声をかけると、バステトは、ええ、と言いながらコクリと頷いた。


「お待たせいたしましたー」


 一同が不思議がっていると、再び店主の声が響いた。店主は色鮮やかな紙袋を二つ手に持ち、バステトとマロの元に近づいた。


「こちら、歌姫レディ・バステト様と竪琴奏者のマロ様にお渡しするよう、頼まれていたものです」


 店主はそう言いながら、二人に紙袋を差し出した。バステトは訝しげな表情を浮かべながらも紙袋を受け取り、店主に対して頭を下げた。


「ありがとうございます。あの、あけてみてもよろしくて?」


 バステトが問いかけると、店主はニッコリと笑って、どうぞ、と答えた。店主の答えを受けて、バステトとマロは紙袋の中身を取り出した。

 中か出てきたのは……


「こ、これはチョウチョのアメ……!?」


 カスタードクリーム味というラベルが貼られた瓶に詰まった、アゲハチョウの形のアメと……


「レディ!こっちはセミさんです!」


 芋羊羹味というラベルが貼られた瓶に詰まった、セミの形をしたアメだった。

 バステトとマロは目を輝かせながら、精巧な造りのアメが詰まった瓶を覗き込んだ。そんな二人の様子を見て、はつ江と店主はニッコリと笑顔を浮かべた。


「二人とも、素敵なアメをもらえて良かったねぇ」


「こんなに嬉しそうな表情をしていただけると、『アメ屋さん』冥利に尽きますね」


 はつ江と店主がほのぼのとしていると、シーマが訝しげな表情を浮かべて腕を組んだ。


「でも、店主、あのアメは一体誰からの注文なんだ?」


 シーマは片耳をパタパタと動かしながら、店主にそう尋ねた。すると、店主は口元に指を当てて、えーと、と呟いた。


「それがですね、こちらではあまり見かけない種族のお客様が、昨日の閉店間際にいらっしゃいまして」


「見慣れないお客さん?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら問い返すと、店主はコクリと頷いた。


「はい。確か、お代は今日お持ちいただけるという話だったので、そろそろお見えになると思うのですが……」


 店主がそういった途端、入り口の呼び鈴がカランと音を立てた。


「こんにちは!注文したアメのお代を持ってきたわよ!」


 そして、ペタペタと音を立てながら、ベージュ色のワンピースを着て、金色の首飾りを身につけた……


「あれまぁよ!可愛らしいウサギさんだねぇ!」


 ……黒いウサギが、がま口を手に現れた。

 黒ウサギははつ江の言葉を聞くと、足をダンッと踏みならした。


「可愛いのは認めるけど、ウサギとは何よ!私は玉兔ぎょくと族の……」


「ちょっと、ウェネト!?」


「ウェネトさん!?なんでここに!?」

 

 黒ウサギが名乗ろうとした途端、バステトとマロの驚きの声がそれを遮った。黒ウサギはビクッと跳びはねてから、バステトとマロに顔を向けた。そして、二人の顔を見ると、目を見開いて驚いた。


「ちょっと、それはこっちのセリフよ!アンタ達なんでもういるのよ!?」


「うるさいわね!いつ来ようが、私の勝手でしょ!?」


「ふ、二人とも、ちょっと、落ち着いてくださいよー……」


 慌てふためく三人の姿を見て、シーマ、はつ江、店主は困惑した表情で首を傾げた。


「えーと、知り合い……どころの、話じゃなさそうだよな」


「あのウサギさん、バスケットちゃんと似たようなお洋服をきてるねぇ……」


「はい、多分熱砂の国の方と言うことで間違いはないと思うのですが……」


 アメ屋さんの中には、バステト達がイザコザする声と、シーマ達が不思議がる声が響いた。

 かくして、ドタバタが発生しながらも、一行は歌姫達が望むのど飴を手に入れたのだった。

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