第24話 ビックリ

 全自動集塵魔導機祝祭舞曲ぜんじどうしゅうじんまどうきさんばを修理するための補修剤を探す探検に繰り出していたシーマ十四世殿下一行は、クサハラマダライナゴモドキ達の力を借りて、魔王城地下迷宮の第四階層に続く階段を発見した。

 一行が階段を下りた先は、第三階層とは打って変わり石造りの部屋となっていた。


「……第四階層まで来て、ようやく分岐点が出てきたな」


 シーマは尻尾をゆらゆらと揺らしながら周囲を見回すと、黒い光沢のあるローブのフードを被り直した。その言葉通り、一行の目の前には黄色く塗装された六つの扉が聳えている。


「この中から、正解を選べば良いのかね?」


 はつ江も、部屋を見渡してからキョトンとした表情で首を傾げた。その隣で、白いフカフカとしたローブのフードを被り直しながら、モロコシも首を傾げる。


「どれが正解なのかなぁ?」


 モロコシの隣で、五郎左衛門が腕組みをしながら、うーん、と唸った。


「サッパリ見当もつかないでござるな」


 五郎左衛門が落胆する横で、魔王が口元に手を当てて、ふぅむ、と声をもらした。


「ひとまず、用心しながら開けてみるしかないか……」


 魔王の言葉に、シーマが凛々しい表情を浮かべて、胸の前でフカフカの手を握りしめた。


「よし、ここはボクが開けるぞ!」


 その横で、はつ江がカラカラと笑いながらクラシカルなメイド服の袖をまくった。


「若いもん達に何かあるといけねぇから、ここは私が開けるだぁよ!」


 さらにその隣で、モロコシがピョコピョコと飛び跳ねた。


「ぼくも開けてみたい!」


 モロコシの背中をなだめるようにポフポフと叩いてから、五郎左衛門が胸をポンと叩いた。


「いやいやいや。皆さまに何かあっては一大事でござる故、ここは拙者に任せるでござる!」


 胸を張ってそう言う五郎左衛門の頭をワシワシと撫でてから、魔王が口を開いた。


「いや、ここは私が行こ……」


「どうぞ、どうぞ」

「どうぞ、どうぞだぁよ!」

「どーぞ、どーぞ」

「どうぞ、どうぞでござる!」


 しかし、魔王の言葉は示し合わせたように息ぴったりの四人によって遮られた。


「……まあ、それで構わないのだが、このやりとりは必要だったのだろうか?」


 定番すぎるやりとりに、魔王は腕を組みながら釈然としない表情で首を傾げた。


「まあまあヤギさんや、お約束をこなすのも必要なことだぁよ!」


 カラカラと笑いながらはつ江がそう言うと、魔王は力なく、そうか、と呟いた。


「……ともかく、開けてみることにしよう」


 魔王はそう言うと、スタスタと歩き出して右端のドアの前に立ち止まった。そして、背後から背中を押すなよ、と念を押すこともなく、ノブを回して扉を押し開けた。

 途端に、大量の水がドボドボと音を立てながら、魔王に降り注いだ。

 四人は慌てて魔王のもとに駆け寄る。


「兄貴!?大丈夫か!?」


 シーマが声を上げて心配すると、魔王はくるりと振り返り、いつになく爽やかな笑顔を浮かべた。


「ダメだな、これは。次にいってみよう」


「どこかで聞いたことのある返しをしてる場合か!毒とかじゃないんだよな!?」


 眉間にシワを寄せて、尻尾を縦にバシバシと振りながらシーマが心配すると、魔王は、ふむ、と呟いてから指をパチリと鳴らした。すると、魔王の目の前に白い魔法陣が浮かび上がった。魔王は魔法陣を覗き込むと、軽く頷いた。


「シマちゃんや、ヤギさんは何をしているんだい?」


 魔王の仕草を見たはつ江は、シーマの肩をポンポンと叩いて首を傾げた。


「ああ。あれは、装備についた液体が何かを表示させているんだ」


 シーマが説明すると、はつ江は、ほうほう、と言いながら、感心した表情で頷いた。


「大概の毒ならば、即座に無効化できる程度の装備ではあるが、念のため確認しておいた方が良いからな。ひとまず、なんの問題もない普通の水だったから、安心してくれ」


 魔王はそう言って指をパチリと鳴らし、魔法陣を消去した。そして、ずぶ濡れになった長い髪を手にして、ギュッと絞った。


「魔王さまが無事で良かったー」


「まことでござるよ」


 こんがり色コンビがホッと胸をなでおろすと、魔王は、そうだな、と呟き両手で自分の肩を抱いた。


「ただ、ちょっとだけ寒いから……はつ江」


「はいよ!」


 魔王の呼びかけに、はつ江は元気良く手を上げて返事をする。魔王は軽く頷くと、はつ江の肩にかけられたポシェットを指差して、口を開いた。


「ポシェットに、『超・スーパー吸水タオル』が入っているから、取り出してくれないか?」


「分かっただぁよ!」


 はつ江は再び元気良く返事をして、ポシェットに手を入れた。そして、純白のバスタオルを取り出すと、ニッコリと笑いながら魔王に差し出した。


「はいよ、ヤギさん」


「ああ、ありがとう」


 魔王は微笑んでタオルを受け取り、全身をくまなく拭き取った。すると、濡れていた鎧や肌はおろか、髪の毛や衣服までも見る見るうちに乾いていく。全身を拭き終えた魔王がタオルを絞ると、おびただしい量の水が溢れ出し、石で組まれた床には大きな水溜まりができた。


「ほうほう。あのタオルがあれば、仏壇にお供えするお水をこぼしちまった時に、凄く助かりそうだねぇ」


「うん!ぼくの家もお掃除用と、お風呂上がりに体を拭く用のがあるけど、すごく便利だよ!」


 感心するはつ江に、モロコシがそう告げると、五郎左衛門が腕を組みながら、うんうん、と頷いた。


「拙者達のようにフカフカした者には、必需品なのでござるよ」


「ただ、冬場とかはちょっとパチっとするのが難点だけどな……」


 五郎左衛門に続いたシーマは、静電気の痛みを思い出したのか、毛を逆立て身震いをした。


「ふむ、『超・スーパー吸水タオル』も、まだまだ研究の余地があるということだな……」


 魔王はそう言いながらタオルを畳むと、さて、と呟いて残りの扉を眺めた。


「残りは五つだが、どうしたものかな……」


 魔王が口元に手を当てて考え込むと、五郎左衛門も腕を組みながら巻いていた尻尾を垂らして、うーん、と唸り声を上げた。


「今回はただの水でござりましたが、もっと厄介なものが降ってきたら困るでござりますな……」


「そうだな……見たところ、今回は魔法陣も見当たらないし、天井にも何かが書いてあるわけでもないし……モロコシ、何か声が聞こえたりしないか?」


 シーマも尻尾を垂らしながら、気まずそうな表情でフカフカの頬を掻いて、モロコシに問いかけた。声をかけられたモロコシは、再びフードを脱いで耳に手を当てる。


「うーん……今回は、バッタさんの声も聞こえないみたいだよ」


 シーマが落胆した表情で、そうか、と告げると、モロコシもがっかりしながら、うん、と返事をする。その時、タオルをポシェットにしまっていたはつ江が、はたと何かに気づいたような表情を浮かべた。


「はつ江、何か分かったのか!?」


 はつ江の表情の変化を見逃さなかったシーマが慌てた表情で問いかけた。すると、はつ江は、うーん、と唸りながらパーマのかかったフワフワの白髪頭をポリポリと掻いた。


「一階で岩から出てきた木の絵が、ちょっと気になってねぇ。えーと……」


 はつ江はそう言うと、ポシェットの中を再び探り始めた。


「……あっただぁよ!」


 くるくると巻かれた絵を探り当てたはつ江は、意気揚々とした表情をうかべた。そして、絵を広げると幹の下の方を指差す。そこには、幹の左側に生えた、地面に対して水平な黄色い枝が描かれていた。シーマはその絵を覗き込むと、ハッとした表情を浮かべた。


「そうか、扉と同じ色の枝が、正解の方向を示している……かもしれないんだな?」


「そうだねぇ……まだ、分かんねぇけど、手がかりはこれだけみたいだから……」


 はつ江はそう言うと、スタスタと歩き出し、左端にある扉の前で足を止めた。


「とりあえず、開けてみるだぁよ!」


「ちょっと待て!」


 はつ江がカラカラと笑いながらノブに手をかけると、シーマが大声で制止した。シーマは全速力ではつ江に駆け寄ると、毛を逆立てながら尻尾を縦に大きく振った。


「また何か降ってきたら、どうするつもりなんだ!?」


 憤慨するシーマをよそに、はつ江はカラカラと笑った。


「大丈夫だぁよ!ちょっとビックリするくらいさね!」


「でも、降ってくるものによっては、怪我したり火傷したりしちゃうかもしれないんだぞ!?」


「わはははは!シマちゃんは心配しょ……」


 はつ江は再びカラカラと笑いながら、シーマをなだめようとした。しかし、シーマが鼻筋にシワを寄せながら小さな牙を剥いて、本気で怒っていることに気づくと、シーマの目の高さに合わせるように膝を屈めた。


「心配かけて、悪かっただぁね」


 はつ江が優しく微笑みながら頬を撫でると、シーマは牙を納めた。


「ふ、ふん!異界からの客人に何かあったら、魔王一派の信頼がだだ落ちになるんだから、気をつけてくれよ!」


 そっぽを向きながらも、尻尾を立てるシーマにはつ江はニッコリと微笑んだ。


「ともかく、ここはボクが開けるから、はつ江は少し下がっていてくれ!」


「分かっただぁよ!」


 はつ江がそう言って扉から数歩後ずさると、シーマは少し背伸びをしながら、フカフカの両手をドアノブにかけた。そして、緊張しながらドアノブを回したまさにその時……







「ぶぇっくしょい!!!」



「うわぁっ!?」




 背後から大きなクシャミが聞こえ、シーマは尻尾の毛を逆立て高く飛び上がった。

 胸のあたりを押さえながらシーマが振り返ると、はつ江が申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべていた。


「はははははつ江!?きゅ、急にクシャミなんかしたら、ビ……ックリするだろ!?」


 シーマが尻尾をバシバシと振りながら、先ほどとは違った趣で激怒すると、はつ江はポリポリと頭を掻いた。


「悪かっただぁよ、シマちゃん……でも、ほら」


 はつ江は申し訳なさそうにドアを指差した。シーマが振り返りその方向を見ると、ドアが開き、向こう側に赤い扉が並ぶ部屋が広がっていた。


「まあ、結果オーライ……なのかな……」


「シマちゃんが頑張ったおかげだぁね!」


 シーマがヒゲと尻尾を垂らしながら力なく呟くと、はつ江は再びカラカラと笑った。

 かくして、一行は第四階層攻略の突破口を開いたのだった。

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