第25話 クッキリ

シーマ十四世一行は扉の攻略方法を発見し、魔王城地下迷宮の第四階層を順調に進んでいた。


「……クシュン!モロコシ、最後の最後で間違えないでくれよ」


「ごめんなさい、殿下……プシュン!」


 しかし、最後の扉でモロコシが絵に描かれた枝の角度を見間違い、天井からコショウが降り注ぐというアクシデントに見舞われていた。


「わはははは!そういうこともあるだぁ……ぶえっくしょい!」


「……フシッ!そうでござるよ!クシャミくらいなんのそのでござ……フシッ!」


 はつ江と五郎左衛門がモロコシにフォローを入れると、魔王もうんうんと頷いた。


「まあ、危険度が『安全』だから、多少の間違いは気にしなくてもいいだろう」


 魔王が平然とした表情でそう言うと、シーマが鼻を擦りながら顔を見上げた。


「……兄貴は、クシャミしないんだな」


 感心したようにシーマが呟くと、魔王は凜々しい表情を浮かべた。


「ああ、美形はクシャミをしてはいけないものだと、はつ江の世界の書物で読ん……デッシ!」


 珍しく格好を付けようとした魔王であったが、気を抜いた拍子にクシャミをしてしまった。

 その瞬間、一同の間に気まずい沈黙が訪れる。


「ま、まあ……クシャミをしたとしても、兄貴は眉目秀麗な方だと思うぞ?」


「そうそう、ヤギさんは、ハンサムさんだぁよ!」


「魔王さまはいつもカッコいいです!」


「そ、そうでござる!人見知り麗人名君の異名は伊達ではないのでござるよ!」


 四人が思い思いにフォローを入れると、魔王は頬を赤らめながら、ポケットから黒いハンカチを取り出して口元を拭った。そして、軽く咳払いをすると、何事もなかったかのように正解の扉の前まで歩みを進めた。


「ともかく、一階で手に入れた絵の通りならば、この紫の扉で最後のはずだな」


 魔王はそう言いながら、右から三番目の扉のノブに手を掛ける。そして、慎重に手を捻って扉を開いた。すると、そこは中央に小さなテーブルが置かれた小部屋になっていた。正面の壁には、文字の書かれた細長い看板と、白紙のキャンバスが掛けられている。一同は周りに注意しながら、脚を進めた。

 いち早くテーブルの前までたどり着いたシーマがのぞき込むと、そこには一枚の画用紙が置かれていた。


「えーと、これは……砂漠の絵かな?」


 シーマの言葉通り、画用紙には二つの砂丘間太陽が輝く砂漠の絵が描かれていた。


「こっちの看板には、画用紙に何が描かれているか書いてね!、って書いてあるよー」


「それ以外の仕掛けは、ないようでござる!」


 壁を調べていたこんがり色コンビが振り返って手を振ると、シーマの隣ではつ江が首を傾げた。


「じゃあ、あそこに砂漠って書けば良いのかね?」


 はつ江がキャンバスを指さすと、魔王が口元に手を添えて、ふぅむ、と呟いた。


「そこまで、単純とは思えないが……試してみる価値はあるか……モロコシ君、お願いできるか?」


「うん、分かりました魔王さまー!」


 モロコシは手を上げながら元気良く返事をすると、ローブのポケットから、割となんにでも書けるペンを取り出した。そして、凜々しい表情を浮かべて、キャンバスに「さばく」と書き記した。

 

 その途端、ブッブー!、という灰門の声が部屋の中に響いた。


 一同の間に、再び気まずい沈黙が訪れる。


「ごめんなさい、違ったみたいだね……」


 ヒゲと尻尾を垂らしながら、モロコシがションボリとした表情で呟くと、五郎左衛門がポンと肩を叩いた。


「モロコシ殿!諦めてはなりませんでござるよ!砂漠が駄目なら、砂丘はいかがでござるか?」


「うん!やってみるよ!」


 五郎左衛門に励まされ、モロコシは再び凜々しい表情を浮かべて「さきゅう」と書き記した。




 ブッブー!




 再び、部屋に灰門のノリノリな声が響く。


「また違ったみたいだね……」


「モロコシ殿……ドンマイでござるよ!」


 再びションボリするモロコシを五郎左衛門が励ましていると、シーマが腕を組みながら眉間にしわを寄せた。


「うーん……どうも、そのまま書けば良いってわけじゃないみたいだな。そうだ、はつ江。そっちの世界で、何かこういう謎解き遊びはなかったか?」


 シーマに呼びかけられたはつ江は、腕を組んで、うーん、と唸った。


「そうだねぇ……あぶり出しっていって、ミカンの汁とかで描いた絵が、火であぶるとクッキリでてくる遊びはあるけど……」


 はつ江の言葉に、シーマがギョッとした表情を浮かべる?


「え!?火を使うのか?」


「うーん……でも、ミカンの匂いもしないし、使う紙もハガキとかもうちっと燃えにくいもんですることが多いから、違うかもねぇ……」


 はつ江の言葉にシーマがホッとした表情を浮かべると、魔王がうんうんと頷いた。そして、テーブルに置かれた画用紙を手に取ると、眉間にしわを寄せながら隅から隅まで絵を眺めた。


「それに、火を使うのであれば、魔法が使えないメンバーで探索に入った時のことも考えて、マッチくらいは用意してあるはずだ。だから、ほかの方法だろうな……あ、そうか」


 そう言いながら画用紙を裏返したり、曲げたりしていた魔王は、何かに気づきハッとした表情を浮かべた。


「兄貴、何か分かったのか?」


 シーマが期待に満ちた目で見上げると、魔王はコクリと頷いた。


「ああ、多分だがな……モロコシ君!柴崎君!ちょっとこっちに来てくれ!」


「はーい!今行きまーす!」


「仰せのままにでござる!」


 こんがり色コンビが側に戻ってくると、魔王はテーブルの上に画用紙を置いた。


「さっきの扉のヒントが一階層で拾った絵だったことを考えると……はつ江、すまないがポシェットから一階層で拾った銀色の筒を出してくれるか?」


「はいよ!」


 魔王が声を掛けると、はつ江は元気良く返事をしてから、つつー、と口遊んでポッシェットを探った。そして、銀色の筒を取り出すと、ニッコリと笑って魔王に差し出した。


「はい!ヤギさんや、これでいいかね?」


 魔王は筒を受け取りながら、コクリと頷く。


「ああ、ありがとう」


「なあ兄貴、その筒で何をするんだ?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、魔王は、ふむ、と呟いた。


「この筒を、絵の太陽の場所に置くとだな……」


 そう言いながら、魔王は銀色の筒を画用紙に描かれた太陽の上に置いた。すると、筒の表面には、ひっくり返ったラクダの姿が映し出された。


「わぁ!ラクダさんだ!」


「なんと!こちらの絵はだまし絵でござったか!」


 こんがり色コンビが驚く横で、シーマとはつ江も感心したような表情を浮かべた。


「まったく気がつかなかったな……」


「ヤギさん、良く分かったねぇ……」


 二人の言葉に、魔王は目を輝かせながら口を開いた。


「ふむ。これは、アナモルフォーシスといって、凸面鏡の写像公式を利用しただまし絵でな、この太陽から砂丘までの距離が丁度……」


 アナモルフォーシスについて熱く語り出そうとした魔王であったが、他の四人が眠気を必死で堪えているのに気づき、小さく咳払いをした。


「えーと、丸みを帯びた鏡だと、写った物が小さく見えるだろ?その仕組みを利用しただまし絵だ。たしか、作成キット付の遊び絵本もいくつか出版されていたから、夏休みの図工の宿題に使うのもいいだろうな」


 魔王が説明すると、モロコシが尻尾をピンと立てて目を輝かせた。


「本当!?じゃあ、山盛りの枝豆だと思ったらバッタさんでした!、っていう絵も描けるかな!?」


「モロコシ殿……恐ろしいことを考え付かないでくだされでござる……」


 五郎左衛門が枝豆にバッタが混入した状況を想像して身震いすると、はつ江がカラカラと笑い出した。


「なんにせよ、ヤギさんのおかげで正解が分かって良かっただぁよ!ありがとうね!」


「ふ、ふん。たまには兄貴も役に立つんだな」


 はつ江の隣でシーマもそっぽを向きながらも、尻尾をピンと立てて魔王を称えた。魔王は照れ隠しに、コホン、と咳払いをしてから、モロコシに顔を向けた。


「ではモロコシ君、キャンバスに正解を書いてきてくれるかな?」


 魔王に声を掛けられたモロコシは、ニッコリと笑って元気良く手を上げた。


「はーい!分かりましたー!」


 そして、トテトテと走り出し、壁に掛けられたキャンバスに「ラクダさん」と書き記した。 

 その途端に、ピンポーン!、というノリノリの灰門の声が部屋に響く。

 そして、天井から色とりどりの紙吹雪が降り注いだ。


「灰門様も、案外おちゃめな性格でござるね……」


「まあ、当代魔王の兄貴もこんな感じだし、良いんじゃないか……」


 五郎左衛門とシーマが尻尾をダラリと垂らしながら脱力していると、キャンバスが掛けられた壁が、ゴゴゴと音を立てながら左右に開いていった。そして、次の階層に続く階段……




「みんな、見て見て!これ、楽しそうだよ!」


「ほうほう、こういう降り方もあるんだねぇ」

「滑り台じゃないか……」

「滑り台でござるな……」

「滑り台だな……」



 

 ……ではなく、滑り台が現れた。

 突如として現れた滑り台に、モロコシは目を輝かせて手をバタバタと動かしながら、振り返った。


「殿下ー!すべっていい!?すべっていい!?」


「ちょっとだけ待ってくれ!……はつ江、モロコシが勝手に滑っていかないように、ちょっと見ててやってくれ」


 シーマが脱力しながらもモロコシを心配すると、はつ江はカラカラと笑って、はいよ!、と返事をした。


「モロコシちゃん、皆で一緒に降りるから、ちょっと待ってようねぇ」


「うん!分かったー!」


 はつ江は元気良く返事をするモロコシの側に、ニコニコとしながら向かった。そして、モロコシの隣にたどり着くと、フカフカの手をギュッと握った。はつ江がモロコシを止めたことを確認すると、シーマはホッとした表情を浮かべてから、魔王の顔を見上げた。


「ところで兄貴、今回の迷宮だけど、あとどれくらいあるんだ?」


 はしゃぐモロコシを微笑ましく見守っていた魔王だったが、シーマの声にハッとした表情を浮かべて、小さく咳払いをした。


「……そうだな、難易度が『易しい』だと、五階層前後のことが多かったから……」


「ふむ!しからば、次が最終階層の可能性が高いのでござるな!」


 五郎左衛門が凜々しい表情で魔王の言葉に続くと、シーマも尻尾をピンと立ててフカフカの手を握りしめた。


「じゃあ、気を引き締めて行こ……」

「殿下、殿下ー!ちょっとだけすべっていいー!?」


 決意に満ちたシーマの言葉は、モロコシのはしゃぐ声によって遮られた。


「ちょっとだけでも滑ったら、結局全部滑っちゃうことになるだろ!?もう、今から行くから待ってろ!」


「わーい!殿下、はやくはやくー!」


 尻尾を縦に大きく振って憤慨したシーマだったが、モロコシがウキウキしながら声を掛けると、脱力した表情を浮かべて歩き出した。そして、魔王と五郎左衛門も、微笑ましい表情を浮かべながら、シーマに続く。

 そして、一行は最終階層と思われる次の階層へ、滑り出していくのだった。

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