第23話 ビッシリ

 魔王城地下迷宮第三階層に広がる草原にて、おやつのお片付けを終えたシーマ十四世殿下一行は、モロコシを先頭に耳を澄ましながら歩いていた。


「モロコシ、どうだ?どこから声が聞こえたか分かったか?」


 シーマが尻尾の先をゆらゆらと揺らしながら尋ねると、モロコシは耳に手を添えて、うーん、と唸った。


「もうちょっとで分かりそうなんだけど……あ!」


 モロコシはそう言うと、足を止めてしゃがみ込んだ。


「モロコシちゃん、何か見つけたのかね?」


 はつ江が腰を曲げてのぞき込むと、モロコシは何かをつかみ取り立ち上がった。


「みんな、見て見て!クサハラマダライナゴモドキさんだよ!」


 そう言いながら差し出されたピンクの肉球がついた掌には、全体的に深緑色をして前翅と後脚がからし色のまだら模様になっているバッタが乗せられていた。


「なんと!迷宮の中にイナゴが生息しているとはビックリでござる!」


 五郎左衛門が円らな目を更に丸くして驚くと、モロコシはふるふると首を横に振った。


「五郎左衛門さん、違うよー。クサハラマダライナゴモドキさんは、イナゴさんじゃなくてバッタさんなんだよー」


 モロコシが解説すると、五郎左衛門は再び、なんと!、と声を上げて驚いた。その横で、割烹着を再び鎧の形に戻した魔王が、うんうん、と頷いた。


「そうだな。魔界直翅目学会でも、バッタかイナゴか議論になっていたが、最新の研究でバッタという結論に落ち着いていたはずだ」


「うん!稲もよく食べるから、イナゴさんだと思われてたけど、口の形からバッタさんだって分かったの!だから、名前もクサハラマダライナゴから、クサハラマダライナゴモドキに変わったんだよ!」


 モロコシの追加の解説に、シーマは感心したように、ふーん、と声をもらし、はつ江も、ほうほう、と口にしながら頷いた。


「モロコシちゃんは物知りだねー」


「そのうち、魔界直翅目学会の名誉会委員とかになりそうだな……」


 はつ江とシーマが感心すると、モロコシは目を細めながら、えへへー、と笑った。


「それで、モロコシ。ひょっとして、さっきから聞こえてた声っていうのは、ソイツの声だったのか?」


 シーマが尻尾の先を曲げながら首を傾げると、モロコシは笑顔で頷いた。


「うん!クサハラマダライナゴモドキさんの声で間違いないよ!」


「ほうほう、そうかいそうかい!じゃあ、なんて言っているか教えておくれ!」


 シーマ、モロコシ、はつ江、の三人がつつがなく話を進めていると、魔王がいぶかしげに眉を顰めた。


「バッタの声……?」


「モロコシ殿は、バッタの言葉が分かるのでござるか?」


 魔王と五郎左衛門が困惑した表情で首を傾げると、モロコシはニッコリと笑いながら、うん!、と元気よく返事をした。


「バッタさんとイナゴさんの通訳ならバッチリだよ!」


 モロコシの回答に、魔王と五郎左衛門は感心した表情を浮かべた。


「言われて見れば、昨日はムラサキダンダラオオイナゴと一緒に行動していたでござるな……」


「ああ、だからあの時、ムラサキダンダラオオイナゴが近くにいたのか……」


 魔王がそう呟くと、モロコシと五郎左衛門が同時に首を傾げた。


「魔王さま、なんでヴィヴィアンさんのこと知ってるの?」


「どこかでご覧になっていたのでござるか?」


 こんがり色コンビの素朴な疑問に、魔王はビクッと身を震わせた。


「あー、えーとだな……友人のバッタ仮面に聞いた……のだ!」


「兄貴、落ち着け。口調に動揺が出てるぞ……それはともかく、モロコシ。そのバッタはなんて言ってるんだ?」


 シーマが魔王をフォローしながらも、話題を本題に戻すと、モロコシは特に追及することなくニッコリと笑いながら頷いた。


「分かったよ!えーと、ちょっと待ってね……我が輩は」

「モ、モロコシ殿!急にどうしたでござるか!?」


 不意に渋みのある声を出して凜々しい表情を浮かべたモロコシを見て、五郎左衛門は白目がうっすらと見えるほど目を見開いて驚いた。その隣で、魔王も動揺した表情を浮かべている。


「何って、クサハラマダライナゴモドキさんの言葉を通訳しただけだよ?」


 モロコシがキョトンとした顔で首を傾げると、シーマが気まずそうに頬を掻いてから、あー、と声をもらした。


「柴崎と兄貴は初めてだもんな……色々気にはなるだろうけど、ひとまず慣れてくれ」


「承知したでござる……」


「分かった……」


 五郎左衛門と魔王が頷いて返事をすると、シーマもコクリと頷いた。


「モロコシ、すまなかった。続きを話してくれ」


 シーマにされると、モロコシはニッコリ笑って頷いた。


「うん!分かったー!……我が輩はこの草原を住み処とし、悠久の時に身を預ける者である。客人達、我が輩に何用かな?」


「次の階に降りるための、入り口を探してるだぁよ!バッタさんや、なにか知らないかい?」


 はつ江がモロコシの口調に動じることなく尋ねると、クサハラマダライナゴモドキはモロコシの掌の上で、首をカクカクと動かした。


「ふむ、そうであったか。確かに、過ぎ来し方にはこの草原にも、暗澹たる闇に続く階段へ至る石畳の路があったはずだが……今となっては、蔓延る草に隠されてしまっているな……」


 モロコシが通訳する言葉に、五郎左衛門がシュンとした表情で肩を落とした。


「この草原をかき分けて石畳を見つけるのは、骨が折れそうでござるな……」


 五郎左衛門がそう言うと、クサハラマダライナゴモドキは羽をパサリと動かした。


「まあ、そう気を落とすものではないぞ、こんがり色の客人よ。実は石畳の上に生えている草は、石を苗床としている種であるため、他の草とは少し形相が異なっているのである」


 その言葉を受けて、シーマと魔王がキョロキョロと当たりを見渡した。


「うーん……ボクには全部同じように見えるけどな……」


「私にもだ……あ、そうか」


 シーマに同意していた魔王だが、何かに気づいた様子で胸の辺りで手を打った。すると、クサハラマダライナゴモドキは、モロコシの掌の上でピョンと飛び跳ねた。


「うむ。赤髪の客人の推察通り、我が輩達クサハラマダライナゴモドキの眼は、直翅目の中でも草花の違いを見分ける力に優れているのであるからして……客人達、しばし待たれよ」


 クサハラマダライナゴモドキはモロコシの掌でピョンと大きく跳ねると、翅を広げてどこかに飛び去ってしまった。


「あれまぁよ!バッタさんがどこかに行っちまったね!」


「折角、路を探すヒントになりそうだったのに……」


 はつ江が目を見開いて驚き、シーマががっかりとした表情で肩を落とした。しかし、モロコシは落ち着いた様子で口元に手を当てて、うーん、と呟いてから、クサハラマダライナゴモドキが飛び去った方向を眺めた。


「多分、大丈夫だと思うよ。さっきのクサハラマダライナゴモドキさん、まだら模様の部分がからし色だったでしょ?」


「ふむ、そうでござったな。しかし、モロコシ殿、それがどうかしたのでござるか?」


 五郎左衛門がキョトンとした顔で首を傾げると、モロコシはコクリと頷いた。


「うん。まだら模様がからし色だと、ぐんせーそー、って言ってね……あ、ほら見て見て!」


 モロコシは言葉の途中で何かに気づき、興奮した様子で指をさした。一同は、モロコシが指し示す方向に顔を向ける。すると、そこには深緑色のもやが広がっていた。もやは、段々と大きさを増しながら、ブンブンと音を立てて一行に近づいてくる。

 はじめは何が起こったかサッパリ分からなかったモロコシ以外の四人だったが、話の流れともやが立てる羽音によって何が起こっているのか理解した。


「あれまぁよ!バッタさんが沢山だねぇ!」




 はつ江の言葉通り、クサハラマダライナゴモドキの大群が、空一面をビッシリと覆い尽くしていた。




「こっちでは、凄いもんが色々見られるねぇ!」


「うん!ぼくもはじめて見たけど、凄いよね!」


 カラカラと笑うはつ江と、目を輝かせながら耳と尻尾をピンと立てるモロコシに向かって、シーマが耳を反らしながら尻尾を縦に大きく振って憤慨した。


「のんきなこと言ってる場合じゃないだろ!?あれに巻き込まれて大丈夫なのか!?」


 シーマがそう言うと、モロコシはフカフカの手を口元に当てて、うーん、と呟いた。


「えーとね……多分、クサハラマダライナゴモドキさんにぶつかったら、ちょっと痛い……かな?」


 モロコシがキョトンとした顔で首を傾げると、シーマはヒゲと尻尾をぐにゃりと下げて脱力した。


「ちょっと痛い、で済むのかよ……ともかく、みんな、ボクの近くに集まってくれ」


 シーマがそう言うと、一同はギュッと身を寄せ合った。シーマは全員が近くに集まると、ムニャムニャと呪文をとなえてから、ピンク色の肉球がついたフカフカの白い手を天に掲げた。すると、一同の周囲に生えた草が交差しながら伸び、簡易的なテントが編み上がった。


「あれまぁよ!シマちゃん、凄いねぇ!!」


 シーマの肩をギュッと抱きながら、はつ江が驚きの声を上げた。すると、シーマはフフンと鼻を鳴らした。


「まあ、ボクにかかればこんなものだね。ひとまず、これで激突は避けられるから、辺りが落ち着くまでこの中にいよう」


 シーマの言葉に一同は示し合わせたように、同時にコクリと頷いた。


「でも、ちょっと観察したかったかな……」


「今度、城の中庭を草むしりする時にバッタを使うから、今回は勘弁してくれ……」


 残念そうにそう呟くモロコシの肩を、シーマが力無く呟きながらポンと叩いた。

 そうこうしているうちに、テントの周囲をブゥンという羽音が包み、羽音が収まるとコショコショという草を食む音が聞こえ、再びブゥンという羽音が響いた。羽音は段々と遠ざかり、完全に聞こえなくなった。

 シーマが魔法を解除し一行が外に出ると、テントの脇に石畳みの路が現れている。石畳みの上では、クサハラマダライナゴモドキが前肢で口元をしきりに拭っていた。

 モロコシは再びクサハラマダライナゴモドキを掌に載せると、ふんふんと鼻を鳴らしながら頷いた。


「この路を真直に辿れば、暗澹たる闇に続く階段に到着するはずである……だって!クサハラマダライナゴモドキさんありがとう!」


 モロコシの通訳を受けて、一行が路を目で辿ると、奥の方にやや広く草が食べ尽くされた部分が見えた。


「本当だぁね!バッタさんありがとう!」

「ああ、助かったよ。ありがとうな!」

「ありがとうでござる!」

「恩に着るぞ……」


 四人が笑顔でお礼をすると、クサハラマダライナゴモドキは再び前肢で口元を拭った。


「なぁに、久々の客人だったのだ。このくらいは、朝飯前なのである。では、我が輩はこれにて失礼するとしよう」


 モロコシがそう言うや否や、クサハラマダライナゴモドキは大きく飛び跳ねると、どこかに飛び去っていった。五人は、遠ざかるクサハラマダライナゴモドキの姿に手を振って見送った。

 こうして、五人は無事に次の階層への路を見つけ出し、歩み出していくのだった。

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