第22話 ソックリ


赤い空と暗緑色の草原が広がる魔王城地下迷宮の第三階層にて、シーマ十四世殿下一行は地面に敷かれた猫柄の風呂敷の上に輪になって座っていた。


「魔王陛下、はつ江殿、この度はまことにありがとうござりました!」


 煮りんごと大学芋が盛られた皿を前にして、五郎左衛門が尻尾をブンブンと振りながら、ペコリと頭を下げた。


「どうもありがとうございましたー!」


 五郎左衛門に続き、モロコシも目を細めて尻尾をピンと立てながら、お辞儀をした。


「二人とも、よくやったな!」


 更にシーマも、ウキウキとした表情を浮かべて尻尾をピンと立てた。


「どういたしましてだぁよ!」


 三人の言葉を受けて、はつ江はカラカラと笑いながら元気良く返事をし、魔王も薄く微笑みながら、うむ、と言って頷いた。


「それでは、いただくとしようか」


 魔王が号令をかけると、四人も声を合わせて、いただきます、と口にしてから、それぞれの皿を手に取った。


「……はつ江殿、こちらのサツマイモ、とても美味しゅうござります!」


 大学芋を一つ食べた五郎左衛門が円らな目を細めて笑顔になると、はつ江もニッコリと笑った。


「そうかい、そうかい!それなら、良かっただぁよ!」


 はつ江の隣に座るシーマも、頬張っていた大学芋を飲み込んでから微笑んだ。


「ああ、凄く美味しいぞ!屋台で売っているのと比べても、遜色ない味だ!」


「ほうほう、こっちにも大学芋があるんだねぇ」


 シーマの言葉に、はつ江が感心した表情を浮かべると、シーマと五郎左衛門の間に座ったモロコシが、煮りんごを飲み込んでからニッコリと笑った。


「うん!だいがくいもっていう名前じゃなくて、イモアメっていう名前だけど、お祭りだとすぐ売り切れになっちゃうくらい人気だよ!」


 モロコシが説明すると、五郎左衛門が煮りんごを口にしてから、軽く目を瞑った。


「懐かしいでござるな……拙者も幼少時は、お祭りの度に母上にイモアメを買ってもらい、兄者達と分け合っていたでござるよ。煮りんごも、母上がおやつに作ってくれたときは、兄弟ではしゃいでいたでござるな……」


 しみじみとそう言う五郎左衛門に向かって、シーマと魔王の間に座ったはつ江が、煮りんごを飲み込んでから感心したような表情を向けた。


「ほうほう。ゴロちゃんには、お兄ちゃんがいるのかね」


「いかにも!拙者は五人兄弟の末っ子で、兄が三人、姉が一人おりますでござる!とはいえ、兄者と姉者は随分と前に独立しているので、顔を合わせるのは年末年始や夏期休暇の時期くらいでござるが」


 五郎左衛門の言葉に、シーマは目を軽く見開いて意外そうな表情を浮かべた。


「そうだったのか……てっきり、弟がいるのかと思ってた」


 シーマが呟くと、大学芋を飲み込んだ魔王も頷いた。


「そうだな。シーマやモロコシ君への対応を見ていると、何というか弟慣れしている気がする」


「うん!五郎左衛門さんは、すごく良いお兄ちゃんって感じがする!」


 モロコシも二人の言葉に加勢すると、五郎左衛門は照れ笑いを浮かべながらも尻尾をブンブンと振った。


「いやいやいや、拙者なんてまだまだでござるよ!」


「いや、自信を持つんだ五郎左衛門!ウチのバカ兄貴に比べたら、ずっとちゃんとしたお兄さんだから!」


 シーマから思わぬ攻撃を食らった魔王は、大学芋を軽く喉に詰まらせた。しかし、即座に胸を叩いて喉の詰まりを治すと、ションボリとした表情を浮かべた。まるでこの世の全ての絶望を背負い込んだような表情で肩を落とす魔王を見て、シーマは、しまった、と言いたげな表情を浮かべた。シーマが戸惑っていると、はつ江がニコニコと優しい笑みを浮かべて首を傾げる。はつ江の笑顔に対して、シーマはバツの悪そうな表情を浮かべて、コクリと小さく頷いた。


「……まあ、兄貴も、ちゃんとしているかどうかは分からないけど、割と悪くない兄貴ではあるかな。煮りんごも凄く美味しかったし」


 そして、腕を組んでそっぽを向きながらも、尻尾を立てて魔王をフォローした。


「うん!魔王さまはお料理も上手だし、優しいし、すごく良いお兄ちゃんだと思うよ!」


 シーマの言葉にモロコシも続くと、魔王は晴れやかな表情を浮かべて目を輝かせながら、そうか、と力強く呟いた。魔王の気力が戻ったことを確認すると、はつ江はニッコリと笑い、五郎左衛門は安堵のため息を吐いて胸をなで下ろした。


「ねーねー、五郎左衛門さん」


 五郎左衛門がホッとした表情で大学芋を口に運んでいると、モロコシが不意に忍び装束の袖を引いた。


「いかがなされたでござるか?モロコシ殿」


「五郎左衛門さんのお兄ちゃんお姉ちゃん達も、ござるって言うの?」


 モロコシが小首を傾げながら尋ねると、五郎左衛門は得意げな表情で胸を張った。


「いかにもでござる!第一階層でも申し上げましたが、柴崎家一同は忍びの心を常に忘れぬよう、できる限り語尾に、ござる、をつけるよう心がけるのが、家訓なのでござる!」


「そうなんだ!すごいね!!」


 目を輝かせながら感心するモロコシとは対照的に、シーマは怪訝な表情を浮かべた。


「ござる口調は忍びの心なのか……?」


 シーマがそう言って考え込むと、魔王も口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いてから言葉を続けた。


「いや、まあ本人がそう言ってるから……しかし、全員ござる口調での家族団らんの様子は見てみたいものだな……」


 柴崎家の、ござる口調について真剣な面持ちで考察する魔王兄弟を見て、はつ江は楽しげに微笑んだ。


「おやまぁよ。そうやってると、二人ともソックリだね!」


 はつ江の言葉に、魔王は歓喜の表情を浮かべ、シーマも、一瞬だけ不服そうな表情を浮かべはしたが、特に憤慨することもなく、そうかもな、と呟いた。


「長いこと一緒に暮らしてると、似てくるんだろうな……」


「そうだな。小さい頃は、兄ちゃん兄ちゃん、と言って、私の真似をしながら後をついて歩いていたしな」


 魔王は感慨深そうな表情を浮かべて、シーマが幼かった頃を懐かしんだ。しかし、シーマにジトッとした視線を向けられたことにより、現実に引き戻されると、小さく咳払いをして煮りんごを口に運んだ。

 それから、五人は談笑しながらおやつを楽しみ、大学芋と煮りんごをスッカリと平らげてしまった。


「二人とも、ごちそうさま。凄く美味しかったぞ」


「魔王さま、はつ江おばあちゃん、ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでござる!美味しいおやつをまことにありがとうござりました!」


 シーマ、モロコシ、五郎左衛門が満足げな表情でそう言うと、はつ江もニッコリと笑って、お粗末様でした、と言いながらペコリと頭を下げた。魔王もその隣で、満足げな表情で頷いている。


「しかし、ちょっと食べ過ぎちゃったかな……」


 シーマが心配そうにそう言ってフカフカの手でお腹を撫でると、魔王が口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「いや、多分多めに食べておいて正解だったかもな、何しろ……」


 魔王はそこで言葉を止めると、首を大きく動かして辺りを見渡した。

 改めて辺りを眺めると、一面暗緑色の草原が広がっているだけで、目印になりそうな木や岩はおろか、草を踏み分けた跡すら見当たらない。


「……へたに入り組んだ迷宮よりも、次の階層への入り口を見つけるのが難しそうだからな……」


 魔王の言葉に、シーマもコクリと頷いた。


「そうだな。はぐれるってことはないだろうけど、無計画に歩いていたら何時間も歩くことになるだろうし……」


 眉間にしわを寄せて腕を組むシーマの隣で、はつ江は口を開けながら天井を見上げた。


「お空にお日様が出てれば、方角くらいは分かるんだけどねぇ……」


 はつ江の言葉通り、天井には赤い空が延々と広がっているが、太陽らしきものは見当たらない。すると、今度は五郎左衛門がスンスンと鼻を鳴らしてから、困った表情を浮かべて首を傾げた。


「臭いの方も……何というか、どこまでも同じ濃度で、入り口を見つける手がかりになりそうにないでござる……」


 そして、最後にモロコシがふわふわの白いフードを脱いで、飾り毛のついた耳にフカフカの手を添えた。


「あとは、音かなぁ……あれ?」


 すると、モロコシは何かに気づいたように、耳に手を添えたまま首を傾げた。その様子に、シーマも光沢のある黒いフードを脱いで、耳に手を添えた。


「……?ボクには何も聞こえないけど、何か聞こえたのか?」


「うん。すごく小っちゃいけど、声が聞こえるような……」


 モロコシが質問に答えると、シーマは怪訝そうな表情を浮かべて、声?、と聞き返した。


「拙者にも、何も聞こえないでござる」


「私もだ……」


「私もだぁよ!」


 五郎左衛門、魔王、はつ江がモロコシと同じように耳に手を添える仕草をすると、シーマは耳をぺたんとたたんで脱力した。


「イヌ科だから耳の良い五郎左衛門はともかく、はつ江と兄貴が耳を澄ませてもあんまり意味ないだろ……」


「そんなことないぞシーマ!魔王イヤーは魔界耳だ!」


「何だよ魔界耳って!?今は、どこかで聞いたことのある言い回しで、下らないこと言ってる場合じゃないだろ!」


 耳を反らしながら尻尾を縦に大きく振って抗議すると、魔王はシュンとした表情で肩を落とした。その様子を見て、はつ江はカラカラと笑いながら魔王の背中をポンポンと撫でた。


「まあまあ、シマちゃんや。ヤギさんだって、誰にも知られちゃいけないヒーローになりたいこともあるだぁよ」


 はつ江に宥められて、シーマはパシパシと尻尾を縦に振りながら、次から気をつけろよ、と呟いて魔王から顔を背けた。はつ江はシーマの頭をフカフカと撫でた後、モロコシの顔をのぞき込んで首を傾げた。


「それで、モロコシちゃんや、声はまだ聞こえるかい?」


「えーと……うん!やっぱり聞こえるよ!」


 モロコシははつ江の問いに答えると、目を細めてニッコリと笑った。


「そうか、じゃあモロコシに案内してもらおう!」


「何かお手伝いすることがあれば、何でも言ってくださいでござるよ!」


 シーマと五郎左衛門が意気揚々とそう言うと、はつ江は楽しげにニッコリ笑い、魔王も満足げに、うんうん、と頷いた。


「……では、モロコシ君に活躍してもらうことにしよう」


「はーい!魔王さま!ぼく頑張るよ!」


 モロコシが手を上げて元気良く答えると、魔王も微笑んでコクリと頷いた。


「よし、では探索を開始するとしよう……だが、その前に」


 魔王はそう言うと、目つきを鋭くして息を吸い込んだ。俄に訪れた緊迫した空気に、他の四人は思わず息をのんだ。


「……お片付けをしないとな」


 魔王の言葉に、一同は一気に脱力した。

 しかし、片付けをすることに異を唱える者は誰一人いなかった。


 こうして、一行は第三階層の本格的な攻略に取りかかるべく、おやつのお片付けに取りかかるのだった。

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