第21話 シットリ
魔王城地下迷宮の第三階層に広がる草原で、シーマ十四世殿下一行はおやつの準備に励んでいた。
「さて、煮リンゴの準備はこんなものか」
くし形に切られたリンゴが敷き詰められたフライパンをかまどに置くと、魔王は軽くため息を吐いてはつ江の方を向いた。
「はつ江、そっちの準備はどうだ?」
「バッチリだぁよ!ヤギさん!」
はつ江は乱切りにされたサツマイモが入ったカゴを手に、魔王の問いかけにカラカラと笑いながら答えた。はつ江の姿を見た魔王は軽く頷くと、薄く微笑みながら口を開いた。
「よし、では調理を開始しようか」
「はいよ!……でも、ヤギさんや。かまどにくべる薪はどうするんだね?」
元気良く返事をしたはつ江だったが、辺りに薪に利用できそうな木がないことに気づいて、キョトンとした表情を浮かべた。
「ふむ、それはだな……」
魔王はそう言いながら、割烹着についたポケットをガサガサと探った。そして、涙型の小さな赤い石を二つ取り出すとはつ江の目の前に差し出した。
「これは火石といって、かまどにくべると薪の代わりに燃えてくれる石だ。薪がないときや、薪を使うにはスペースが足りないときに使われている」
「火力の調整は、かまどについているつまみを捻ればいいぞ!」
二人から少し離れた場所で、シーマが胸をはって、ふふん、と鼻を鳴らしながら得意げな表情を浮かべた。
「あれまぁよ!それは便利だねぇ!」
シーマの言葉を受けてはつ江は目を丸くして、大袈裟な表情で驚いた。
「ぼくのお家でも、お茶の間でお鍋をするときは、火石を使うちっちゃいかまどを使ってるよー」
「拙宅では、薪ストーブをつけるほどではないけど、鼻先と手先を温めたいときなどに火鉢に入れて使っているでござるよ」
モロコシと五郎左衛門が火石の一般的な用途を説明すると、はつ江は、ほうほう、と言いながら感心した様子で頷いた。
「こっちの世界には、色々と便利なものがあるんだねぇ」
「個人的には、はつ江の世界も面白いものが沢山あると思うけどな。いつか、仕事を投げ出して色々見に行ってみたい……」
魔王が期待に満ちた顔つきをしてかまどのつまみを回しながらそう言うと、背後からシーマの大きな咳払いが聞こえた。魔王はビクッと身を震わせた後、冗談だ、と呟いて、淋しそうな表情を浮かべながら肩を落とす。そんな魔王をフォローするように、はつ江がカラカラと笑いながら背中をポンポンと叩いた。
「まあまあ。急に仕事を抜け出すのは良くねぇけど、お休みの日ができたらみんなで遊びに来ると良いだぁよ!」
はつ江の提案に、シーマが尻尾をピンと立てながら腕を組んでそっぽを向いた。
「ふ、ふん!はつ江がそこまで言うなら、遊びに行ってやらないこともないぞ!」
「ぼくも、学校が夏休みになったら遊びに行ってみたいなー。はつ江おばあちゃんの所には、どんなバッタさんがいるか調べてみたい!」
「拙者は、はつ江殿の世界の忍者に会ってみたいでござる!」
シーマの言葉に、こんがり色コンビも同調し、ウキウキとした表情を浮かべた。
「そうかいそうかい!年寄りの一人暮らしだから、みんなが遊びに来てくれると楽しいだろうねぇ!」
はつ江は楽しげにそう言いながら、かまどに油の入ったフライパンを置き、つまみを捻った。その隣で、魔王が口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「この人数だと、リッチーと俺の魔力で足りるかな……いや、休暇から帰ってきた後なら或いは……」
魔王は真剣に人間界への降臨計画を検討し始めたが、不意に後ろ髪を引かれて我に返った。魔王が振り返ると、赤銅色の髪の毛を手にして、モロコシが首を傾げていた。
「ねーねー、魔王さま。何かお手伝いすることある?」
尻尾の先をピコピコと動かしながら尋ねるモロコシに、魔王は再び口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「そうだな……こちらは、後は火加減に注意しながらフライパンの様子を見るだけだから、大丈夫だ。はつ江の方はどうだ?」
「こっちは油を使ってるから、モロコシちゃん達じゃ危ねぇだぁよ。もう少し、時間がかかるから、みんなで遊んでおいで」
はつ江がニコニコと微笑んでそう言うと、モロコシは目を細めて尻尾をピンと立てた。
「うん!分かったー!」
「ふむ。ではポシェットの中に、子供達が迷宮に飽きちゃったとき用に持ってきたボールが入っているから……柴崎君、ちょっと二人と遊んでやってくれないか?」
魔王が問いかけると、五郎左衛門は尻尾をブンブンと振りながら胸をポンと叩いた。
「お任せあれでござる!」
五郎左衛門は風呂敷の上に置かれたポシェットに手を入れると、ボールボール、と呟きながら、中を探った。そして、片手に収まる程度のボールを見つけて取り出すと、シーマとモロコシに声をかけた。
「殿下!モロコシ殿!拙者とともにキャッチボールをしましょうでござるよ!」
五郎左衛門の呼びかけに、シーマとモロコシは目を輝かせて、尻尾をピンと立てた。
「よし!五郎左衛門!どこからでも、かかってこい!」
「五郎左衛門さん!ぼくも負けないよ!」
「お二人とも、キャッチボールに勝ち負けはないでござるよ……それはともかく、火の側で遊ぶと危ないので、少し広い場所に行きましょうでござる!」
五郎左衛門は困惑した表情を浮かべつつも、かまどから充分離れた場所に二人を誘導していった。三人のやり取りに、魔王は満足げな表情を浮かべて、うんうん、と二回頷き、はつ江は楽しそうにニコニコと微笑んだ。
その後二人は各々の作業に集中していたが、沈黙が気まずくなったのかはつ江に声をかけた。
「……はつ江、今更なことではあるが、急に魔界に呼び出してしまってすまなかったな」
申し訳なさそうな口調で魔王が呟くと、はつ江は油の中のサツマイモを菜箸で転がしながら、カラカラと笑って答えた。
「気にすることはねぇだぁよ!ヤギさん!膝が痛ぇのも治してもらったし、珍しいもんも色々見せてもらってるし、楽しいだぁよ!」
はつ江はそう言った後、いつもの溌剌とした笑顔とは少し様子の違った笑みを浮かべた。
「それに、シマちゃんがご飯を食べたり、お友達と楽しそうに笑っている所を見られるだけでも、凄く良かっただぁよ」
しみじみとそう言うはつ江の笑顔がどこか淋しげに見え、魔王は一瞬だけ戸惑った表情を浮かべた。しかし、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、ふむ、と呟いた。
「……ひょっとして、はつ江はどこかでシーマに会ったことがあるのか?」
かまどの火加減を調節しながら問いかける魔王に、はつ江は、そうだねぇ、と呟いてから答えた。
「そうだったら良いな、とは思ってるだぁよ」
はつ江が穏やかな声で答えながら、油の中の芋をさらに転がす。
「でも、なんでそう思ったんだい?ヤギさん」
今度は、はつ江が魔王に問いかけた。魔王はフライパンに乗せた蓋を開けて、リンゴを菜箸でつついて火の通り具合を確かめながら、そうだな、と呟いた。
「人間界には、私と同じくらい……いや、それ以上の猫好きがおびただしいほど存在していると聞いている。その中ではつ江が魔法陣に選ばれたことに、何か理由があったのかと思ってな」
リンゴに火が通りきっていなかったらしく、魔王はそう言いながら再びフライパンに蓋を乗せた。
「それに、今までも何度か人見知りを押してまで、シーマの世話役を雇ったことがあったが、アイツは無理難題をふっかけたり、言うことを聞かなかったりで上手くいったことがなかった。それなのに、はつ江に対してはそんな素振りも見せていないからな」
「わははは!シマちゃんも、いつお迎えが来るかわかんねぇ年寄りだから、優しくしてくれてるだぁよ!」
はつ江が豪快に笑いながら芋の揚がり具合を確認すると、魔王が脱力した表情でため息を吐いた。
「はつ江、そういう返答に困る冗談はやめてもらえると助かる……」
脱力する魔王の横で、はつ江はカラカラと笑いながら火の通った芋をザルに取り上げた。
「すまないねぇ!……冗談はさておき、シマちゃんは優しい子だぁよ」
「……そうだな。ちょっと反抗期だから、淋しいことも多いが」
魔王ははつ江に同意すると、再びフライパンの蓋を上げて火の通り具合を確かめた。今度は完全に火が通り、リンゴにはすんなりと菜箸が通った。
「よし、こっちは完成だな」
魔王はそう言うと、かまどの火を止めた。そして、フライパンを持って風呂敷にの元まで移動すると、シットリと煮えたリンゴを皿に取り分けた。
「ヤギさんや、こっちはあとちょっとすることがあるから、そっちのフライパンを貸してもらえるかい?」
「ああ、分かった」
はつ江に声をかけられた魔王は、フライパンを手に再びかまどの元に戻った。魔王がフライパンをかまどに置くと、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、ヤギさんもシマちゃん達と遊んで来るといいだぁよ!」
はつ江が楽しげにそう言うと、魔王の表情に戸惑いの色が浮かぶ。しかし、魔王はすぐに胸の辺りで手を握りしめ、決意に満ちた表情を浮かべた。
「分かった。行ってこよう」
そして、悠然と歩き出し、ボール遊びに夢中になる三人の元に向かった。
「なんだ、兄貴も一緒に遊ぶのか」
魔王が近づいてくることに気づいたシーマが、腕を組んでそっぽを向きながらも尻尾をピンと立てる。
「ああ、はつ江の方の料理には、もう少し時間がかかるらしいから」
魔王が答えると、モロコシがピョコピョコと飛び跳ねがなら喜んだ。
「わーい!魔王さま!一緒に遊ぼー!」
「うむ。さあ!皆のもの!どこからでもかかって来るが良い!」
割烹着姿の魔王がいつになく迫力のある表情で決め台詞を吐くと、ボールを手にした五郎左衛門が再び困惑した表情を浮かべた。
「魔王陛下も……キャッチボールはそういう物騒な遊びではないのでござるよ……」
楽しそうにする四人の姿を遠目に見たはつ江は満足げに頷くと、フライパンに油を敷いてかまどに火を点けた。
そして、鼻歌交じりに上機嫌な表情で料理の続きに取りかかるのだった。
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